第50話:アストの副業-2
「待っていたぞ。アスト君」
『エクスキュー収容所』の内部、外壁と一体化した屋敷の前ではネーメリアを含めた数人の人間が待っていた。
先頭に立つのは収容所の主、現エクスキュー麻爵であるセーカダイン=エクスキュー。
彼はアストとクロの姿を認めると、笑みを浮かべながら近づいてくる。
「今日はお世話になります。セーカダイン様」
「ああ、よろしく頼む」
アストとセーカダインは軽く握手を交わす。
そしてセーカダインはクロの方へと視線を向ける。
「さて、そちらがアスト君の侍女だな。ネーメから話は聞いているよ。とても出来が良い娘だとね」
「クロエリアと申します。ネーメリア様のお言葉、嬉しく思います」
「うんうん、出来の良い子は見ていても良いものだ」
クロはこれまでに教えられた通りの挨拶をセーカダインに行い、セーカダインはそんなクロの挨拶を見て嬉しそうにする。
「さてアスト君。今日の処刑は正午だ。準備をしてくるといい」
「分かりました。ネーメ、クロをよろしく頼む」
「分かったわ」
「クロ、鞄を」
「あ、はい。ご主人様」
アストはクロから鞄を受け取ると、敷地の中央に建てられた石造りの塔へと一人で向かっていく。
「あの塔は?」
「死刑囚たちを入れている牢獄よ。正午の少し前に、あそこから今日の死刑囚が表の広場へと連れ出されるわ」
塔は指一本入るかどうかという隙間が所々にあるが、人が出入りできるような入口は何処にも見つからない。
しかし、アストはクロの位置から見えない位置にまで移動すると、そのまま姿を消した。
その事にクロは万が一に備えて、表からは見えない位置に出入り口があるのだと判断して、それ以上は気にしないことにした。
「なるほど」
「もう少し詳しいことは屋敷の中に入って、普通の侍女の仕事を一通り紹介してから、茶のついでに話すわ」
「ありがとうございます。ネーメリア様」
「じゃあ、行きましょうか。お父様は……」
「私は仕事に戻る。ではな」
そしてクロとネーメリアは他の侍従たちと一緒に屋敷の中に入り、セーカダインは自分の従者を連れて屋敷とは別の建物へと歩いていった。
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「とまあ、普通の侍女の仕事はこんな感じね」
「ご主人様の下で今までにした侍女らしい仕事がお茶を淹れる事だけだったんですけど……やっぱり色々とあるんですね」
侍女の仕事を一通り紹介したネーメリアは、クロを連れてお茶を飲んでいた。
二人が居る部屋は『エクスキュー収容所』を囲う壁の中にあり、部屋の窓からは処刑が行われる広場が見えている。
「まあ、実を言うとエクスキュー麻爵家は特殊な家だから侍女を雇う側だけど、普通の麻爵家や綿爵家の娘だと、雇う側より雇われる側なのよね」
「そうなのですか?」
「ええ、王宮の侍従は基本的に貴族しかなれないの。魔糸が見えないと危険な事が多いから。絹爵、羊爵の屋敷にしても、上の方の侍従は魔糸使いね」
「そうなるとエクスキュー麻爵家では……」
「侍従はほぼ全員平民よ。だから、クロエリアが今日学んだことを生かす時は、自分の魔糸を生かす方法も合わせて考えるといいわ」
「分かりました。ネーメリア様」
クロは部屋の中で静かに佇んでいる妙齢の侍女へと目を向ける。
見た目では魔糸使いとそうでない人間を見極める事は出来ない。
しかし、背筋を正し、主に何時何を言われても対処できるようにしている姿に、クロは侍女の先輩に対する尊敬の念を抱く他無かった。
「さて、他にも何か聞きたい事があるわよね。クロエリア」
「あ、はい。失礼でなければ色々と伺いたいです」
クロは妙齢の侍女を見習うように背筋を正すと、ネーメリアへと改めて視線を向ける。
「具体的には?」
「その、ご主人様が今何をしているのかを。これから何をするのかを聞きたいです」
「分かったわ」
ネーメリアは一度茶で唇を湿らせてから口を開く。
「そうね。順を追って説明しましょうか。まず、この収容所にやってきた時点で分かっていると思うけど、アストは死刑が執行された後の死刑囚の死体を利用して、人間の肉体についての理解度を深めるつもりなの」
「はい」
「でもね。死刑囚の死体だからと言って、勝手にアレコレしていいわけではないのよ。死刑囚にだって家族が居るのが普通だし、死刑の執行と死体を晒すのは王家の権威を示す意味もあるから」
「えと?」
「んー、王国の法制度から話した方が良さそうね。本を」
「畏まりました。お嬢様」
侍女が部屋の外に出て行き、暫くして立派な装丁の本を持って帰ってくる。
題名は『ヨル・キート王国法』、ヨル・キート王国の法律について記した本である。
「まず大前提として、この国のトップはヨル・キート王家であり、法についてもヨル・キート王家が大筋を定めたものとなるわ」
「はい」
ヨル・キート王国の法律は、制定者であるヨル・キート王家を絶対の権力者とするために制定されたものであり、彼らが国を治めるにあたって都合がいいように作られている。
その為、平民が貴族を害すれば、害した当人は確実に、場合によっては害した当人の家族まで連座で処刑されるような、現代日本からすれば不平等と思えるようなものも存在する。
一方で、王国民は王家の所有物と言う名の庇護対象であるので、貴族が正当な理由なく平民を傷つければ、相応の罰則を受けるようにもなっている。
さて、そんな法律の中には死刑囚の処刑後の取り扱いについても記されている。
「さっきも言ったけれど、死刑囚の死体だからと言って、勝手にしていいわけではないのよ。死刑囚であっても王国民である事には変わりないのだから」
「はい」
「死刑囚の死体は、通常は三日ほど晒し物にされた後に、家族などの引き取り手が引き取る事になっているの。その後は通常の死者と同じ。大半は王都内の共同墓地。お金と土地があるなら、各個人の墓地ね」
「……。はい」
「ただ、全ての死刑囚に引き取り手が居る訳じゃない。名誉や感情から引き取りを断る家族も多いし、そもそも身よりが無い場合もある。今日執行予定の死刑囚は引き取りを断られたパターンね」
「そうなると、どうなるんですか?」
「普通は王都外の共同墓地。ただし、祈り一つなく、本当にただ捨てられるだけよ。たぶん、人間の死としては最悪の部類でしょうね」
「それは……」
引き取り手が居ない死刑囚の死後の扱いはフルグール孤児院で殺された孤児たち以下だと言ってもいい。
死刑になるような罪を犯しているとは言え、そんな末路は流石に嫌だと感じる死刑囚も多い。
クロも自分がそんな状況になるのを想像して……嫌だと感じた。
が、そんな思いは続くネーメリアの言葉で呆気なく飛んだ。
「アストはそこに目を付けたのよ。自分が死体を引き取って共同墓地に送る費用を出す代わりに、埋葬前の死体を解剖させてほしいって言ったの。7歳の時にね」
「……」
自分の主の少々正気を疑う言動によって。