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17.自分からデートに誘ってしまった

 そして、土曜日になってから。

「……」

 近くにある、有名なテーマパークの入り口の前で。

 私はじっと、誰かを待っていた。

 今日は以前に約束しておいた、秀樹とデート……っぽい何かをすることになっていたからだ。


 事情を語ると、少し長くなる。

 あの日以来、私は自分で何か、役に立てることはないのだろうか、と思い始めた。最近は「反軍」も大人しいため、余裕なら一応ある。ひょっとしたら、秀樹のために、何かできることがあるかもしれない。

 そんなことを思っていた時、私はお父さんに呼ばれた。

『ひ……橘といっしょに、遊園地に行ってこい、ですか?』

『ああ、お前も今は暇だろうし、適任だろうと思ってな』

 つまり、今週の土曜日に、秀樹といっしょに遊園地、すなわちテーマパークに行け、というのがお父さんからの命令だった。どうやら「組織」の偉い人たちも、そうした方が良いと思っているらしい。

 まあ、たしかに、「反軍」が人でいっぱいのテーマパークなんかを狙うわけがないし、秀樹も私もいっしょなら安心なんだろうけど……。

『ほ、ほんと? 柾木とデート? やった~!』

 それを秀樹に伝えた時、どんな反応を見せたかは言わずともわかるだろう。私の方が照れてしまうくらい、秀樹は大いに喜んでくれた。ただし、土曜日には朝から検査があるため、先に私がここで秀樹を待つことになっている。

 ……誰かとこんなふうに、外で遊ぶのって久しぶりだな。

 雫となら何度か経験があるが、「異性」と外に出たことは滅多にない。ましてや、デートみたいな……そんなわけじゃないけど……こととなるとなおさらだ。

 そうだというのに、まさかその相手が、他でもない秀樹になるとは。

 人生、どう転ぶかわからない。

 ……別に嫌いなわけじゃないけど。


 「デート、か」

 わかりやすく言うと、これはたぶん、いわゆるデートということになる。

 こっちとしては、ただ、秀樹の心を安定させるため、そういう形を取っただけだけど……。ともかく、今日の午後はここで、秀樹と遊ぶつもりだ。別に特別なものなど、何もない。

 で、私はこうやって、秀樹のことを待っているわけなのだが。

「……恥ずかしい」

 恥ずかしい。

 はずかしいはずかしいはずかしい。

 いちおうデートだというのに、白いシャツにジーンズだけだなんて。せっかくテーマパークに来たというのに、こんなダサい服を着ていくやつが世の中のどこにいるんだ。

 どれだけ今が「別の姿」だとは言え、こんな姿で大勢、それもテーマパークの前にいるのは罰ゲームのようだ。せめてもっといい感じの私服があったらよかったのに。この姿では私服なんか着る機会もないと思っていたから、がんばって探してはみたものの、こんな野暮ったいものしか見つからなかった。

 別に、秀樹のことを考えたわけじゃない。

 これは私が恥ずかしいから嫌なわけで、決してそういうわけではー


 「まーさーきーっ!!」

 その時、遠くから聞こえる聞き慣れた声に、私は思わず振り向いた。

 そこを見ると、まだ「別の姿」である秀樹が、こっちに向かって元気よく走ってきている。

 秀樹はジーンズにシャツという、いつもと変わらない服を来ていた。服の組み合わせだけなら私と似ているけど、こっちはデザインが洒落ていたりするため、私の面白みのない服よりは何倍もマシである。

 ……本当にするんだ、デート。

 なぜか、私は妙に緊張してしまった。

「あれ? なんで俺のこと見て顔逸してんの?」

 私の近くまでやってきたら、秀樹はまずそんなことを聞く。なぜか、意地悪なことを聞かれているようで恥ずかしい。

「……別に、俺の服がダサいから、気になっていただけだ」

「うーん? そうなのかな?」

 私が、自分としては投げやりに近い口調でそう答えると、秀樹は私の姿をじっと見つめる。それから首を傾げて、こっちを見ながらこんなことを言ってきた。

「俺の目には十分カッコいいけどね。あ、かわいいの方がよかった?」

「や、野郎に何言ってるんだ、お前!」

「へーかわいいって言葉、好きなんだ」

 完全に心を読まれてしまい、私は全力で視線を逸らす。たしかに、かわいいって言われるのは好きだ。好きなんだが、この地味な姿で、それも「別の姿」でそう言われるのはすごく恥ずかしい。ここにいられなくなってしまう。

