第9話:フルグール孤児院-4
「さて、俺は死体の状態についてメモしていくから、メモが終わった死体から順に孤児院の庭に出してくれ。流石に此処は暗すぎる」
「分かった。ようし、お前たち仕事だぞ。アストが動かしていいと言った死体から順に運び出していけ」
俺は魔糸を使って空中に固定した羊皮紙に死体の状態……見た目から窺える年齢、身長、痩せ具合、服装、体のどちらを下にしていて、頭は何処を向いているか、表情や手の状態、持っている物も特徴があるならば記載していく。
そうして俺が情報を書き留めた死体をディックの従者たちと衛視たちが孤児院の外に運び出し、孤児院裏の庭のようになっている場所へと運び出していく。
「う……」
「大丈夫かグルボミット。気分が悪いなら……」
「いや、大丈夫だ。ディック様の命令だからな」
「しかし、ヒドイなこりゃあ……」
「ああ、とても俺たちと同じ人間の仕業とは思えねえよ」
ディックの従者たちも衛視たちも、真っ当な感性をしているためであろう、流石に気分が悪そうにしている。
家の都合で死体を見慣れているネーメと、だいたいの状況には動じないディックも、死体の数が10を超える頃には険しい顔になっていて、今回の事件の異常性を察し始めているようだった。
「これで全員か」
「ああそうだな。先程一通り孤児院の中を見てきたが、もう死体はなさそうだった」
「それでこの後は?」
死体の数は25。
孤児の死体が23で、孤児院長の死体と手伝いか何かで訪れていた女性の死体が1つずつだ。
「一度休憩を挟むべきだな。死体運びをやってもらった人たちの疲労が酷い」
「ん?別にもっとこき使ってもらっても……」
「命令として休憩だ」
「了解であります。親友」
俺はディックの従者たちと衛視たちに休憩をしてもらう。
そんな俺の言葉に死体運びをしていた面々は何処かホッとしているようだが、これは優しさではなく効率の問題である。
休憩後には次の仕事が待っていて、その仕事内容を考えたら少しでも英気を養ってもらう必要があるのだから。
「アスト、孤児院長室を一通り調べてきたわ。貴方の見立て通りに財貨と帳簿の類がどこにも見当たらなかったわ」
「分かった。ありがとうな。ネーメ。少し休んでてくれ」
「分かったわ」
ネーメの調査も完了。
内容についてはこちらの予想通り、と。
まあ、クロエリアに聞いてみないと、確定はしないだろうが。
「ん……」
「起きたか、クロエリア」
と、ここで気絶していたクロエリアが俺の背中で目を覚ます。
同時に俺は何が起きてもいいように心の中で少しだけ身構える。
「私は……アストロイアス様に……」
「悪い。あのままだと拙いと判断したんでな。手荒い手段を取らせてもらった」
「いえ、その……私こそ迷惑をかけてしまい、申し訳ありませんでした……」
どうやらクロエリアには自分が気絶させられる前の状態について、ある程度認識できているらしい。
俺が紐を解いて地面に下ろすと、申し訳なさそうに俯いている。
「それで孤児院のみんなは……」
「孤児の死体は23だった。孤児院の孤児の数と一致するか?」
「一致……すると思います。近所の子供たちが遊びに来ることもありますが、フルグール孤児院の孤児の数はそれくらいだったと思います」
「そうか」
やはり皆殺しだったらしい。
自分たちについての情報を得た可能性がある者は徹底的に排除すると言う考えの下に、犯行を起こしたと見ていいだろう。
仮に生き残りが居たとしても……まあ、見つからないだろう。
この状況で自分がフルグール孤児院の人間だと申し出るのは、かなりの覚悟が要る。
「もう一ついいか?」
「何でしょうか?」
「またと言うのは、どういう意味だ?」
俺はネーメたちから少し離れた場所の地面に腰を下ろすと、クロエリアに暴走しかけていた時に叫んでいた言葉の意味について聞いた。
クロエリアが元々フルグール孤児院の孤児でなかったことは分かっているが、それだけで『また』と言う言葉が生じるとは思えなかったからだ。
「あー、無理にとは言わない。話したくないなら……」
「いえ、話します。話させてください。アストロイアス様」
だが、答えとして、悲壮感を伴って放たれたクロエリアの言葉は、俺の想像を超えているものだった。
「私にとってフルグール孤児院は四つ目の孤児院であり……私が今迄に居た孤児院は私を残して潰れているんです。私は……私は……」
最初の孤児院は経営者が首を吊って死に、残された借金のかたとしてクロエリア以外の孤児たちは連れていかれたとの事だった。
二番目の孤児院は原因不明の火災によって焼け落ち、クロエリア以外は全員焼け死んだ。
三番目の孤児院では疫病に全員が一斉にかかり、三日ほど経った頃にはクロエリア一人を残して病死した。
そして四番目、フルグール孤児院ではたまたま俺によって外に出ていたクロエリアを残して、全員が何者かによって殺された。
二度ならず三度までも、どころか四度も同じような事が続けば……まあ、そう考えてしまうのもおかしなことではないだろう。
「ですからアストロイアス様、どうか私を……」
「なら、尚更だな。俺はお前を絶対に侍女として迎え入れる」
「え!?」
だが俺に言わせてもらえば、そんなのは全て偶然あるいは起こるべくして起きた事件だ。
どの孤児院が潰れた理由にもクロエリアに瑕疵はなく、残された理由も一番目を除けばクロエリアに宿る圧倒的な魔糸の力のおかげであって、悔やむ必要など何処にもない。
だから俺は断言する。
「クロエリア。いや、クロよ。お前は何も悪くない。だから安心して、俺の下に来い」
と。
「いいん……ですか……?」
「いいと言っているだろう。それとだ、もしもフルグール孤児院の孤児たちについて思うところがあると言うのなら、それこそ俺と一緒に来るべきだ。俺は今回の事件の犯人たちを逃す気は一切ない。こいつらは俺の平穏を乱す敵だからな。持てる力の全てを駆使して追い詰めてやる」
「……。分かりました。私は……私はアストロイアス様に、ご主人様についていきます。皆の為にも」
「ああ、ついてこい」
ここで俺とクロエリアの思いは一致したと思う。
何としてでも犯人を捕まえ、裁きを受けさせる。
そんな形で。
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