前へ次へ
52/66

第52話:アストの副業-4

「クロ、準備は整った。昼食を食べたら解剖を開始するぞ。ネーメはクロに色々と教えてくれてありがとうな」

「ご主人様」

「結構早かったわね。アスト」

 準備を終えた俺はクロとネーメが居る部屋を訪れる。

 俺が部屋の中に入った時、二人は楽しそうに談笑していたので、どうやら色々と教わった上に仲良くもなったようだ。

 うん、俺に万が一があった時にクロが逃げ込む先が出来ているのは良いことだと思う。


「お疲れ様です」

「お疲れ様って……本番はこれからだぞ」

 昼食はこの部屋で食べる予定になっている。

 なので俺はネーメに断りを入れてから、椅子に座る。

 窓から見える外の様子は……まあいつも通りで、浮ついてもいなければ、静かすぎる事もないな。


「いいえ、処刑の事です。処刑、本当にお疲れさまでした」

「……」

 そんな事を考えていたら、クロから思わぬ言葉が出た。

 俺は動揺を表に出さずにネーメへと視線を向けるが、ネーメから返ってきたのは話した覚えはないと言う視線だった。


「どうしてそんな風に思った?」

「仮面様が使っていた短剣が、ご主人様が普段から使っている短剣の中で、一番大きなものと同じでした」

「それだけか?」

「後は歩き方や動き方の印象に身長。それと今話した時の反応とかからです」

「なるほどなぁ……」

 流石の記憶力と言うべきか、学習能力と言うべきか。

 クロは順調に成長しているらしい。

 この部屋から広場に居た俺の姿を子細に観察できたのは、全身強化の習熟が進んだからこそだろうしな。


「クロ、仮面様の正体はエクスキュー麻爵家の一部と陛下たち王国上層部、それから第七局の局長しか知らないことだ。外では絶対に話さないように」

「分かりました。でもそうなるとご主人様の副業は……」

「心配しなくても、処刑以外にも死刑囚の体調管理や人体構造に関する講習なんかもやってるから、そっちを表に出せばいい。最近は時間が無くてやれていないが、自分が書いた本の写本なんかもやっているしな」

「なるほど。ん……?」

 ちなみに副業の収入は不定だが、全部合わせると月にヨル銀貨10枚以上になることもある。

 ぶっちゃけ調査局の仕事よりも儲かるのだが、所詮は不定期収入であり、メインにするべきではない。


「ご主人様ってお医者様の仕事も出来るのですか?」

「一応な。とは言え、正規に学んだわけじゃないし、薬も作れない。だから、やれる事と言えば魔糸を利用した治療とか、切除や縫合と言った外科手術ぐらいだ。此処なら通用するが、外では通用しない。はっきり言って半分くらいはヤブ医者だよ」

 今の王国の法律では、医者は免許制度ではなく、自称でなれてしまう危険な物である。

 なので代々独自の医術を受け継ぐと共に魔糸を利用した治療の腕を磨いてきた貴族医師はともかくとして、平民の医師などはものによっては頼らないのが一番の治療なんて言われる次元である。

 そして、文官の家の生まれである俺が医術に関する教育など受けているはずが無い。

 だから、俺は分類としては緊急時以外には頼ってはいけないヤブ医者になる。


「ネーメリア様」

「安心しなさい。いつものアストの病気よ。まあ、確かに風邪や食中毒みたいなものへの対応力は低いかもしれないけど、骨を折ったとか、手足が膿んだとかには王宮付きの貴族医師と同等かそれ以上だと思うわ」

「いや、そう言うのは人体構造をきちんと理解して、魔糸をどう使えばいいか分かっていれば、俺でなくても出来るだろ」

「出来ない方が多いらしいから、そう言っているんでしょうが」

「ご主人様?」

「お、おう……」

 何故かは分からないが、ネーメとクロの二人から揃って睨まれた。

 いやでも、ネーメもそれくらいなら出来るよな。

 魔糸による外科治療はそんなに難しいものではないんだし。


「あー……うん、そうだな。話を戻そう。そうしよう。ほら、クロ、俺が仮面様とするなら、何か他にも聞きたい事があるんじゃないか?」

「ご主人様……」

「アスト……」

 とりあえず話を変えてしまおう。

 二人の視線は痛いが。


「では聞きますが。ご主人様はどうして処刑人としての仕事を?」

「副業としてお金を得ると言うのもあるが、一番は解剖の為の死体を得るにあたって、自分で処刑するのが一番効率が良かったからだな。後、セーカダイン様からの言葉もある」

「セーカダイン様からの言葉ですか?」

「俺が14くらいの頃だったか。『この先も死体をバラしたいのなら、処刑の一つでもこなしてみろ』ってな。たぶん、死体を解剖している俺の姿に、セーカダイン様が何かしらの危うさを感じ取ったんだと思う」

「なるほど……」

「まあ、あの姿を見たらね……」

 なお、効率について言わせてもらうなら、やはり自分で処刑からやった方が効率は良い。

 特に事前の検診で相手の状態を事前に知れている事と、傷を最小限にする事で正確な解剖結果を得られるようになるのは、解剖学の知識を深めるにあたってとても役立っている。


「後は……あの短剣が光っていたのは?」

「俺の魔糸の特性の応用だな。簡単に言えば、アレは小さな雷だ」

「か、雷ですか……。それにご主人様も魔糸の特性持ちだったんですね」

「まあな。知った時は大変だったが、今となっては助かってるよ」

 俺はクロに自分の魔糸の特性……金属に魔糸を繋げると、電気が生じる事を伝える。

 すると自分が痺れさせられた時の事も思い出すことになり、少しだけ引いている。


「とりあえずはこんなところか。さて、昼食を食べるぞ」

「あ、はい」

「そうね、そうしましょうか」

 と、ここで部屋に食事が運び込まれる。

 なので俺たちは食事を始め、食後は処刑された男の死体が運び込まれた部屋へと向かった。

前へ次へ目次