「おっ、案外柾木さん、そんな言葉に弱かったりして?」

「いや、そんなわけじゃ……」

 ダメだ。これじゃ、秀樹のペースに振り回されてばかりじゃないか。

 いちおうデートってことだし、早く中に入らないと……。

「と、ともかく、中に入るからな」

「はーい」

 秀樹は子供のようにウキウキした態度で、私に追いかけてくる。

 別に、これはただの遊びだ。デートのような、大げさなものじゃない。

 ……たぶん。


 そうして私たちは、無事にテーマパークの中に入る。

 ちなみに、入場料のことだが、入り口をくぐるだけで、「端末」によって自動に払われる。最近はそのようなことも当たり前になった。もちろん、端末に入っているカードの情報で決済されるわけだけど……ここの入場料とさまざまな費用は、私の法人カードから引かれることになっている。

 ……会社の経費でデートする学園生って、いったい何様なんだろう。

 考えるだけで頭が痛くなるが、偉い人たちも許してくれているわけだから、それは一応、考えないことにしよう。

「柾木ー早く早く!」

 秀樹はまるで子供にでもなったような顔で、私を手招きしている。あまりにも純粋すぎて、こっちからはまぶしく感じるくらいだ。

 テーマパークに来るのはずいぶん久しぶりだが、いつもながらアトラクションも多く、美味しそうなものも多くて困る。こんな華やかな非日常は、私にとって秀樹くらいにまぶしいものだった。

 こんなところ、友だちといっしょなら絶対に楽しいだろうな。

 こうなってからは、そもそも学園に行く時間がないため、友だちなんか、作れなくなってしまった。

「何に乗ろうか? 苦手なやつ、ある?」

 そんな私と比べて、秀樹はものすごくご機嫌が良さそうだった。いつにも増して元気っていうか、ともかく、散歩に出たわんちゃんみたい。

 まあ、ずっと「組織」の建物の中にいたわけだし、当たり前かもしれない。

 秀樹だって、私には言えなかった辛いことくらいはあったんだろうし。

「楽しい時間は意外とすぐ過ぎ去るもんね」

「……お前、ついさっき入ってきたばかりだろ」

 私がそのように指摘すると、秀樹は照れくさそうな顔をした。

「な、なんとなく言ってみただけだよ」

「まったく……」

 それくらい、今日が楽しみだったのだろうか。

 私はまた、妙に緊張してしまった。


 ともかく、せっかくここまで来たわけだし、ここは楽しまなきや損だろう。

 そう思った私は、心を軽くして、いろんなアトラクションを楽しんだ。

 あまり自分では乗らないメリーゴーランドにも、秀樹に誘われて挑戦してみたが、やっぱり恥ずかしくて、穴でもあれば入りたいくらいだった。

 別に、悪い気分にはならなかったけど。

 こんな姿でメルヘンな乗り物を楽しむ勇気が、まだ私には足りない。

 

