第48話:作戦会議-6
「まず、フルグール孤児院が此処。チットウケ商会が此処で……」
俺がまず並べたのは事件現場の位置を示す駒。
ちなみに駒は、部屋に置かれているチェスに似た盤上遊戯の駒である。
部屋で休んでいる時にやってくるディックや第七局の局長などと偶に打ってはボロクソに負かされている物だ。
「次に俺が見つけたバグラカッツの部下の臭いが追えなくなったのが此処で、下水道に入り込んだのが此処だな」
まあ、そんなどうでもいいことは置いておくとして、今は事件の方だ。
俺は事件現場を表すのとは別の駒を二つ置く。
「ディック。スレブミト羊爵の屋敷は?」
「此処だな」
ディックが王都の北の方、大通りに面した貴族街の中でも一等地と呼んで差支えのない場所にスレブミト羊爵の屋敷がある事を示す駒を置く。
「ネーメ、今回の件に関わりのありそうな不審者情報なんかの場所は?」
「んー……此処に、此処、それから……」
続けてネーメが王都の各所に駒を置いていく。
なお、ネーメ視点で確度や重要性の高い情報程、重要な駒を置いているようだが、俺にそれを気にするつもりはない。
「ご主人様、これで何が分かるんですか?」
「そうだなぁ……」
これで駒は並べ終わり。
さて、地図上の様子を見るならば……まあ、見事にばらけている。
平民街でもスラムでも事件は起きているし、王都の東や西と言った方角でばらけている様子も見られない。
精々が王都の中央付近を流れるヨリート河の北よりも南の方が、地上で目撃される頻度が高いくらいか。
スレブミト羊爵の屋敷周辺であっても気にした様子はなさそうだ。
また、ディック曰くスレブミト羊爵の家の人間が不自然な動きを見せている様子や、見慣れない人間が接触を図っている様子も今のところは無いと言う。
「とりあえず、バグラカッツの拠点は王都北側の平民街かスラムのどちらか。それと、人が入れるサイズの下水道に面している可能性は高いと思う」
「根拠は? 親友」
「俺が見つけた部下が下水道を利用していたのが一つ。追われているかも分からない内から下水道の利用を考えるあたりからして、日常的に使っているんだろう。人目に付かない下水道の入り口ってのは結構あるしな」
「なるほど」
王都の下水道はヨリート綿爵家が主導して行った範囲は分かり易くなっているが、近隣住民が勝手に拡張工事を繰り返している範囲では複雑に入り組んでいる。
それこそ何も知らない人間が迷い込んだら、命を落とした上に鼠のエサになるのがオチだろう。
で、そんな状況だからこそ俺が調査することになって、地上から地中に向けて魔糸を垂らし、何が触れているかを感知しつつ王都中を歩き回ると言う面倒くさい仕事をしたのだが。
と、話がずれたな。
「南側で目撃情報が多いのに、北側なの?」
「多いからこそだ。何処で調べたのかは分からないが、相手は王都の下水道をよく分かっている。だから、北側では人目に触れずに移動する事が出来ているんだ」
「人が入れるサイズの下水道に面していると言うのは?」
「連中の人数は多い。だが、素性の知れないならず者や傭兵の類が何人も頻繁に出入りしている建物なんて情報はないだろう。おまけに犯行を終えて帰還する姿を捉えた情報も皆無だ。となると、複数の拠点に分散しているよりは、表からは見えない出入り口があると判断するべきだと俺は考える」
「そう言えば、全身血塗れの男やら、濃い血の臭いを纏った傭兵やらなんて話は上がってないわね」
では、そんな複雑な下水道を相手が利用できるなら?
やれる事は当然多いだろう。
表には出せない物資や密書のやり取りは当然できるし、特殊な侵入と逃走にも用いる事が出来るはずだ。
と言うか、下水道に降りて秘密裏に活動が可能な貴族の家なんて、王家も含めて幾つもあるに決まっている。
知ったら命が無いから、命令通りに調べていないが。
「それで王都の北側のスラムか平民街、ですか。ご主人様」
「そうだ。後は人の出入りがおかしい建物が見つかれば、そこが高確率に拠点だとは思うが……」
なんにせよ、これでクロの言うとおり、そして俺の予想として、王都の北側のスラムか平民街にバグラカッツたちの拠点があると言う判断は下せる。
しかし、問題はこの先。
「見張りの問題か」
「ああ、流石に奴らが無警戒と言うのはあり得ない。たぶん、貴族が何かを探すようなそぶりを見せつつ、迂闊に近づいたら、その日の夜には逃げ始めると思う。上司であるスレブミト羊爵の判断にもよるだろうけどな」
相手がプロであると考えたら、例え自分たちの正体や存在がバレていないと確信していても、それとなく周囲を警戒するくらいはしているだろう。
そしてバレた可能性が高いとなった時点で逃げ出すか、拠点を移すくらいは考えるに違いない。
今の拠点ほどに好条件の拠点ではないかもしれないが、羊爵の部下が王都で使える拠点が一つとは思えないからだ。
「スレブミト羊爵の判断によるなら、逃げるよりは始末に進むと思うけどな」
「本気か?」
「本気だとも。言っただろう? スレブミト羊爵はここ最近荒れている、と。あの荒れ具合なら、部下の拠点がバレたぐらいで移動や引き揚げを許すなんて事はないだろうよ」
「……」
そんなに荒れているのか、スレブミト羊爵。
と言うかだ。
「なんでそんなに荒れているんだ? 羊爵なんだから、例え馬鹿であっても表に出る様な馬鹿じゃないだろ」
「知らん。本当にここ数ヶ月になって急なんだ。おかげで第一局では気が触れたとか言われているよ」
「ふうん、第一局情報だから、荒れているのは事実なのよね」
「あの……もしかしてなんですけど、ご主人様が以前言っていた鉛の毒とやらなんじゃ……」
クロが恐る恐ると言った様子で手を挙げて口を開く。
そしてクロの言葉に俺、ディック、ネーメの三人で顔を見合わせ。
「味が良くなると言っても毒は毒でしょ? 自分から飲むなんてそんな」
「そもそも羊爵ほどの貴族なら、大概の毒には対処できるだろう。幾らなんでもなぁ……」
「いやいや、まさかそんな馬鹿な事が。仮に毒だと分かっていなくてもなぁ」
口々に否定した上で……もう一度顔を見合わせる。
可能性は低いが……否定が出来ない。
「親友、次の事件は何時頃起きると思う?」
「分からない。が、今夜起きないのであれば、貴族の被害者が出たのもあって、暫くは空くと思う。少なくとも今週中は厳しいと判断するんじゃないか? 今後は貴族の護衛付きを襲わないといけなくなって、これまで以上の準備が必要だと判断するだろうからな」
「分かった。なら、さっきの鉛の話、少し調べてみようと思う。親友の知っている情報をくれ」
「分かった」
「ネーメリア、今週中の捜査は王都の南を中心にして欲しい。拠点が無いと断言できるのも重要な事だからな」
「分かったわ」
その後、俺はディックに鉛中毒の話をし、この場は解散となった。
で、この日の夜は、俺はクロと一緒に夜の王都に出かけて警戒をしたが、成果は無かった。