第8話:フルグール孤児院-3
「状況は?」
「誰も来ていません」
俺がフルグール孤児院の前に戻ってくると、渋い顔をした隊長が青い顔をした部下たちを引き連れて待っていた。
「中に入った……訳ではなさそうだな」
「ええ。侵入者が居ない事を確かめるために敷地内には入りましたが、建物の中には入ってません。ただ、孤児たちの部屋に設けられたであろう通気口がありまして……」
「想像以上に凄惨だった、か」
「そう言う事です」
通気口はあったのか。
ただ、フルグール孤児院の院長の性格と、隊長が通気口と言っている辺り、赤子でも這い出せないようなサイズだろうし、生き残りが居ない事に変わりはないだろう。
こんな惨事を起こす奴が、抜け道の類を警戒していないはずが無いのだから。
「我々も中に入るべきですか?」
「お前たちは入らなくていい。むしろ、外で待っていてくれ。暫くすれば第六局の局員がやってくるはずだから、アストロイアスは中に居ると伝えてくれ。それと、周辺住民への警戒もまだ必要だし……場合によっては周りの住民に人死が出ていないのか、何かを目撃していないのかを確かめてもらう必要もあると思うから、気を持ち直しておいてほしい」
「分かりました。お前たち。警戒を怠るな」
「「「はいっ!」」」
俺は自分で塀にかけた紐をくぐり、扉に付けた紐を外し始める。
衛視たちは俺の言葉を受けて、何処か安心した様子で塀の外に立ち始める。
「よし、外れた」
俺は紐を外すと、改めてフルグール孤児院の建物内に踏み込む。
扉が閉まっていた分だけ血の臭いは濃くなり、射し込む日の量が増えた分だけ中の凄惨な状況が分かり易くなっている。
「まずは一応、一通り見て回るか」
俺は出来るだけ現場を踏み荒らさないように気を付けつつ、足を進める。
入って直ぐの食堂を兼ねていると思しき広間には孤児院長と思しき老人の死体が一つに、孤児の死体が……13。
右手の立派な扉を開ければ孤児院長の私室と思しき部屋であり、血を絵具にした複数人分の靴跡と手跡以外は綺麗で、スラムとは思えないほどに豪勢な家具が揃っていたが、家探しが行われたのだろう、物が散乱している。
左手は調理場と思しき場所であり、作りかけの料理と共に成人女性が一人、壁にもたれかかる形で倒れているが、斧のようなものでかち割られた頭を見ただけで生きていない事は分かった。
そして奥だが……ヒドイとしか言いようがなかった。
「文字通りの皆殺し。見た可能性がある人間はどんなに小さくても、命乞いをしても殺す、か」
フルグール孤児院の院長は、孤児の部屋として一人ずつしか通れないような幅の入口と赤子も通れないような通気口しか設けられず、外部から出入りできる場所がない、建材である石が剥き出しの牢獄のような部屋を幾つも用意していた。
このような部屋になっているのは、孤児と言う貴重な財産が逃げせないようにするのと、組織だった反抗をさせないためだろう。
そんな孤児たちの部屋は殺人犯たちにとってはただの狩場でしかなく、孤児たちにとっては絶望の棺桶と化していた。
凶器を使って抵抗しようとしたであろう子供も、部屋の隅に逃げて怯えていた子供も、どうにかして見逃してもらおうと命乞いした子供も、全員が殺されていた。
それこそ、5歳か6歳程度の子供であっても容赦なく、孤児院に居た人間は全員が殺されていた。
「……」
俺はこの世界の神であるらしい糸紡ぎの神たちに子供たちの来世の運命が良い物である事を祈りつつ、一度孤児院の外に出る。
そして、敷地の外にまで出ると、隊長と話している俺の顔見知りが何故か二人に居て、二人の内のどちらかの従者が道の端に蹲って胃の内容物を吐き出している光景に遭遇した。
まあ、従者についてはこう言う現場に不慣れなだったのだろう、息を切らしている連絡に行かせた衛視共々、気にしなくてもいいか。
それよりもだ。
「アスト。かなりヒドイ状況のようね」
