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第62話:バグラカッツ捜索-7

「俺……ぐっ……」

「ご主人様!」

 塔の中へ突入していく第一局の局員たちを見て、俺も動こうとする。

 だが体は動かず、俺はクロに体を支えられることになる。


「大丈夫……ではないな。親友」

「ディック……か……」

 ディックが近寄ってくる。

 その表情は険しい。

 しかし、それよりも気になるのはディックが持っている宝剣だ。

 俺の記憶が正しければ、王家が所有し、貸与されることも絶対にない、王家の権力を示す剣のはずだ。

 それを持っていると言う事は……あー、くそ、ただでさえ、魔糸不足で頭が回らない状態で更に面倒な話を……。


「ディック様、ご主人様はいったい……」

「恐らくは魔糸不足だな。親友は極めて優秀な魔糸使いだが、その親友でも今の一撃は無茶や無理をしていたと言う事なんだろう」

 ディックの視線が俺の指輪へと向く。

 ああうん、正解だ。

 俺は今回、無理も無茶もしている。

 魔糸の長さが足りなかったし、出力も足りなかった。

 だから体の機能を維持するために必要な量の魔糸まで、『落雷』を放つために使っている。


「私はどうすれば……」

「とりあえず話しかけ続けて、意識を切らさないようにしろ。今の親友の意識が切れるのは拙い」

「分かりました」

 ただ、俺の想定以上にグローリアは俺の魔糸を持って行った。

 大喰らいなのは分かっていたが、少しリミッターを外して、射程を伸ばしただけでこれとは……使い勝手が悪いなどと言う次元ではない。


「ディック様。アストロイアスはこのまま行くとどうなりますか?」

「ただの魔糸不足なら暫く休めば治る。ただ、アストロイアスが魔糸不足になるとな……私には理解しがたい何かが身体の中で起きている可能性はある」

「では第五局に……」

「無意味だ。第五局はアストロイアスもアストロイアスが魔糸を使う上で用いている論理も、半端にしか理解していない。悪化させる可能性はあっても改善の見込みはない。それなら、アストロイアス自身に任せた方がいい」

 ディックとディックの従者が話している。

 まあ、ディックの考え通り、第五局では駄目だろうな。

 多少はマトモだが、アイツ等は結局、学園の爺共に教えられた延長にしか居ない。

 アイツ等に見られるくらいなら、自分でどうにかした方がいい。

 方がいいが……


「しかし、麻爵相当の魔糸しか持たないのに、雷を生じさせるとは……」

 ディックの従者の一人が俺の指輪へと目を向けてくる。


「馬鹿な考えは抱くなよ。これは親友の適性、特性、知識、道具、技術、経験、それら全てが合わさったから出来る技だ。もしも私が同じことをしようとしたら、見るも無残な劣化品を作り上げた挙句に枯死している」

「っつ!? ディプスィーク様は10巻きを超える魔糸の量を……」

「笑わせるな。魔物の力あるいは天災を再現しようと言うなら、人間が保有する魔糸の量など誤差の範疇だ。それと親友の前でそう呼ぶな。まあ、剣を見られた時点で流石の親友も気づいているとは思うが」

 厳しいな。

 やはり魔糸を取られ過ぎた。

 俺の魔糸自身と魔糸を生じさせている何かを強化する事で、無理やり復活するにも、元手が無ければどうしようもない。

 後、頼むから今の状況で余計な情報を持ち込まないでくれ。

 意識を保ち、この状況を保つだけでもこっちは精一杯なんだ。


「ご主人様、ご主人様! お願いだからしっかりしてください。目を閉じないでください!」

 クロはディックの正体に気付いた様子もなく、俺に語り掛け続けている。

 目には涙を貯めていて、見るからに必死な様子だ。

 しかし、本格的に不味くなってきたな。

 指先の感覚が薄れ始めている。

 けれど、死の感覚そのものが二度目だからか、妙に落ち着いてしまうな。

 仮死は……持ち直せなかったら試すか。


「……。そうだ……。ご主人様、今のご主人様は魔糸が足りていないんですよね!」

 クロの言葉に俺は小さく頷く。

 最後の機会だろうから、どういう質問であれ、応えられる限りは答えておこう。


「だったら、外から魔糸を取り込めば、大丈夫になりませんか!?」

 俺は少し考える。

 理論的には……まあ、行けるだろう。

 ただ、上手くいくかと問われれば、首を傾げる他ない。

 俺がクロに対してやった、魔糸を体外に引き出すのとは訳が違う。

 幾つもの問題があると思う。


「ご主人様が迷うと言う事は、やること自体は出来るんですね」

「ん? 待て、クロエリア。何を……」

 俺が迷っている間にクロは俺の胸の上に手を置く。

 ディックが止める暇もなかった。

 俺が体を動かす事など当然出来ない。


「やらせてもらいます。私はご主人様を失いたくありませんから」

 クロの右手に黒紫色の魔糸が集まっていく。

 量はさほどでもない。

 恐らくは1巻きか2巻き程度の魔糸。

 クロの魔糸の総量を考えれば、ほんの切れ端のような量かもしれない。

 それが俺の中に入ってきて……俺の魔糸と繋がったタイミングでクロは自分の魔糸を切り離した。

 直後。


「がはっ!?」

「ご主人様!?」

「アストロイアス!?」

 俺は大きく血を吐いた。

 巨大な重石を心臓に直接叩きこまれたような感覚だった。

 全身の血管が弾け飛び、神経が焼き切れ、筋肉が引き裂かれ、内臓が粉砕されるかと思った。

 どう考えても、異物である以前に、俺の器以上の量の魔糸を叩き込まれた副作用だった。

 だが同時に、クロの重い魔糸が落ちて来て、俺の軽い魔糸が跳ね上げられるかのように、俺の魔糸も僅かながらではあるが、量を回復していた。


「げほっ、げぼっ、がはっ!」

「ご、ご主人様、しっかりしてください! 魔糸が……」

 その僅かが重要だった。

 その僅かな魔糸を呼び水にして総量を増し、俺の全身に魔糸が行きわたらせ、はじけ飛ぶ寸前にあった自分の体を繋ぎとめる。

 繋ぎとめて……


「死ぬから勘弁してくれ」

「ご主人様……」

 俺はクロの右手を掴み、さらに追加で魔糸を注ぎ込めようとした動きを止めた。


「ご主人様ああぁぁ!」

「助かった。クロ」

 そうして、どうにか俺は生還を果たした。

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