第47話:作戦会議-5
「戻ったぞ」
資料室で目的の地図を探す事十数分。
俺は部屋に戻ってきた。
そして見たのは……
「お帰りなさいませ、ご主人様」
何処か違和感がある……と言うよりはこれまでとは何かが違う笑顔を浮かべるクロ。
「帰ってきたのね。アスト」
「親友にしては時間がかかったな。いや、親友だからか?」
何かを成し遂げたと言わんばかりの表情で茶を飲んでいるネーメとディック。
「「「……」」」
何故か目を合わせる事を頑なに拒んでいるディックの従者たちの姿だった。
「何の話をした。ネーメ、ディック」
「魔糸の常識について少しな」
「後は学生時代のアンタについても少し話したわね」
「学生時代の俺についてはどうでもいいが、魔糸の常識の内容については? アレは殆どが知っていても邪魔にしかならない間違った知識だぞ」
俺はディックを睨みつける。
余計な常識を頭に入れても、クロの成長を阻害する働きしかもたらさないからだ。
しかし、ディックはどこ吹く風と言う表情で、クロの方を向いて頭の動きだけで話を促す。
「えと、同じ物に二人以上で魔糸を繋げた時は、より多くの魔糸を繋げている方が主導権を得ると言う話は聞きました。ご主人様はどうやっているのか、それを無視してしまえるとも」
「それは正しい知識だな。確かに敵対している者が同じ物に魔糸を繋げようとするとそうなる」
「ご主人様が無視できる理由は?」
「基礎を学んでいない人間には教えられないから、今はまだ話さない」
「分かりました……」
まあ、この話については知っておいても問題は無いか。
クロの場合、特性の都合で自分の体が直接触れている物ぐらいしか魔糸を繋げないだろうし、繋げば魔糸の量からして競り負ける可能性は考えなくてもいい次元なのだし。
「後は……魔糸の色によって適性がだいたい分かると言う話は聞きました」
一気に俺の顔が渋くなる。
「あ、大丈夫です。的中率がよくて七割ぐらいで、ご主人様が否定派だと言う話も聞いてますから。それにその……私も何処か怪しい感じがしてるので、そんなに信じる気はないです」
「そうか、ならいい。ちなみに実際の的中率はもっと下がるから、信じるのは本当に止めておけ」
「あ、はい」
魔糸の色によって、その魔糸の適性が分かる。
赤の魔糸なら火、青なら水、黄なら土、緑なら空気、白なら満遍なくで、黒ならば肉体強化と言う具合だ。
だがこれは、半分くらいは迷信であり、根拠のない物、前世で言うところの血液型占いのようなものだ。
つまり、まるで参考にならない。
現に俺の魔糸は金色で、分類としては黄色系になるが、土の一種である金属は自由自在に操れても、有機物の塊である土は碌に動かせないからだ。
「それと、ご主人様の私生活が案外だらしないという話も聞きました」
「ん?」
部屋に入ってきた時の何かが違う感じを俺はまたクロから感じ取る。
いや、待て、これは何かが違うと言うよりは……既視感か?
そう、今のクロに近い顔を何処かで……子供の頃、お母様に見た覚えが……。
「ご主人様」
「な、なんだ?」
何故だろうか、酷く嫌な予感がある。
だからだろうか、俺は半歩だけだが片足を引いてしまっている。
「私は元々スラムの孤児なので、貴族がどうして名誉を重んじ、過剰なまでに身なりを整えるのかは詳しくは分かりません。だから、その辺は最低限整っていれば十分だと言うご主人様の考えに今更異を唱える気はありません」
「そ、そうか」
「ですがご主人様。金勘定が適当なのは駄目です。物を片づけられないのはもっと駄目です。要件さえ満たせれば後は適当で構わないだろうと言う考えにも限度があります」
「待て、それは何の話だ……」
思い出した。
これはお母様が片づけをきちんとしなかった時の俺や、普通の知識しかない人には訳の分からない物を買ってきた時の俺を叱りつける時にしていた表情だ。
「ディック様とネーメリア様からの勧めです。財布を渡してください。お金の勘定をしますから」
「い、いや、財布は俺が持っておいた方が……」
「勿論、記録をしたら返します。ご主人様がご主人様のお金をどう使うのも、ご主人様の勝手ですから。ただ、不自然だったり不当だったりする支出を抑えるために、誰かの目があった方がいいと言うだけの話です」
「……」
拙い、これは勝てない。
やましい使い方は一切していないから、財布の中身を見られたところで何も問題は無いのだが、勝てるか否かを問われれば勝てないとしか言えない。
「部屋の片付けもしましょうか。人から借りたもの、重要な物はしっかり保存されているそうですが、衣服や適当な物品の扱いはヒドイと聞きましたので」
「いや、何処に何があるのかは把握しているから……」
「ご主人様だけが把握していても意味は無いです。掃除、ちゃんとしましょうか」
部屋の掃除も別にされて困る物ではないが、勝てる気がしない。
「食事は今後もちゃんとしましょうね。私が居なかった頃のご主人様の食事内容、聞きましたよ」
「あーあーあー……」
食事の内容とか、上手くて安全ならそれに越したことはないが、別に腹が膨れればそれでいいと思っているとか言ったら完全に駄目だろう。
「それと、ディック様からの要望で、時間があればご主人様の身体強化に関する魔糸の独自研究を書物としてまとめておいて欲しいそうです。王家からの特別給金も見込めるそうですから、頑張りましょうね。ご主人様」
「いや、それやると学園と第五局が煩いから、俺の顔見知りに直接教える以外はやりたく……」
「秘密裏に王家へ渡す手段くらいはあるから安心しろ、親友」
くっ、ディックめ、これが目的か!?
いやまあ、以前から欲しがってはいたし、俺の魔糸の使い方の詳細を表に出せば、王家と第一局の力は増すだろうが、まだこの世界には無い概念も用いているから、今世の常識に染まった人間に教えるとなると、かなりの無理と影響があるんだが!?
「そ、その話はまた今度だ。それよりも今はバグラカッツの方だ。ほら、王都の詳細な地図を持ってきたぞ」
「むう、分かりました。ご主人様」
俺は話を切り上げるように、机の上に一枚の羊皮紙を広げる。
「これは?」
「王都の上下水道について記した地図だ。半年ほど前に第七局の仕事で俺が調べた」
それは王都の主要な建物と上下水道について詳細に書き記した地図。
「これで、バグラカッツが何処に潜んでいるか、大体のアタリを付ける」
俺はそこに幾つかの駒を並べ始めた。
02/08誤字訂正