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第46話:作戦会議-4

「ところでクロエリア」

「は、はい。何でしょうか。ディック様」

 アストが出て行った部屋の中、ネーメとディックのカップに茶を継ぎ足していたクロにディックが声をかける。

 その動きにネーメは警戒心を見せ、ディックが従者として連れて来ていた人間の一人、グルボミットも主に対して僅かに目を細める。


「クロエリアは魔糸が使える。そして親友に使い方を習っている。これに間違いは無いか?」

「はい、間違いないです」

 しかしディックは二人の視線を気にした様子も見せずにクロに対して質問をする。


「見せてもらえるか?」

「えと……分かりました」

 クロは自分の魔糸をディックに見せてもいいか、少しだけ悩んだ。

 自分の魔糸の量についてはアストからの指示で誰にも教えるなと言われている。

 けれど、自分の魔糸を誰かに見せてはいけないと言われていないし、現に昨日の事だがネーメには自分の魔糸も全身強化も見られている。

 また、ディックに見せないのは、アストにとって不利益につながるのではないかと言うのは、何となく感じとっていた。

 なので、クロはここ数日練習している通りに、自分の体を心臓の位置から指先まで順に黒紫色の魔糸で覆い、全身強化を行う。

 しかし、以前の暴走させた時や、初めて行った時と違い、体外に見える魔糸の量はよく目を凝らして見えるかどうかと言う量であり、クロの皮膚や目の色もあって、注意深く観察しなければ魔糸を出しているとは分からないだろう。

 そして、そんなクロの全身強化を見た他の面々はそれぞれに感想を述べる。


「特性もあってか、良く安定しているわね」

 昨日既に見ていた上に、アストとの付き合いも長いネーメは素直にクロを褒めた。


「流石は親友。当たり前の様にとんでもない技を仕込んでるな」

 ディックはクロの魔糸の使い方にアストの技術を見て、笑みを浮かべる。


「手や指から魔糸を出さずに強化をするのは素晴らしいが……」

「しかし、心もとない量の魔糸だな。石麻爵と言うところか」

「身を守り、逃げる、それに侍女としての仕事に役立てるだけならば十分だろう」

 ディックの従者たち三人は何処か失望したようにも思える感想を述べた。

 アストとクロにとって都合のいいように、クロの魔糸の量を石麻爵程度だと見誤って。

 とは言え、これは彼らに見る目が無いわけではなく、体外に余分な魔糸を出すことなく平然と全身強化を行えるアストと、そんなアストを常識として見様見真似で同様の全身強化を行えているクロの方が異常なのだが。


「ところでクロ。その状態でどれくらいの物を持てる?」

「そうね。昨日はその状態のまま私と並走して疲れもしていなかったのは知っているけど、腕力の方は知らないわね」

 そして、ディックの従者たち三人の目は誤魔化せても、アストを知っている二人の目は誤魔化せない。

 アストの教えを受けているならば、全身強化の際は外に見えている魔糸の量を限りなく少なくするように指導されていると踏んだからだ。


「分からないです」

「分からない?」

「はい、ご主人様によると、私はまだこの状態を維持して、普段通りに動けるようになる必要があるとの事で、全力を出したらどうなるのかと言うのは分からないんです」

 普通ならば随分と過保護な事だと思うだろう。

 ただ、アストを知っている二人からしてみればだ。


「なるほど」

 気に入っているのも確かなんだろうが、きちんと制御できなければ、周囲含めて危険であるとアストロイアスは踏んでいるわけか。

 つまり、それが可能となるような量の魔糸を保有していると言う事か。

 これはアストロイアスに任せておき、私たちが迂闊に踏み入るべき案件ではないな。

 そして、アストロイアス(我が親友)の事、私がここまで読むくらいは想定の範囲内だろう。

 と言うのがディックの考え。


「ふうん、そうなの」

 クロエリアには私がまだ知らない事があるって事でしょうね。

 適性か、特性か、量か……まあ、少なくとも身体強化適性に綿爵か羊爵並みの魔糸の量は確定でいいでしょうね。

 昨晩、私は息を切らせるレベルで走ったのに、クロエリアは平然としていたわけだし。

 流石にまだアストほどの理不尽を身に付けているとは思えないもの。

 と言うのがネーメの考えである。


 なお、アストに分かっているのは、二人がクロを傷つけることが無く、何かを察してもクロの為に黙っておいてくれるだろうと言う事ぐらいまでである。


「あの、失礼でなければ、私からもいいですか?」

「なんだ?」

「その……ご主人様の魔糸使いってどれくらい凄いんですか? ご主人様は何をされる時も極自然にやられていて、私にはどの程度凄いのかが分からないんです」

「あー、それなぁ……」

「アストの凄さねぇ……」

 クロの言葉にネーメとディックが揃って天井を見る。

 理由は単純。

 アストの魔糸捌きは規格外かつ理不尽で、付き合いの深い二人ですら理解しきれないからだ。


「クロ、アストが魔物を倒したことがあるって話は?」

「聞きました。それでものすごく強いってのは分かってます」

「そうね。まず単純に戦いの場における使い方が桁違いに巧みなのは確かね」

「100倍近い魔糸の量の差をひっくり返すぐらいだからなぁ……親友は」

 だから悩む。

 どうやればクロにアストの理不尽さを伝えられるかを。


「とりあえず魔糸の単純な常識を幾つか話しておくか」

「そうね。それがいいと思うわ」

 ディックは手から黄色の魔糸を出すと、自分のカップと繋げて、説明を始めた。

 その説明はアストが部屋に戻ってくるまで続いた。

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