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第64話:バグラカッツ捜索-9

「それにしてもご主人様」

「なんだ?」

 状況はほぼ変わらず。

 俺を抱えたクロが地上を走り、バグラカッツは下水道を移動し続けている。

 ただ、クロは疲れるどころか呼吸が乱れる様子も見られないのに対して、バグラカッツはスレブミト羊爵の屋敷からだいぶ離れた事もあってか、移動速度をだいぶ落としている。


「どうしてバグラカッツはスレブミト羊爵の屋敷に逃げ込んだのでしょうか」

 これならば、もう俺自身の脚で追っても大丈夫だろう。

 なので俺はクロに降ろしてもらうと、バグラカッツを追いつつ、クロの疑問に答える事にする。


「そうだな……一番は俺とクロの追跡を振り切るためだろう。バグラカッツは俺とクロが追いかけてきている事にきちんと気付いていたようだしな。で、俺とクロの移動速度と感知能力を考えたら、何かしらの策を講じる必要はあったはずだ」

「それで、スレブミト羊爵の屋敷ですか」

「ああ」

 俺は大きく頷く。


「仮にディックが動いていない状態でバグラカッツがスレブミト羊爵の屋敷に逃げ込めば、第七局の普通の局員でしかない俺ではまず手出しが出来なくなる。バグラカッツとスレブミト羊爵の関係性がどれほど明らかであってもな」

「権力の差、という事ですね」

「そうなるな」

 バグラカッツは自分が生き延びる事を優先して動いている節がある。

 それならばスレブミト羊爵の屋敷は格好の逃げ場だろう。

 仮にスレブミト羊爵とバグラカッツが無関係あるいは敵対関係にあろうとも、俺には手を出せなくなってしまうのだから。


「ディックが動いているのを知っていて向かっていたのなら……バグラカッツがスレブミト羊爵を切り捨てた形になるか。自分はスレブミト羊爵の命令で動いていましたと自白するような行動だからな」

「バグラカッツが切り捨てる側なんですか?」

「そうなる。スレブミト羊爵をディックたちに始末してもらって、自分は上手く逃げおおせる形を狙ったんだろう」

 今の状況から考えると……こちらの方が有り得そうな話か。

 バグラカッツの頭が悪いとは思えないし。


「恐らくだが、バグラカッツ本来の狙いとしては……スレブミト羊爵の屋敷に逃げ込んで、スレブミト羊爵が犯罪者なのを確定。仕事を失敗して逃げ出す自分を追えないようにする。その上でスレブミト羊爵の部下の中から、主よりも自分の命を優先する奴を誘って、一緒に制圧の混乱を切り抜ける事で行方を晦ませる。というところだったんだろうな」

「それって……拙いですよね。かなり」

「かなり拙いな。バグラカッツほどの手練れの行方が分からなくなるんだから。今後、静かに暮らしてくれる保証なんてある訳ないし、場合によってはスレブミト羊爵を取り逃がす以上に厄介かもしれないな」

 バグラカッツを取り逃がした場合に怖いのは、俺やクロに対する復讐もだが、地方に逃げ延びてそちらを荒らすと言うのも怖い話になるか。

 あの実力だと羊爵でも油断できないし、万が一があれば国が大きく荒れる。

 そうなったら俺が望むような平穏な生活とは程遠い生活の幕開けだ。

 絶対に勘弁してもらいたい。


「だがまあ、それは上手くいかなかったと見ていい。俺の『落雷』で呆気なく正面の守りが突破されて、下水道の守りを集団で突破するような余裕がなくなった。だからバグラカッツは今一人で下水道を移動しているわけだしな」

「なるほど」

 下水道のバグラカッツの動きに合わせて、俺たちも地上を移動する。

 ただし、ある程度の距離は保つ。

 バグラカッツは身体強化を使えないし、地上に居る俺たちに気付く手段などないはずだが、俺には理論も分からないとっておきはあり得るからだ。


「それでご主人様。こうして追い続けていると言う事は、バグラカッツが地上に出てくるタイミングで捕えると言う事でいいんですよね?」

「ああ、それで間違ってない。ただし、ここまで散々苦しめられたからな。確実に捕らえられる手段を使わせてもらう」

「確実な手段ですか?」

 バグラカッツの動きが止まる。

 どうやら、この通りの陰に作られた、出入り口から地上に上がるつもりのようだ。

 なので俺はクロの動きを手で制してその場で留まるように指示する。

 そして俺自身は腹と地面が接するほどに低く伏せる。


「……」

 懐にあるナイフの一本を魔糸によって取り出すと、風切り音すら出さない様にゆっくりと移動させる。

 そうして下水道の出入り口の前にまで付くと、蓋の金属部分とナイフを接触させ、その状態で一度魔糸を離す。

 何故こんな事をするのか、そんなのは決まっている。


「……」

 バグラカッツは馬鹿ではない。

 地上から自分を追う存在が居る可能性はきちんと考えている。

 下水道から地上に上がる時が最も危険である事も理解している。

 どのような形の罠にしろ、仕掛けるならばここが最も有効なタイミングだと分かっている。


「何も無いな」

 分かっているからこそ、バグラカッツは魔糸を使い、出口の周辺に自分以外の誰かが魔糸によって支配している物がないかを調べて、安全を確保する。

 そして、俺の予想通りにバグラカッツは自分の青い魔糸で蓋とその周辺を調べた。

 それから恐らくは蓋に魔糸を繋げて、調べた後に仕掛けられても反応できるようにしている。


「よっ……がああぁぁぁっ!?」

 だからこそ引っ掛かった。


「えっ!?」

「よしっ」

 俺が自分のナイフと魔糸を再び繋げて電気を纏わせ、その電気を蓋の金属部分に流し込むことによって生成される電流の罠に。


「馬……鹿……な……」

「バグラカッツ。お前を逮捕する」

 そして急いで駆け寄った俺は、下水道で全身が痺れた状態で倒れているバグラカッツに追加の電流を流し込んで、完全に気絶させた。

 こうして王都を騒がせた『フルグール孤児院強盗殺人事件』に端を発する連続強盗事件は終わりを告げた。

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