第58話:バグラカッツ捜索-3
「「……」」
俺は腰を低く落とし、何時でも動けるように構えを取る。
対するバグラカッツはやや前傾程度の姿勢で、こちらの動きを観察している。
一瞬でも俺が隙を見せれば、即座に逃げに入るつもりだろう。
「金属適性も……」
バグラカッツが言葉を発し始めたタイミングで俺は動き出す。
魔糸による強化を行っている事も隠さず、全力で地面を蹴って、一足飛びにバグラカッツへと詰め寄る。
「動きを止めて……」
そして、バグラカッツに向けて両手のナイフを振るい、滞空させていた4本のナイフを側面から襲わせ、更には懐から2本のナイフを真っ直ぐに射出する。
この内手に持っていない6本のナイフは自然放電を始めるレベルで電気を纏わせ、掠っただけでも身動きが取れないようにするだけの威力を持たせる。
虚を突くようにするだけでなく、身体強化持ちでもそうは居ない速さでの攻撃に、必殺の威力と範囲を持たせた。
順当にいけばバグラカッツがどう動こうとも仕留める事が出来る。
そのはずだった。
「ちいっ!?」
「っつ!?」
だが、バグラカッツは膝を折り曲げる事すらなく後方に飛び退き、俺のナイフの射程外へと移動。
その際に自分の掌の上にあった水球を自分の移動に合わせて動かさない事で……バグラカッツの魔糸の射程都合によって、水球は自然に魔糸の支配下から解放される、かかった膨大な圧力はそのままで。
「うおっ!?」
水の刃が2本、正確に俺の心臓と首に向けて射出される。
俺は素早く地面を蹴ってその場で回転、ギリギリのところで回避に成功。
そして、俺の体を貫けなかった水の刃は、石造りの建物に難なく深い穴を穿った。
「しくじったか……」
「あぶねぇ……」
バグラカッツと俺の距離は先程同じような距離になる。
だがしかし、お互いに相手に抱いている心象は確実に変わった。
「第七局と言うのはこちらを油断させるための偽装情報だったか。まさか身体強化にも適性を持っている上に、あそこまでの練度の持ち主だとはな……」
「そりゃあどうも」
バグラカッツの顔色には焦りが浮かんでいる。
俺が一筋縄でいかない相手であると同時に、俺のナイフが放つ電光に危険性を感じたようだ。
ただ、バグラカッツがどこまでこちらの情報を得ているのかは分からないが……俺が第七局所属で、身体強化に適性を持たないのは事実である。
「こちらとしても驚かされた。まさか自分の体内の水分に一様な圧力をかけて操る事で、身体強化持ちのように動くとはな」
「一度で見破るか……」
俺も少々焦りを覚えている。
バグラカッツが近距離の水の操作に長けている事から、何かしらの近接戦闘技術を有している可能性自体はあった。
だが、まさか自分の体の水分を操る事で直接体を動かせるほどとは思わなかった。
「見破るとも。俺は『死体屋』だぞ。人の体の構造も構成物もよく知っている。それに身体強化が出来ない魔糸使いが近接戦闘に持ち込まれた時にどうするかってのは考えておいて当然の事だろう」
「その当然を考えられるか……」
俺はすり足で少しだけ距離を詰めようとする。
しかし、バグラカッツはこちらのすり足に気付いて、同じだけ距離を離してくる。
流石にそう簡単に距離を詰めさせてくれはしないか。
「「……」」
俺とバグラカッツは再び睨み合う。
しかし、俺の耳は後方でクロが男たち相手に暴れ回り、更にはそこへ第六局の面々や衛視たちが集まる事で次々に捕えている音が届いている。
バグラカッツにその事は分からないだろうが、俺が単独で動いているとは思っていないだろうし、応援が来ないとも思っていないだろう。
つまり、このまま時間が過ぎれば、それだけ俺にとって有利な状況に場は動くだろう。
「もう一度だけ言わせてもらう。大人しく投降しろ。そうすれば手荒な真似はしない」
「断らせてもらう。私に捕まるという選択肢はない」
俺は投降を勧告する。
しかし、バグラカッツにそれを受け入れる気はないようだ。
「主であるスレブミト羊爵への義理立てか?」
「まさか。私はただ死にたくないだけだ」
俺が一歩前に進む。
バグラカッツが一歩引く。
お互いの凶器はお互いの手元にしっかりとある。
「死にたくないのなら、スレブミト羊爵の手助けをすること自体が間違っている気がしなくともないが」
「かもしれないな。だが、私の立場上、生き残るのなら他に道はなかった。詰まる所……」
視覚を強化して相手の呼吸を読み、空気の流れを操る事で肺を動かさずに自分は呼吸する。
瞬きはせず、潤いは魔糸で満たし、衝動は神経を操る事で消し去る。
相手が隙を晒すその一瞬の為に、自分は最高の状態を保持し続ける。
「私は諦めが悪いのだ!」
バグラカッツの手から水の刃が2本放たれる。
同時に俺はバグラカッツに向けて駆け始める。
「なら諦めさせてやる」
俺は難なく最小限の動作で2本の水の刃を避ける。
そして、その陰に隠されていた、素早く装填されて放たれた第二射も避ける。
「いいや、諦めるのは貴様だ」
十分に距離を詰めたところでバグラカッツから俺の身体に向けて直接青い魔糸が放たれ、身体に繋がろうとした瞬間に俺は体内に残っている魔糸でバグラカッツの魔糸を弾く。
そうして反撃で俺がナイフをバグラカッツに当てようとした瞬間だった。
「っつ!?」
バグラカッツの服の下から、服を突き破る形で水の塊が勢いよく放たれる。
その水を放つ反動で弾き飛ばされたようにバグラカッツは後方に跳んで、俺のナイフを避ける。
そして俺は……
「さらばだ!」
咄嗟の身体強化と胸元に残しておいた四本のナイフの強化によって水の塊を防いだが、勢いまでは殺し切れずに大きく吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。
勿論俺は直ぐに立ち上がったが……既にバグラカッツは逃げ去った後。
姿は見えず、足音も聞こえない。
「逃がすか……」
だが俺はバグラカッツを追うように駆け出した。
姿が見えず、音が無くとも問題は無い。
臭いで追えばいいのだから。
02/19誤字訂正