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第66話:エピローグ-2

「どうにか書き上がったか……」

「お疲れ様です。ご主人様」

 その後、俺はどうにか報告書を書き上げた。

 既に陽は沈み、第七局の部屋の中には蝋燭の心もとない光で照らされている状態だ。

 燃料費の問題と失火の危険性を考えると、早く火を消して寮に帰りたいところである。


「よう、親友。調子はどうだ?」

「……」

 そう思っていたところにディックが何処からともなく現れた。


「何の用ですか? ディプスィーク=ヨル・キート殿下」

 正直俺は疲れていた。

 だが、相手の身分を考えると、最低限の礼節は保たなければならない。

 だから俺はどうにか体裁を整えて、ディックに話しかける。


「うおっ、想像以上に気味が悪いな。公の場では無理でも、こういう場では今まで通りで頼んでいいか。親友」

「本気で考えているなら、俺が罪に問われないように密かに書面をしたためておいてください。不敬罪で首を落されるのは、俺は御免なんで」

「そうだな。考えておくか。口うるさい奴は何処にでも居るしな」

 ディックの背後に人影はない。

 周囲に気配もない。

 クロも感知出来ていない。

 となると、ディックは一人でこの場に来ていることになりそうか。

 それでいいのか、王太子。


「それで用件は?」

 まあいいか、もしかしたら俺とクロの感知能力以上に隠密能力に優れた誰かが居ると思っておこう。

 それよりも問題は何故ディックがこの場に居るかだ。


「単刀直入に言う。近衛や第五局、第一局に興味は無いか?」

「無い。俺は麻爵の三男坊なんだ。そんな所に行ってもトラブルの種にしかならないし、俺の望みは果たせない」

「望みねぇ……具体的には?」

「平穏な生活。適度に金が入って、それなりに美味しいものを食べて、自分の知りたい事を知れれば、俺はそれでいい。だから第六局が望みなんだ」

「そこで王家に忠を尽くす事とか言えば、評価が上がるだろうに」

「今の王家は平穏な生活を守る考えを持っているから、忠を尽くす事に変わりはないだろ」

「そうかい。なら、親友が敵に回る事が無いように、王家はきちんとヨル・キート王国を治めないといけないな」

 どうやらディックは俺の今後について尋ねに来たらしい。

 此処で嘘を吐いても仕方が無いので、俺は素直に答える。


「さて、アストロイアス。悪いがお前の望みは叶えられない。しかし、望みもしない者を表舞台に立てるわけにもいかない。となれば、お前は今後もずっと第七局に居て、今回のように動いてもらう事になるだろう。本当にそれで構わないのか?」

「ああ構わない。実のところ、第六局に異動する事も、今の状況だと少し考えものだったしな」

 念を押されたが、俺の答えは変わらない。

 そして、少しだが俺の視線がクロに向けられる。

 それだけでディックは察したらしく、笑みを浮かべる。


「そうか。なら、今後も第七局の局員として程々に活躍してくれ。親友なら否が応にも出てくることになりそうだしな」

 そう言ってディックは部屋から去っていった。

 正直なところ、今回のような大事件はもう勘弁してもらいたいのだが……まあ、俺の平穏が乱されるならば、動くしかないのだろう。


「ご主人様」

「なんだ?」

 ディックが帰って暫く。

 クロが俺に話しかけてくる。


「その、ディック様……と言いますか、ディプスィーク様の申し出を受けなくてよかったんですか?」

「ディックはあの程度で怒るような性格じゃないから大丈夫だ」

「いえ、そうではなく、出世の機会だったのではと思ったのですけど……」

「それこそお断りだな。俺の立場と魔糸の量で、今の王国内で出世すると、平穏とは程遠いことになる。俺はそんなのは御免だ。それに……」

「それに?」

 何度も言っている事だが、俺が一番に求めているのは平穏だ。

 俺は前世で雷に打たれて突然死ぬという、平穏とは程遠い終わりを経験している。

 だからこそ、今世では平穏無事に終わりたい、そんな風に思っているのだ。


「クロにはまだまだ教えないといけない事があるからな。少なくともクロが俺並に魔糸を制御できるようになるまでは、俺の近くに居てくれ」

「ご主人様……」

 そして、クロはどうしてか感動しているようだが……はっきり言って、今俺が知っている中で、俺の平穏を最も崩す可能性があるのはクロが魔糸を暴走させる事である。

 そうなった時に生じる被害は、下手な魔物よりもはるかに甚大な物だろう。

 だから、俺にはそうならないようにしっかりとクロを教育する義務がある。

 この役目だけは誰にも決して譲れない。


「ご主人様。折角なので言わせていただきますね」

「なんだ?」

「孤児院の皆の仇を取ってくださってありがとうございます」

「まあ、そうだな」

 そう言えば、そんな約束もしていたか。


「そして、改めて言わせていただきます」

「ん?」

「これからも末永くよろしくお願いします。ご主人様」

 蝋燭の微かな光の中でも分かるようにクロが微笑む。

 その笑みと言葉に俺は……


「ああ、よろしく頼む。クロ」

 笑顔で応え、クロの頭を優しく撫でた。

Q:これで終わり?

A:終わりです

Q:なんで?

A:作者の趣味嗜好との一致及び書いていて楽しいかどうかって重要だと思うの。と言うか、以前のような苦行をこなせるだけの体力はない!


そんな訳で星と黒のインテフィルムは此処で終了となります。

これまでのご愛読ありがとうございました。

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