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第5話:出会い-4

「さて、俺が何故クロエリアを連れてきたのかだな」

 運ばれてきた食事の内容は白いパン、骨付きの鶏肉を焼いたもの、玉ねぎと春野菜のスープと中々に豪勢な物だった。

 食器は皿やスプーンは木製だが、フォークとナイフは金属製で、ちょうど良さそうだ。


「まあ、簡単に言ってしまえば、クロエリアに伝えなければいけない事があるからだな」

「伝えなければいけない事?」

 俺は器に直接口を付けてスープを飲む。

 マナー違反なのは言うまでもないことだが、自室の中でクロエリアしか見ていないのだから、何の問題もないだろう。

 そして、その裏で俺は一つの事を始める。


「へ? 金色のネズミ?」

 クロエリアの視線が俺の脇に現れた金色のネズミに向く。

 金色のネズミは後ろ足で立ち、鼻を何度かヒクつかせると、クロエリアの前にあるパンへと真っ直ぐに向かっていく。


「だ、駄目!」

 それを見たクロエリアは自分のパンを手に取って、金色のネズミの手が届かない高さにまで持ち上げる。


「ア、アストロイアス様! ネズミが……牛……に?」

 直後、金色のネズミは大きさこそ変わらないが、二本の角を持つ、しっかりとした体格の金色の牛に変化。

 その姿を見たクロエリアは首を傾げる。

 どうやら、この金色の牛が自分の知るものでは無いことに気付いたらしい。


「ブモブモからシャッーってな」

「牛が猫に?」

 そうして困惑しているクロエリアの前で金色の牛は金色の虎に変化したのだが……ヨル・キート王国に虎は居ないため、サイズもあってクロエリアは虎を猫だと認識したらしい。

 まあ、何にせよ貴族の子供には大ウケ、大人たちには失笑と苦笑を買う宴会芸が役に立って何よりである。


「うん、やっぱり見えているようだな」

「えーと?」

 さて、クロエリアにはしっかりと糸が見えていることが確認できた事だし、話を進めるとしよう。


「これは魔糸……インテフィルムと呼ばれているものだ」

「インテフィルム……」

 俺は金色の虎の体を構成していた糸を解いて、一本の金色の糸に変化させる。

 長さは3メートルほどで、糸の端の片方は俺の右手人差し指の先端に繋がっている。


「そして、この世界の貴族たちが使う不可思議な力の正体でもあってな。糸の先を何かに繋げる事によって、手で触れることなく物を動かすと言った事が出来るようになる」

「ナイフが浮いた」

 俺は金属製のナイフに糸の先を繋げる。

 するとナイフは俺もクロエリアも触れていないのに宙に浮かび上がり、その場でゆっくりと回転を始める。

 普通ではあり得ない光景にクロエリアは唖然として、大きく口を開いている。


「物を動かせるだけじゃないぞ」

 俺は鳥の骨を掴むと、宙に浮いているナイフを動かして骨を叩く。

 当然ながらナイフでは骨は切れず、金属同士がぶつかり合う音が部屋の中に響く。

 クロエリアがそれをしっかりと確かめたところで、俺は糸を通じて力を送り込む。


「え?」

「こうして切れ味や強度を増すように強化を行うことも出来る」

 すると、ナイフの切れ味と強度が強化されて、鳥の骨の中ほどにまでナイフの刃が食い込む。

 これで切断まで行ければ格好がつくのだが……まあ、俺の実力ではこんな物か。

 俺の実力の無さは今に始まった事ではないし、今、気にする事でもないし、クロエリアも気にしていない、忘れよう。


「糸は他にも色々と出来るが……重要なのはそこじゃない。重要なのは魔糸を扱える人間は必ず魔糸が見える、と言う事だ」

「魔糸が見える……あ」

「そう、クロエリア。お前には魔糸が見えている。それはつまり、お前にも魔糸を扱える可能性があると言う事。訓練をしていなくても、何時か何処かで何かの拍子に突然目覚める可能性すらある」

「私が……糸を……」

 今重要なのはクロエリアに魔糸を扱える可能性が存在する事。

 こちらの方だ。


「だがな、強い力には相応の危険が伴う事になる。強化されていない食事用のナイフなら刃を持っても安全だが、強化されたナイフなら……皮も肉も、骨すらもあっさり切り裂きかねない」

「っつ!? ナイフが床に……」

 俺はクロエリアの目の前の床にナイフを突き刺す。

 当然、強化なしではこんな事は出来ない。


「分かるか? もしも糸が自分の意図しない形で力が発揮されれば、自分にとって望ましくない未来を招くことになる。自分を巻き込むだけならまだ良いが……最悪、自分にとって大切な誰かを傷つけかねない」

「……」

 俺は真剣に、クロエリアの紫の目を正面から見つつ、語り掛ける。

 糸が暴走すればどうなるのかを。


「だから、魔糸が見える人間は魔糸の扱い方を学ぶべきであると俺は考えている」

「それではアストロイアス様は……」

「ああ、俺はクロエリアに魔糸の扱い方を教えたいと思っている。あくまでもクロエリアが求めるのであれば、だがな」

「……」

 クロエリアは俯いて、悩んでいるようだった。

 当然のことだろう。

 俺がクロエリアを部屋に連れ込んだ理由は分かったが、何故そうしたのかまでは分からないのだから。

 だが俺にしてみれば……偶然見つけだしてしまった何時爆発するか分からない爆弾を放置しておきたくなかっただけだ。


「まあ、明日の朝までじっくり考えて、それから結論を出してくれればいい。魔糸の使い方を学ぶと言うのなら、フルグール孤児院からお前を引き取って、表向きは俺の侍女にする。麻爵の三男坊ならスラムの少女を侍女にしていたって、とやかく言われる事も無いからな」

「……」

「学ばないと言うのなら……まあ、此処までの縁だったと言う事だ。危険な事に出来るだけ関わらないようにして……」

 そう、本当に自分本位の理由で俺はクロエリアを手元に置こうとしている。

 しかし、クロエリア本人に学ぶ気が無ければ……と、そこまで思った時だった。


「侍女にしてください!」

 クロエリアは俺に向かって頭を下げ、はっきりと俺に求めた。

 侍女にして欲しい、と。


「いいのか?」

「はい。私は……私はもう、自分のせいで誰かが傷つくのは嫌なんです。私は……私は……」

 涙ぐむ声でそう言うクロエリアの姿は、過去に何かがあったと感じさせるには十分なものだった。

 それが魔糸によるものかは分からないし、クロエリアが最初に居た孤児院に関わりがあるのかも分からないが、こんな幼い少女にトラウマとして刻み込まれるような何かがあるのは確かだった。


「私……は……」

 その後、クロエリアは泣き疲れて眠り、俺も食事と盥を食堂に返すと床で眠った。

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