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第60話:バグラカッツ捜索-5

「これは……」

「大勢は決した。と言うところだろうな」

 スレブミト羊爵の屋敷の中は、基本的には静かで落ち着いていた。

 どうやらディックたちはおおよそ上手くやったらしい。


「今は夜会の参加者の振り分けと、残党の掃討中と言うところか」

 しかしよく見れば、何かしらの攻撃で壊れたと思しき彫刻や壁、机の類が見て取れるし、第三局や第四局の局員が着飾った女性たちの周囲に立って、内と外の両方に対して警戒心を露わにしていたりする。

 怪我の治療を行っているものは見かけないし、死者の類も見えないが、場はかなり張りつめている。

 この中にバグラカッツが現れたとなると……かなりのやらかしだな、事件が解決しても始末書くらいは覚悟するべきかもしれないな。


「ご主人様。バグラカッツは?」

「クロの察している通りだ」

 まあ、そんな話は無事に事件が解決してからの話だ。

 俺はバグラカッツの臭いを改めて嗅ぎ、クロの視線が向いた方へと移動を始める。

 そちらの方にあるのは静かなスレブミト羊爵の屋敷の中で、現在唯一騒がしくなっているエリアだ。


「誰が貴様らの言葉など聞くか!!」

「騙されるな! 騙されれば待っているのは死だぞ!!」

「我等はスレブミト羊爵に忠誠を誓っているのだ!!」

 スレブミト羊爵の屋敷の片隅には、高さ10メートルほどの石造りの塔が建っていた。

 表向きは倉庫であると同時に、屋敷内で不躾者が出た時の拘留場所として使われていたであろう建物だろう。

 そんな塔の中からは魔糸を利用して、様々な物が投擲されている。


「大人しく投降しろ! 貴様らは包囲されている!!」

「今ならばスレブミト羊爵を差し出せば、貴様らの罪は問われずに済むぞ!!」

「無駄な抵抗を……っつ!?」

 勿論、調査局の側も黙ってやられるような事はない。

 土に適性を持つ魔糸使いによって塔の周囲には複数枚の土の壁が築かれており、壁の陰からは第一局の局員の局員たちが説得と反撃を試みている。


「くそっ……頑なになるのは分かるが、これほどとは……」

「例の鉛の影響か?」

「だろうな。とても正気とは思えない」

 状況は膠着状態。

 バグラカッツの匂いは塔の中に続いている。

 この場を動かすなら、相応の立場にある人間の指示を受けてから動かすべきだな。

 となると第一局唯一の顔見知りであるディックに話を通すのが、一番手っ取り早いか。


「地下の封鎖は完了していますのでご安心を」

「そうか。ならば逃がす心配はせずに済みそうだな。だが、相手の守りをどう突破するか。バグラカッツの奴も加わってしまったしな……」

「不意を衝かれたとはいえ、まさかあれほど容易にこちらの守りを抜けて合流出来ると思っていませんでしたからな……」

 肝心のディックは……居た。

 夜会に合わせてなのか、非常に豪華な衣装を身に着けた状態で、第一局の他の局員と話をしている。

 そして、俺が気付いたのに合わせてディックも俺に気付いたらしい。

 笑みを浮かべた顔をこちらに向けてくる。


「おお親友よ! 丁度いい所に来たな!」

「悪い、バグラカッツを取り逃がした。それで、臭いからして塔の中に居るのは分かるんだが、状況は……良くなさそうだな」

「ああ、はっきり言って良くない。良くないが、親友が来てくれたなら、打てる手もある。『雷星』の『雷星』たる謂われとかな」

 ディックの周囲には最近連れていた新人の局員は居ない。

 代わりに隣に居る壮年の男性は俺の事を知っているらしく、小声で『アストロイアスか……なら、やれるな』などと呟いている。

 どうやら俺の切り札を知っているらしい。


「打つのはいいが、その前もその後も準備が必要だぞ。特にその後の方がだ」

「分かってるとも。叩き込むと同時に突入して、一気に制圧をしろと言う話だろう。そんな簡単な事を疎かにする気はない。当然、親友の一撃の余波が味方に及ばないようにする工夫もな」

 今の状況を打開するのに、俺の切り札は使える。

 使えるが……切り札と言うだけあって、問題もかなり多い力なのだ。

 だから、ディックの言うとおり、事前の通達は必須だ。

 だが、通達をするならば、他にも伝えておいて欲しい事がある。


「それと、取り逃がした俺が言うのも何だとは思うが、バグラカッツ。あの男の強さは破格だ。明らかに麻爵の実力じゃない」

「ほう、親友にそこまで言わせるか。何があった?」

 俺はバグラカッツに二度も一杯食わされて、普通なら必殺と言ってもいい一撃を受けたことや、水を操る事による高速移動、直接干渉による人体破壊の可能性などを伝える。

 そんな俺の言葉にディックは視線を鋭くし、お付きの男性も眉根を険しくする。


「親友。切り札使用の時点で半ば撤回していたようなものだが、以前言った話を訂正する。バグラカッツは無理に捕えようとしなくていい。親友ほどじゃないが、アレも規格外の側だ」

「分かった」

 本当のことを言えば、どこか苦笑いをしているディックに対して、俺もバグラカッツも別に規格外ではなく、ただ人よりも詳しいだけだといいたいが……そんな余裕はないな。


「ご主人様」

 クロが自分はどうすればいいかと言う顔をして近寄ってくる。


「クロ。俺は切り札を使う。切り札を使ったらしばらく動けないだろうから、その間の俺の守りは頼んでいいか? いざという時に俺を抱えて逃げてくれればそれでいい」

「分かりました。ご主人様」

 なので俺はクロに自分の命を預ける事にした。

 実際、クロの身体能力でそれをしてもらえば、どうとでもなるだろう。


「では行くぞ」

「はい」

 そして俺とクロは土壁の一つに身を潜めた。

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