第57話:バグラカッツ捜索-2
4月第3赤の日。
朝と昼、それに夕方までは何事もなかった。
しかし、ディックによれば今晩はスレブミト羊爵の王都にある屋敷で夜会が開かれ、しかもそこには王太子でありながら第一局の局員でもあるディプスィーク様も招かれているらしい。
つまりディプスィーク様の指揮の下に、ディックたちが第一局が動いて、元凶を捕らえるつもりなのだろう。
同時に、そちらで騒ぎが起きる事が確実であるとも言える。
どちらが先に仕掛けるにしてもだ。
「見つかりませんね……」
「出来れば日暮れ前に捕まえたかったんだがな……」
バグラカッツたちの捜索は上手くいっていない。
王都の東西南北にある門や要所には第六局の局員が詰めているし、衛視たちも怪しまれない程度には増員されているのだが、怪しい動きは今のところ見られていない。
しかし、部下たちはともかくとして、バグラカッツ自身が王都の外に出ていない事は確かであるらしい。
だからまだ王都の何処かに居るはずなのだが……強化した聴覚や視覚に引っ掛かるものは今の所は特にない。
「ジヤスキナイ商会。でしたっけ?」
「ああ、後ろに付いているのがマトウニク羊爵家と言う事もあって、スレブミト羊爵家とは敵対関係にあるらしい」
陽が落ちた王都の中を俺とクロは警戒しつつも自然に歩く。
昨日降っていた雨は止んでいて、足元の石畳はしっかり乾いている。
歩く俺たちの横手に見えるジヤスキナイ商会の周囲は傭兵たちがしっかりと固めていて、魔糸使いが相手でなければ問題は起きないだろう。
「……」
「ご主人様?」
「金属同士がこすれる音がしたな」
俺の強化された耳にだけ金属同士がこすれる音が聞こえる。
位置は……俺たちが今居る通りから一つずれた裏路地。
しかも衛視のよりもしっかりとした音消しが施された装備が音源臭いな。
人数は……ドンドン増えていっているな。
現時点でも五人、いや六人か。
「クロ」
「分かってます」
クロが全身強化を自身に施す。
俺も改めて全身強化を……ただし、傍目には決してそうだと分からないように施していく。
「上から行くぞ」
「はい」
それから音を立てように気を付けつつ、建物の窓を伝って屋上の方へと素早く移動。
建物の上から先程の音の源にあるものを探る。
「揃ったか」
「ええ、全員居ますぜ」
「何時でも行けまさぁ」
そこに居たのは10人あまりの男たち。
フードとマントを被って夜陰に紛れる事を狙っている者も居れば、王都の衛視に非常によく似た格好の者も居る。
傭兵を装っている者も居るし、普通の住民のように見える者も居る。
見た目は見事にバラバラだ。
「ご主人様」
「全員、懐に武器を仕込んでいるな。絶対に身体強化を切らすなよ」
「はい」
しかし、全員が鍛え上げられた体を持ち、外からは見えない部分に本命の武器……恐らくは屋内戦に向いた武器を潜ませているようだった。
こんな夜遅くに、こんな裏路地に、十分に鍛えられた男たちが人目を避けるように集まっているだけでも、捕えるには十分な案件ではある。
そして、新月に近い僅かな月明りの中で俺は男たちのリーダーの顔を見た。
「よし、これが私たち最後の仕事だ。全員ぬかるなよ」
茶髪に青い目、自信とやる気に満ち溢れると共に鍛え抜かれた体を持った元貴族の男、バグラカッツだった。
「行く……」
「先に行く」
顔を確認した時点で俺は建物の屋上から身を投げる。
同時に懐にある四本のナイフを魔糸で操つり始め、確実に気絶するレベルで帯電させつつ、俺よりも早く落ちさせて、男たちへと襲い掛からせようとした。
「全員逃げろおおぉぉ!」
「っつ!?」
「「「ーーー!?」」」
しかし、ナイフが男たちに触れるよりも早くバグラカッツは俺に気付き、叫び声を上げ、他の男たちは逃げ出し始める。
一切の躊躇いがない、バグラカッツの指示である時点で疑う事もなく動き出す、よく訓練された動きだった。
「調査局の……」
魔糸の射程上、男たちはもう狙えない。
だが、建物の屋上を横目で見れば、クロが動き出している。
だから俺はナイフをバグラカッツに向けようとする。
「誰だお前は……?」
しかし、バグラカッツも既に俺から距離を取って、掌の上に青い魔糸によって水球を作り出していた。
流石に水圧カッターの元を作り出すのが早い。
なので俺はナイフを着地点近くに滞空させると、自身はコートの金属片を輝かせ、音もなく転がりつつ着地して、バグラカッツの姿を正面から捉える。
「アストロイアス=スロース」
「ああ、部下が言っていた穀潰しのか」
バグラカッツの口元に嘲りの笑みが浮かぶ。
大いにありがたい。
名乗り一つで第七局に繋げて油断し、それで手を抜いてくれるなら、それに越したことは無い。
「死ね」
ま、そんなに甘いとは思っていなかったが。
「……」
バグラカッツの水球を包む青い魔糸に一点の綻びが生じる。
その瞬間に、そこから何かが放たれ……
「何っ!?」
素早く半歩分だけ身体の位置を動かした俺の横を、超高速の何かが通り過ぎていった。
「投降しろ。そうすれば手荒な真似はしない」
俺は両手に一本ずつナイフを握り、周囲に四本のナイフを浮かせる。
「手荒な真似はしなくても処刑はするんだろう? なら、捕まるという選択肢は私には無いな」
対するバグラカッツも両手の掌の上に一つずつ水球を浮かせ、油断なく構える。
そこにはもう俺や第七局に対する嘲りはない。
この時点で俺も認識をもう一度改めた。
バグラカッツは確実に仕留めたと思えるまで油断できる相手ではない、と。
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