「ああ、お前が思っているのよりも数段はヒドイと思った方がいいぞ。ネーメ」
「そう、入口から見えただけでも相当で、ディックの従者が吐いたんだけど、それ以上なのね」
「8年前のお前の実家がマシに見えるレベル。と言うところだな」
俺は隊長と話していた顔見知りの片方、白い髪に黄色の目を持った幼馴染の女性、ネーメリア=エクスキューに話しかける。
「……。相当ね。分かったわ。『ヨル・キート調査局』第六局局員として、第七局局員アストロイアスと協力して本件に当たらせていただきます」
「協力感謝します。第六局局員ネーメリア」
ネーメリアが来てくれたのは幸運だ。
処刑人であるエクスキュー麻爵家の都合で、彼女は人の死と言うものを見慣れているし、こう言う現場でも取り乱さない。
なにより、俺との連携も取れるし、現場保存や検死と言う物も理解しているし、それらから得られる情報の重要性も分かっている。
恐らくだが、第六局の誰かが気を使ってくれたのだろう。
本当にありがたい話だ。
問題はもう一人だ。
「で、何故貴方が此処に? ディック=ヨリート?」
俺は敢えての敬語で不快感を示しつつ、身長180センチ前後の俺よりも少しだけ背が高いもう一人の顔見知り、金髪碧眼の筋肉男であるディック=ヨリートに話しかける。
「俺の親友であるアストが緊急の連絡を第七局に寄越したところにたまたま遭遇してな。緊急の仕事も無かったし、助けに来た」
「帰れ。これは第六局の仕事だ。当事者でもないんだし、第一局の仕事じゃない」
自称、俺の親友、ディック=ヨリートはヨリート綿爵家の四男坊であり、学生時代からの割と親しい付き合いではある。
が、ディックは第一局の所属で、第一局は貴族関係の調査を行う局である。
平民が襲われた今回の事件は管轄外である。
「何を言う。連絡に書いてあっただろう、犯人は糸使いの可能性がある、と。糸使いならばほぼ間違いなく貴族か元貴族だ。第一局が関わるには十分すぎる理由があるだろう」
「中身までしっかり読んでいるのか……」
部外者に緊急の連絡を見せるとか大丈夫なのか、第七局。
とは思いつつも言葉には出さず、俺はディックをこの場から排除するのを諦める。
筋道はきちんと通っているからだ。
それにディックの戦闘能力は綿爵と言う、麻爵よりも一段上の爵位を持つ家の出だけあって、俺よりも高いし、状況判断能力や論理的思考能力だってきちんと持っている。
役立つことはあっても、邪魔になる事はあり得ないだろう。
「安心しろ。『ヨル・キート調査局』第一局局員ディック=ヨリートは、従者共々、第七局局員アストロイアス=スロースの指揮下に入る形で、本件に協力させていただきます。ってな形を取るからな」
「分かった……協力感謝します。第一局局員ディック=ヨリート」
こうして、立ち位置をはっきりとする事で、後顧の憂いも断ってくれるしな。
それでも信用しきれないのは……昔からディックが俺に何かを隠しているからなんだろうな。
悪い事でなくとも、大きな何かを隠されていると、どうしても、な。
まあ、今更か。
なお、局員同士には爵位による序列は適用されないので、綿爵が麻爵の指揮下に入っても法の上では問題は無い。
「では、孤児院の捜査に入りたいんだが……」
「いや、親友アストよ。その前に一つ言っておくべき事があるだろう」
「そうね。そっちを先にはっきりさせておいて欲しいわ。アスト」
ディックとネーメリアの視線が俺へ……より正確には俺の背中に居るクロエリアへと向けられる。
「その子は誰? アスト」
「局員寮に連れ帰った少女とはその子の事か? 親友よ」
「俺の侍女だ。今はただ中の様子を見て気絶しているだけだよ。起きた時の事を考えて、背負ったまま行くぞ」
そして俺は二人の視線と質問を無視して、フルグール孤児院の扉を再び開けた。
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