第51話:アストの副業-3
「7歳って……」
「信じがたいでしょうけど、事実よ。しかも、スロース麻爵には何も話さず、子供一人が自分の意志で『エクスキュー収容所』にやってきたの」
「ははは……」
ネーメリアの言葉にクロは頬を引きつらせる。
しかし、この場において正しいのはアストの行動ではなくクロの反応だ。
スラムの子供であっても、10歳にも満たない年齢で、親に何の断りもなく、死刑囚が収監されている収容所を訪れるのは異常な行動だと言うのは分かる。
ましてや、その目的が死刑囚の死体を買い取って、色々と調べたいなど……大人でも異常な行動と見られるのが普通である。
だがアストの従者として、期間は短いながらも、真摯に仕えようとしているクロは納得もしてしまっていた。
「でもご主人様だから、有り得そうだと思えてしまいますね……」
自分の主ならば年齢など関係なくやる、と。
「そうね。アストだから有り得てしまうのよ。今となっては一月に一度、ウチを訪れるのが当たり前の光景になってしまったわ……」
「なるほど……」
同時に、アストの魔糸についての知識が普通の貴族とは比較にならない程に深いものである理由も悟っていた。
普通の貴族とはかけている時間も熱意もまるで別物である上に、知っていると思い込んでいる事であってもきちんと調べ直して、理解を深めているのだと。
そう、改めて考え直してみれば、自分は自分の体がどうして臭いを嗅ぐ事が出来て、音を聞く事が出来るのかを知らないのだと、当たり前であるが故に深く考えずに気にしていなかったのだと、クロは考えていた。
「ご主人様ってやっぱり凄いんですね……」
「アイツ本人は大した事が無いと思っているけどね。でも、私の知る限りではヨル・キート王国で一番、人の構造に詳しいのはアストよ。魔糸の扱いについても五本の指には入ってくるでしょうね」
「だから生活周りは駄目なんでしょうか」
「否定は出来ないわね。興味が無いでしょうし」
なお、実際にはアストは自分の中にある前世の知識が今世でも通用するかを確かめる一環として解剖を行っていた。
そして、解剖を進める中で魔糸についての認識を深めていき、前世の知識と現実をすり合わせていった結果が今のアストである。
異常な行動を取っている事に異論の余地は存在しないが、クロが思っているほど熱意があるわけではなく、クロの考えを知っていたら否定していたことだろう。
「それで、アスト曰く、人の体にはまだまだ調べるべき場所があるとの事だけど……と、始まったわね」
「始まった? あ……」
と、ここで収容所の外が騒がしくなり始める。
収容所の門が開かれて、今日死刑が執行される囚人の移送が始まったのだ。
「今日、処刑されるのは……」
ネーメリアが手元の資料に目をやって、今日の処刑対象の情報を振り返る。
罪状は強盗強姦殺人。
自称恋人だった相手の家に押し入り、彼女の両親と兄弟を皆殺しにした後、その家の娘を犯した上に殺し、財貨を奪ったとされている。
なお、犯人は恋人だったと言っているが、実際には一方的な恋慕だった。
また、近隣住民によって現行犯で取り押さえられている上に、本人も罪状を一貫して認めていて、物的な物含めて各種証拠も揃っていて、議論の余地はない。
「酷いですね……」
「まったくね。ここまで死刑が相応しい相手も珍しいわ」
そんな犯人であるためだろう、猿轡を噛まされ、縄で縛られた姿で収容所から出てくると同時に、住民たちからヒドイ罵声が浴びせかけられる。
付き添いに見るからに貴族である、胸元以外には全身に甲冑を付けた仮面の男が居なければ、石やごみの類も投げつけられていただろう。
また、そんな住民たちと同時に、男が処刑されることに安堵している住民の姿もあれば、嘲笑っている様子の住民もいる。
「仮面様、ですね」
「ええそうよ。ウチでも指折りの処刑人」
やがて、仮面の貴族と犯人は広場の中央に立てられた木製の壇の上に立つ。
仮面の貴族の腰には拳三つ分ほどの長さの刃を持った短剣だけが提げられており、顔に付けている仮面もあって表情はおろか、感情も、性別も窺い知れない。
住民たちから仮面様とも呼ばれるこの人物は、ここ数年、月に一度ほど処刑人として現れる謎の人物である。
実力は確かであり、クロも知っているほど有名な人物であるが、見た目以上に特徴的なのはその処刑方法だ。
「静粛に」
仮面様から性別の伺えない、けれど威圧感のある声が広場に響き渡り、それまで思うがままに犯人へと罵声を浴びせていた住民たちが水を打ったように静かになる。
「この者は名前を……」
仮面様が罪状を読み上げ、どのような証拠に基づいて死刑判決が下ったかを告げる。
そして……
「では、少しだけ時間をくれてやろう」
犯人の猿轡と拘束が外される。
それだけでなく、金属製の短剣が渡され、壇の上には仮面様と犯人だけが立つ。
「言い残したい事があるならば言うがいい、自害をしたければするがいい。この最後の一時は貴様に与えられた陛下のご温情である」
「舐め……やがって! 貴族だからと言って平民の事を馬鹿にしやがって!!」
犯人が叫ぶ。
貴族と王への罵声を、自分が如何に正しいのかを、身勝手な論理に基づいた言葉を、反省など一切していない叫び声を上げる。
聞くだけで不快にされる言葉の数々を上げた犯人は、渡された短剣の刃先を仮面様へと向ける。
「ぶっ殺してや……っつ!?」
そして犯人は仮面様の下へと駆け出し……何かに操られるように自分から首を垂れる。
「何が……起きて……」
「この期に及んで反省の言葉の一つもなく、陛下を罵るとは……家族が縁を切るのも当然だな。だが安心せよ。陛下は咎人であれど、無駄に痛めつける事は望んでいない。故に陛下の温情の下、己から首を垂れるようにし、私が一撃で楽にする」
仮面様が短剣を抜き、天に向けて掲げると、まるで雷を纏ったように刃が輝き出す。
魔糸の輝きではない。
その証拠に魔糸が見えないはずの住民たちも、短剣から稲光が放たれる光景に興奮した様子を見せている。
「死刑執行」
短剣が振り下ろされ、犯人の首が落とされ、血が吹き上がり……住民たちは歓喜の声を上げた。