「さっきのメリーゴーランド、すごく楽しかったよね、柾木!」

 もちろん、今は誰よりもこの遊園地に似合っている秀樹は、そんなことなんかお構いなしに、ものすごく今の状況を楽しんでいた。

 ……見ているこっちが、羨ましくなるくらいに。

「ところで、その風船、そこまで欲しかったのか?」

「うん! やっぱりテーマパークでこんなの持ってると雰囲気出るねー」

「周りは気にならないのか」

「女の子だから風船持ってても恥ずかしくないもん!」

「あ、そうか」

 たしかに、こんな時に女の子はお得だ。

 今の私には、とうていそんな勇気なんて持てない。

「そうなのです。でも照れくさいから、柾木の後ろについていくね」

「なんでだ」

 ……なんでだろう。

 今、ものすごく秀樹がかわいく見えてきた。

 あざといところも目につくというのに、それがまたかわいい。

 私がおかしいんだろうか。

 こんな秀樹が、かわいく見えるだなんて。


「今度はジェットコースターとか、どう?」

 秀樹はまだまだ元気があるらしく、私にあれやこれや提案してくる。私もあまりそういうのに怖がる性格じゃないけど、自分から乗ることは滅多になかった。

「……まあ、そうだな」

 だが、私はそう頷く。これも秀樹の安定のためだ。決して秀樹のことを考えたとか、そういうわけじゃない。ほんとうだ。

 そんなことを思いながら、ジェットコースターに乗ってはみたものの。

「やーちょー気持ちいい!」

「頭が……くらくら……」

 そんなことをつぶやきながら、私はどうにか近くのベンチに腰を下ろす。ああ、本当にい大変だった。たしかに「怖く」はなかったけど、ああいう激しいやつ、苦手だ……。

「ん? ちょっと休もうか?」

 秀樹もこっちを察してくれたのか、私のとなりに座る。ようやく一息つけそうだ。さっきからずっと、秀樹の乗りたいものに振り回さればかりだったから。

「あ、そだ。アイス食べようよ」

「アイス?」

「うん。テーマパークと言えばアイスだし」

 ……そういうものなんだろうか。

 甘いものは好きなんだし、最近はコンビニスイーツ以外にしっかりしたデザートを取ってないため、自分も口にしてみようか、と思ってしまう。

「……じゃ、それで」

「わーい!」

 それから、私たちは高く積み上げられたアイスコーンを手にして、ベンチに居座ったままそれをいただく。

 チョコアイス、ものすごく甘かった。

 自分でスイーツを作る余裕すら最近はなかったのだから、この甘さは身にしみる。今はスーツであるわけでもないし。

「そういや、今の俺たちって、恋人同士っぽく見えるかな?」

「ぷっ!」

 やばい。油断していたせいで、アイスを吹いてしまうところだった。

 いや、たしかに秀樹にはデートだと伝えているし、そのような捉え方も間違ってはないはずだけど……。

「え、違うの?」

「べ、別に、その、付き合ってるわけじゃ……」

 アイスを吹いてしまったせいで、何度か核をしながら、私はどうにかそう答えた。

 不意打ちなんて、卑怯じゃないか。

 こんなこと、とても私の口では言えないんだけど。


 それから、私たちはまたテーマパークを回る。

 疲れてもいないのか、秀樹はさっきよりはしゃぎながら、この遊園地を楽しんでいた。今は私の体力の方が多いはずなのに、なんとかついていくのがやっとである。

 秀樹って、ここまで子供っぽいやつだっけ。

 やはり、どうしても違和感がある。悪いって意味じゃないけど、私の頭の中にいる秀樹は、今よりもうちょっと大人びていた。

 まあ、元気があってなにより、とも思うけど。

 今の秀樹は、女の子である私より女の子らしい、そんな気がした。

 そもそも、女の子はあそこまであざとい仕草とか、あんまりできないし。かわいいのは間違いないが。

 ――つまり、今の私は、遠くから見ると、かわいい彼女とデートしている、服はダサいけど羨ましい男、ってことになるのかな。

 それはちょっと……誤解とかはともかくとして、かなり照れくさい。

 秀樹がこんなことをまったく意識してなくて、ほんとうによかった。

「あ、柾木、次はあれ乗ろうか?」

「……ああ」

 また、秀樹が私のことを呼んでいる。

 今、この瞬間もいつかは消えてしまいそうで、私は軽く頷いた。


 そして、そろそろ日も暮れる頃。

「じゃ、今度はお待ちかねの観覧車!」

「そこまで待ちわびてたのか」

「うん。やっぱり観覧車は暗い時じゃないとね」

 そうは言ったものの、私も観覧車は好きだ。ゆっくり周りが見られるし、腰だって下ろせる。あと、なんだかんだ言って、デートの最後は観覧車で決まり、と私も思っていた。

 ……いや、別にこれはデートじゃないけど。たぶん。


「……」

 秀樹が私の向こう側に座り、ようやく観覧車が動き始めると。

 私たちは、何も話さなかった。

 ――なんか、喋るべきなんだろうか。

 と思ってみるものの、私も今日はあっちこっち振り回されたせいで、ちょっと疲れている。それは秀樹も同じようで、ようやく疲れが出てきたらしく、あくびをしながら外をじっと見ていた。

