第55話:策練る強盗
ヨル・キート王国、王都ヨル・キート・シャトル。
広大な王都の一角に建てられた石造りの建物の中に男たちは居た。
「ふぅ、帰ったぞ」
「お疲れさん。追われてねえよな?」
「当たり前だ」
一週間前と同じように男たちは張りつめた気配を纏いつつも、思い思いに過ごしている。
だが、一週間前と比べて、彼らの建物の外に対する警戒感は明らかに強くなっていた。
「確かなんだろうな。気付いてませんでしたで済まされる話じゃないんだぜ。俺たち全員の命がかかってる」
「間違いねえよ。妙な気配を感じた時点から、頭直伝の追跡振り切りマニュアルに従って動いて、居ないのは確かめてる」
「それなら大丈夫そうか。頭の教え通りなら、相手が貴族でもなんとかなるはずだしな」
警戒の理由は決まっている。
彼らがこれまでに起こした四件の強盗殺人事件によって第六局が本格的に動き始めているからだ。
いや、第六局だけではない。
彼らが街中で集めた噂通りならば、『ヨル・キート調査局』の第一局から第六局の局員の内、王都に駐在している局員ならば全員動いているという話もあるし、騎士や文官までもが動いているという話まである。
「しかし、なんでこんなに大事になっちまったんだろうなぁ……本来ならもっと静かに終わる予定だったのによ」
「そりゃあ、止むを得ずとは言え、この間の仕事で頭が貴族を一人殺しちまったからだろ。貴族は俺ら平民なんぞどうでもいいと思っているだろうが、貴族が傷つけられるのは黙ってないからな」
それどころか、ディプスィーク王太子直々に動いているという話すらあった。
ただの貴族ですら平民である男たちにとっては、逃げ隠れするしかない厄災に等しい相手であるのに、その貴族たちを統べる王族なんてものが出て来てしまった日には命が幾つあっても足りない。
叶う事ならば、早い所王都を後にして安全な場所に逃げてしまいたい。
それが彼らの本音であった。
「全員揃っているな」
「「「頭」」」
建物の地下、下水道と直接繋がっている部屋から男たちの頭が上がってくる。
頭は部下が全員揃っている事と、建物の外から妙な気配がしてこない事に一瞬だけ喜びを示しつつも、直ぐに表情を引き締めると、自分の椅子に座る。
「依頼主と話してきた」
「「「……」」」
頭の言葉に男たちの表情も引き締まる。
依頼主の意向によって彼らの運命は決定されるからだ。
「いい知らせと悪い知らせがある。どっちからなんて言わねえぞ。まずは悪い知らせからだ」
頭は依頼主から褒美として渡されたワインで喉を潤してから話を始める。
「引き上げは許可されなかった。それどころかとっとと次の仕事をしろって話だ」
「なっ!?」
「本当ですかい……」
「くそっ……」
「今の王都の状況で動いたら、最悪私たち全員が捕縛されて、依頼主ごと一網打尽にされますよ、と言う風に話したんだが、聞く耳持たずだったよ」
頭は大きな溜め息を吐く。
男たちも頭の手前、大きく反応を示したりはしないが、それでもほんの僅かにだが悪態を漏らしてしまっていた。
実のところ、彼ら自身にも自覚はあるのだ。
今はまだ致命的な証拠を残さずに済んでいるし、拠点も見つかっていない。
しかし、そんな何時までも上手くいくわけがない。
先日の仕事で頭が貴族を殺さざるを得なかったように、起きて欲しくない事柄が起きて、そこから自分たちがまとめて処刑台送りにされる可能性だってあるのだから。
「いい知らせは次の仕事で終わりだって事だ」
「おおっ!」
「本当ですかい!?」
「な、なら……」
「次の仕事が終わったら、お前らは次の日の朝には王都を北以外から出ろ。そうしたら、後はお前らが上手く立ち回れるかどうかだが……少なくとも追手はかからんはずだ」
だから頭は自分たちの依頼主にもう王都での仕事を終わらせてほしいと頼んだ。
頭と依頼主は長い付き合いであり、一蓮托生の身である。
故にきちんと理屈を持って自分が頼めば、それぐらいの要求は通ると踏んでいた。
しかし……依頼主は変わってしまった。
こちらの話など聞く耳を持たなかった。
次の仕事どころか、その次の仕事まで平然と持ち掛けてきた。
それも、到底マトモとは思えない内容の仕事まで含まれていた。
「か、頭はどうするんで……」
「私は元々、居留地から勝手に抜け出している元貴族だ。顔も割れてしまっている。逃げるなら、それこそ南のツンギ・アカートか、東の魔界か、あるいはフオセンド北絹爵様とどうにか繋がりを得てもっと深くにまで潜るかのいずれかだ。なに、私は私で上手くやるから、安心しろ」
「なら、いいんですが……」
あの分では今度の赤の日に夜会を開き、そこに王太子を招いて一計を仕掛けるという話も上手くいくか怪しいものだ。
いや、むしろ失敗する可能性の方が高いかもしれない。
かと言って、自分から先んじて逃げ出せば……プライドを傷つけられた貴族は自分たちを地の果てまで追いかけてくるに違いない。
つまり、上手く逃げるには、最後の仕事をやった上で幾つかの手を打たないといけない。
「それよりも最後の仕事だ。絶対にしくじる訳にはいかないからな。打ち合わせは入念にしていくぞ」
「「「ういっす!」」」
頭と男たちは最後の仕事に向けて動き出した。