第61話:バグラカッツ捜索-6
「それでご主人様。切り札と言うのは?」
「この指輪だ」
「いつも身に付けている指輪……ですよね?」
「そうだ」
俺は自分の指に嵌まっている黄金色の鱗模様の指輪をクロに見せる。
「そうだな。ディックたちの準備が整うまでに少し話しておくか。クロには馴染みがない話かもしれないが、魔物を討伐した人間には幾つもの褒賞が与えられるんだ」
「褒賞、ですか」
俺の言葉にクロが少しだけ暗い顔をする。
クロ自身が魔物であると言うのを理解しているからだろう。
「一つ目は危険な魔物を討伐して、被害に悩まされていた人々を救ったという名誉と栄光。まあ、これは当然とも言えるだろうな。普通の猪や狼と魔物じゃ脅威度に違いがありすぎる」
「魔糸使いでなければ、絶対に勝てませんからね」
それでも俺は話を進める。
「二つ目は魔糸による強化が常時行われた結果として、通常の生物の物とは全くの別物になった鱗や骨と言った素材の売却による莫大な金銭」
「もしかしてご主人様って……」
「まあ、贅沢をせず、平民並みの生活で構わないと思うなら、一生働かなくてもいいくらいの金は持ってる」
同時に俺は自分の魔糸の調子を確かめる。
出しては縮め、分けては束ねる。
そして、周りに居る局員たちには見えないように、けれど至近距離で見ている俺とクロには見えるように太さを調整した魔糸で、『誰かに迷惑をかけたりしていないクロを追う奴がいたら、そいつの方が確実に悪党だから安心しろ』と書いて、クロを安心させる。
「三つ目は魔物の体内にあるとある物質を利用することによる戦闘能力の大幅向上だが……それを得た当人として言わせてもらうなら、得ない方がマシな力だな」
「そうなんですか?」
「人の分を大きく超えた力だからな。はっきり言って問題しかない」
体内にある魔糸の量を確認。
此処まで走って来るのに消耗した分が幾らかあるが……まあ、許容の範囲内で済んでいるだろう。
「準備が完了したようだな」
「……」
「クロ、放った後は頼むぞ」
「はい」
と、ここでディックから準備完了のサインが飛んでくる。
ついでに放つタイミングは好きにしろというサインも。
ならば、早速やらせてもらうとしよう。
「我が名はアストロイアス=スロース。雷竜王女グローリアの主である」
魔糸は使い手の意図したとおりに動き、繋がり、操作し、目的の現象を起こす。
しかし、悲しいかな、人の想像力あるいは意志の力では、発生させる現象が極めて大規模な場合、思っただけでは目的の現象を起こせない。
だから、イメージをより強固なものにするために言葉を紡ぐ。
「グローリアよ。我が魔糸を食らい、子より亥まで分割せよ」
俺の指輪……グローリアに普段よりも太い金色の魔糸が結びつく。
そして、輝きを増した12本の金色の魔糸になって、俺の右手にまとわりつく。
「丑より戌までの条件を規定。整列」
12本の魔糸の内、10本が整列。
残りの2本の間で等間隔を保って浮く。
「子と亥の条件を規定。待機」
その2本は俺の右手の親指と小指から、一本芯が入ったように真っ直ぐ伸びている。
「グローリアよ。生ける頃の汝が見せし、天罰の吐息をいま再び我が前にて顕現させる。備えよ」
2本の魔糸の先端に僅かだが電光が生じ始める。
同時に思い出すのは……全身に雷光を纏い、煌めき、臆する事など何もないと姿だけ雄弁に語るグローリアの姿。
そんなグローリアに挑むも、吐息によって一瞬にして黒焦げにされて息絶えたかつての友人たちの姿。
そして、仇討ちとして挑み、打ち倒し、トドメを刺そうとしたときにグローリアの瞳の中に見た人とは思えない顔をした自分の姿。
あの時と同じ、いや、それ以上の惨状を一方的に起こして見せよう。
「未だ御する方法知られぬ神々の力の片鱗。見るがいい!」
俺は土壁の裏で立ち上がると、スレブミト羊爵が立てこもる塔に向けて右手を振り下ろす。
すると俺の右手から、俺の限界を超える形で12本の魔糸が伸びていき、塔を切り裂くように入っていく。
「「「!?」」」
塔の中に居るスレブミト羊爵側の人間が魔糸に気付いて慌てる中、子と名付けた魔糸が何かしらの金属に触れて固定される。
そして、塔の基部の辺りで亥と名付けた魔糸も何かしらの金属に触れて固定される。
同時に丑から戌と名付けた10本の魔糸が等間隔に設置される。
こうして時間にしてしまえば1秒にも満たない間に準備は整った。
そして、準備が整うと同時に、俺の魔糸は規定された通りに、自動で働き始める。
「落雷」
「「「ーーーーー!?」」」
「きゃあっ!?」
直後、スレブミト羊爵たちが立てこもる塔の内部で雷が発生した。
閃光が生じ、爆音が轟き、塔の上層部から下層部に向けて雷光が閃いて、間にあるものと周囲にあるものを本物の雷が直撃した時と同じように、あるいはそれ以上の力を持って破壊し尽くした。
「突撃ぃ! ヨル・キート王国王太子、ディプスィーク=ヨル・キートの名の下、大逆者スレブミト羊爵及びその部下たちを拘束せよ!!」
「「「ーーーーー!!」」」
そして、土煙が止むよりもはるかに早くディックが叫び声を上げ、一目で宝剣と分かる華美な装飾を施された剣の切っ先を塔に向ける。
同時に準備を整えていた局員たちが塔の中へと突入していった。