 私も秀樹のように、ゆっくりと暮れてゆく外の風景を眺める。

 あまりテーマパークには来ないからか、こういう風景がとても新鮮に思えた。

 ちょっと不思議。

 「組織」の建物でも、窓の向こうに視線を落とせば、こういう風景はよく見られるというのに。


 私がそんなことをぼんやりと思っていた時だった。

「わわっ?!」

 急に観覧車が揺れ始めたせいで、我に戻る。あまりにも急だったため、ちょっと驚いてしまった。

 どうやら、秀樹もそうらしい。

「大丈夫か?」

「う、うん。びっくりしたー」

 そうは言っていたが、秀樹もまだ顔が固い。とはいえ、怪我もしてないらしいし、これで一安心……。

「うわわ!」

 と思ったとたん、また観覧車が大きく揺れる。

 それと同時に、秀樹が私に向かって……倒れてくる?!

 どうやら、さっきの揺れが決定的だったらしい。

 瞬く間に、まっすぐにこっちへ飛び込んできた秀樹。

 思わず自分の腕で抱きしめてはみたものの、さすがにこの状況は思ってもなかったため、どうすればいいのか、途端に暮れた。

「ご、ごめん! 俺もこんなつもりじゃなかったけど……」

「気にするな。事故だろ」

 とは言ったけれど、私は今、ものすごくドキドキしていた。

 当たり前のことだ。今、秀樹が私に抱かれている。こんな状況に、落ちついていられるわけがない。

 誰かを抱きしめているような気分は、久しぶりだ。

 何日か前には自分から抱きしめてあげたはずなのに、こんな不意打ちには、やはり戸惑ってしまう。


 このままじゃ、まずい。

 そんなことも思ったが、今、むやみに離れると返って危険かもしれない。観覧車は未だに揺れが続いていた。ならば、この姿勢を維持する方が良い。

 だから、わざとじゃないけど、しばらくはこうしてくっついている方が良いと思った。

 とは言え、やっぱり恥ずかしいのだから、頭を上げることはできない。

 こんなことになるだなんて、ここに来るまでは思ってもみなかった。

 ここまで近いところに、異性が。

 今は姿が違うけど、それでも、たしかな「異性」が、ここにいた。


 私がそうやって戸惑っている時にも、観覧車はゆっくりと揺らいでいる。

 観覧差がぐらり、と揺れる度に、私は心臓が止まりそうな錯覚に襲われた。

 ……ひょっとして、これ、バレてないよね。

 ここまで距離が近いと、どうしても心配してしまう。

「ち、近いね。俺たち」

「あ、ああ……」

 秀樹にまで小さい声でそんなことを言われると、私は本当に照れてしまいそうだった。必死で誤魔化してはみるけれど、やっぱり、さっきより心臓がドキドキしているのを強く感じる。

