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第54話:アストの副業-6

「全部……全部書いてあるじゃないですか……」

「そりゃあ、記録を取っておかないとやる意味が無いからな」

 4月第2紫の日。

 エクスキュー麻爵家から直接第七局に出勤した俺とクロはそれぞれに仕事を始める。

 とは言え、バグラカッツたちについては午後にネーメが情報を持ってくる予定なので、今からやるのは昨日の解剖結果のまとめだが。


「じゃあどうして先にこれを……」

 さて当然の事ではあるが、俺の手元にはこれまでに行った全ての解剖の記録が残っている。

 最初の数件などは申し訳ないことに見るも無残としか言いようのない記録だが、ここ数年の記録については解剖対象となった人物の生前の情報から解剖中に確認した諸々まで、かなりの量の情報が記されている。


「単純にクロに読ませる時間が無かったと言うのが一つ」

「……。言われてみればそうでしたね」

 それらの情報は種類別にまとめられて本になり、第七局にある俺の部屋の本棚に置かれている。

 そしてクロは今、その本を見つけ出し、中身を読んで少しだけ驚いていた。


「もう一つは解剖の場を先に見せた方が、同じ本でも真剣に読み込んでくれる可能性が高いと踏んでいたのもあるな」

「ご主人様、その考えはどうかと思います。アッチが先なのはどう考えても無理があると思います」

「そうか?」

「そうですって……」

 どうしてかクロは何かに悩む様子を見せている。

 いやまあ、俺としても無理な論理だとは思っているが。

 しかしだ。


「まあ、興味があるなら一通り読んでみるといい」

「へ? 一通り?」

「ああ、総合的な物、各臓器についてまとめたもの、骨格、筋肉、感覚器、俺が調べて、各分野ごとにまとめた本が全部で20冊くらいあるからな」

「え?」

 俺はクロの視線を本棚に誘導すると、そこに収められた無数の羊皮紙の本の背を叩く。

 そして、それを見たクロは……頬を引きつらせていた。


「あ、あの……ご主人様? それが全部……ですか?」

「全部だぞ。とは言え、他の分野の知識や、俺じゃないと理解できない概念の類も混ざっているからな。まあ、暇を見て、順番に読めばいいと思うぞ」

「……。人の体ってこんなに複雑なんですか……」

「もっと複雑だな。俺が調べているのはあくまでも人の構造だけだ。病気や毒については調べていないし、他にももっと調べる事はある。その気になれば、人間についてだけでこの部屋が本で埋まるだろうなぁ」

「……」

 クロは唖然としているが、それが事実である。

 そもそも、此処にある本は遺伝子やウィルスと言った今の世界では認識出来ない事までは書いていないからなぁ……あの辺についてまでしっかりと書いたら、第七局全体が図書館になっても、足りないくらいだろう。


「さて、今回の解剖結果についてはこんなところか」

 俺は今回の解剖結果を清書し終える。

 解剖中は魔糸の操作もあって、どうしても走り書きになってしまうから、こうして早目にまとめておかないと、書いた俺自身でも読み取れなくなってしまうのだ。

 後はこの結果と以前の結果にどういう違いがあるかなどをまとめて、本の内容に書き足すかどうかの検討だな。


「ところでご主人様。この本の知識の共有は……」

「ネーメとディック。それに俺の解剖に同行したいと希望した上でセーカダイン様が許可した人たちくらいだな。まあ、この本を写本したものを幾らか書いたこともあるし、写本の写本で広まっている可能性もあるが……正確な範囲は把握していないな」

「なるほど」

 まあ、知識だからな。

 一度芽吹いてしまえば、広まるのを止める事は早々出来ない。

 幸いにして俺の解剖に同行するのはネーメとディックか、セーカダイン様が許可した人たちだけだ。

 早々変な事にはならないだろう。


「邪魔するわよ」

 そうして会話をしつつクロの勉強と解剖結果のまとめをしていると午後になり、部屋にネーメがやってくる。

 手には羊皮紙の束。

 どうやら、今日の午前中までの捜査結果をまとめたものを持ってきてくれたらしい。


「どうだった?」

「アストの読み通り、王都の南側は白だったわ。怪しい場所を色々と調べてみたけど、今回の件とは無関係の連中だったわ」

「なるほど」

 俺はネーメが持ってきた資料を見る。

 どうやら一昨日、昨日、今日の午前中で、殆ど第六局総出となって王都の南側及び王都周辺の一斉捜索を行い、不穏分子を片っ端から捕まえていったようだ。

 結果として王都周辺の領地から流れて来ていた指名手配犯含めて数名の重犯罪者の確保に成功したそうだが、バグラカッツたちについては捕らえられなかったようだ。


「そのバグラカッツたちは……」

「怪しいのは見つけているわ」

 そして、そのバグラカッツたちだが……まず見つけるのが難しい。

 他の犯罪者たちと違って、隠れるのではなく紛れ込んでいるため、僅かな反応の違いを捉える機会に恵まれなければ、追う以前の問題だ。

 だが流石は追い、捕えるプロである第六局の局員たちだろう、何人かはバグラカッツの手の者と思しき人間を探り当てている。


「下水道だけじゃないのか……」

「そうらしいわね。おかげで誰も追い切れてないわ」

 だが誰も追い切れなかった。

 バグラカッツや不意打ちによる反撃の可能性を考慮して深追いしないように言われていたこともあるが、追っていた相手が下水道や人混みどころか、王都外の森まで利用して撒こうとしたため、追いたくても追えなかったようだ。


「王都北側の怪しい場所は?」

「相手に見つからない事を第一にしているから、渋いわね。ただ、次にバグラカッツたちが襲いそうな場所のピックアップは出来ているわ。そういう訳だから……」

「分かった。今夜から毎晩一通り回ってみる」

 しかし、これで南側は気にしなくてよくなった。

 そして、ネーメのおかげで次に襲われそうな場所のピックアップも出来ている。

 これならば後は相手の動き次第だ。

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