 まだ観覧車は揺れ続けているし、うかつに離れたら大変なことになるかもしれない。

 とはいえ、息すら伝わってきそうなこの距離に、私はそろそろ、限界を感じていた。

 窓の外から降り注ぐ鮮やかな夕暮れの色。遠くから見え初める綺麗な光たちが、この場の雰囲気をだんだん怪しく変えていく。

 冗談じゃなくて、このままじゃ、心臓が止まりそうな、そんな気がした。

「あ、あの、柾木?」

 秀樹が、ささやくように聞いてくる。

 観覧車が揺れるたびに、なんかやわらかなモノの感触が伝わってきて、私はどこでもいいから、逃げたい気持ちになった。

 それが何かは、確認するまでもない。

 今の秀樹なら、きっと、そのやわらかなものだって持っているのだろう。

 ……ダメだ。

 揺れるたびにやわらかいものが感じられるため、ものすごく、刺激が強い。

 ここまで些細な揺れなのに、なぜか、その刺激はとても大きく感じられた。

 夕暮れは相変わらず、観覧車の中まで染め込んでくる。

 その眩しい色合いと、秀樹のやわらかいものの感覚と、どこか非現実的なこの状況に、目眩してしまいそうだ。

 周りはだんだん、暗くなっていく。

 あっちこっちに、夜を明かす光が、ぽつぽつと点いている気もする。

 でも、今の私には、それがよく見えない。

 だって、今、いちばん大事なことは。


「わ、わわわ?!」

 その時、私は今までと違う感覚に囚われた。

 観覧車が、ゆっくりと下に向かって降りている。

 やっと、この時間も終わってしまうのだ。

 ようやく落ちつけそうで安心する私だったけど、なぜだろう、どこか寂しい気もしてきた。

「お、やっと降りられるかー」

 秀樹もそれに気づいたか、私の腕の中で喜んでいる。まだ揺れは続いていたため、私たちはこのまま動けなかった。

 今ならば、大丈夫かもしれないのに。

 でも、なぜか「もう離れても良い」というのが、口にできない。


 そんなことを思っている時にも、時間はゆっくりと流れ。

 やっと、観覧車は地上に近づいた。

「あ、まずい。このままじゃ……」

「わ、わわ!!」

 未だに抱き合っていたことにようやく気づいた私たちは、すぐお互いから離れる。よかった。周りには見つかってないと思う。

 これで本当に、終わったのだろうか。

 いや、まだ終わってはいない。降りてからが本番だ。だって、今の私は。

「柾木、終わったよ! もう降りても……へ?」

「ちょっと失礼する」

「どこいくの、柾木?!」

 私は地上に降りてから、すぐトイレに向かって走った。みっともないのはわかっているが、今は仕方がない。

 だって、さっきの刺激が、あまりにも強かった。

 自分でも納得はできてないが、「そうなってしまった」のだから、今は本当に、どうしようもない。


 ……恥ずかしい。

 こんなの、どうやって言い訳すればいいのだろう。


「あー楽しかった!」

 そうして、周りが暗くなったことに気づいた私たちは、そろそろ「組織」へと帰ることにした。

 いろいろ……本当にいろいろあったけど、おおむね楽しかった、と思う。

「今日はほんと、最高の一日だったね~」

 秀樹はまだ余韻が残っているのか、ぼんやりとした表情だった。まあ、あそこまで遊び尽くしたわけだし、その気持ちはわからないわけでもない。

 でも、私の心は、ものすごく複雑だった。

 もちろん、観覧車のことは口にしないつもりだけど、この気持ちを、いったいどうすればいいだろう。

 ……たぶん、秀樹には私の気持ちがバレてないと思う。

 こんなこと、思い出すのも恥ずかしいから、もちろん、私からは絶対に言わない。

 でも、今日の出来事を、忘れられる自信がない。

 なぜか、心の中が、ものすごくざわついているような気がした。

 そういや私、今日が異性との、初めてのデートだっけ。

 いちおう、デートとは違うと言い訳をしづつ、私はそれを意識するだけで、照れてしまいそうになった。

「あ、柾木」

 その時、秀樹が、私を呼ぶ。

 心臓が止まりそうな、おかしな気分になった。

「なんだ?」

「今度こそ、楽しい時はすぐ過ぎ去るもんね。柾木もそうだったのかな?」

 ああ、それか。

 今度はおおむね、間違っていない。

「……そうだな」

 そう答えてから、私はどこか、自分の声がすんなりと心の中に染みていくような、変な気持ちになった。

 自分も、それは間違いないと心から思っているから、かもしれない。

 次にもこんな機会があるのだろうか。

 それはまだわからないけど、今日の出来事は。

 やっぱり、ずっと覚えていそうな気がした。

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