第44話:作戦会議-2
「内乱って……」
「実のところ、スレブミト羊爵を始末するってだけの話なら、そんなに難しい話じゃないんだ。それこそ親友に必要な情報を渡して、王家から命令をすれば、あっと言う間だろう」
ディックが俺の方を向きながらそんな事を言う。
「まあ、可能か否かで言えば可能だと思う。捕えろ、だと流石にきついが」
「アンタならそうよね。あの特性の魔糸に不意打ちされたら、魔糸が多いだけの貴族じゃ一溜まりもないわ」
確かに可能ではある。
スレブミト羊爵の屋敷の見取り図に、当日のターゲットの動きの情報、必須なのがこの辺で、陽動の類があれば成功はほぼ間違いないだろう。
「だが、俺にやる気はないぞ。暗殺なんて手段は他に手が無くなった時以外に使うべき手じゃない。いや、王家に正統性があるからこそ、使ってはいけない手だと言わせてもらうぞ」
「分かっているからだ丈夫だ、親友。陛下だって暗殺なんて手段を取る気は無い」
そして王家が命令を下すのであれば……まあ、麻爵の三男坊に過ぎない俺には断る余地はないだろう。
だからと言って賛成はしないが。
「しかしだ。そう言った強硬な手段を取らないとなると、羊爵と言う地位の相手を捕らえて、罰を与えると言うのは著しく難しくなるんだ」
「ご主人様たちの力をもってしても、ですか?」
「もってしてもだ。さっきも言った通り、一気にやれなければ内乱が起きることになる。そして、内乱が起きる事は陛下を筆頭として、ほぼ全ての人間が望んでいない事だ」
しかし、暗殺と言う手段を用いなければ、今回の件の対処は一気に難しくなる。
それこそ、ディックの言うとおり、対処を間違えれば内乱を起こすことになる。
「でもどうして内乱に……」
「あー、この辺は貴族なら割と簡単に分かる話なんだが……親友」
「分かってる。説明するぞ。クロ」
俺は黒板上の羊皮紙をどけるとチョークを手に取る。
「まず初めに。今回の件の黒幕であるスレブミト羊爵は王国でも北の方に領地を持っている羊爵だ」
「はい」
黒板の中央にチョークでスレブミトと記す。
「しかし、スレブミト羊爵とその一族だけで治め切れるほど、スレブミト羊爵領は狭くないし、仕事の数が少ないわけでもない。だから、スレブミト羊爵の下には、何十人も綿爵、麻爵、石麻爵が居る。実行犯であるバグラカッツも、今は爵位を失ったが、立場としては同じだろう」
「なるほど」
その周りに幾つもの小さな人型を書く。
うち一つの人型の隣には元ハイプアク麻爵のバグラカッツと書いておく。
「でだ、スレブミト羊爵を何も考えずに捕まえたら、こいつらが全員まとめて王家に反旗を翻すと思っていい。爵位を継いでいない子供や、爵位を譲った老人まで含めて全員だ」
「えっ!? なんで……」
「スレブミト羊爵が捕まったら、自分たちも危ないからさ。配下の中にはバグラカッツのように実行犯として、犯罪に関わっている者たちが居る。そう言う奴らはスレブミト羊爵が捕まれば、自分の罪も明らかになり、内容によっては一族郎党でまとめて処刑台送り」
「あ……」
「座して捕まっても、反旗を翻して捕まっても結果が変わらないのなら、そりゃあ一か八かで反旗を翻し、罪そのものを無くす形で動くだろう。誰だって死にたくはないだろうからな」
「……」
その小さな人型から、細かく線を伸ばしては、その先に丸を付ける。
当然、この小さな丸もそのまま戦力になる糸使いだ。
爵位持ちの下には、爵位を持たない貴族の家族が何人も居るから、何もおかしくはない。
「仮に罪を犯していない奴がスレブミト羊爵の近くに居ても、一緒に王家へと反旗を翻すだろうな。なにせ、王家の味方をしたら周りは全て敵、タコ殴りにされて殺されるのが見えている」
「そう……ですね。この状態でこちら側に味方をして欲しいと言うのは、流石に無理があると思います」
実際には家同士の繋がりや、主への忠誠心と言ったものもあるから、王家の側に就く者が出る可能性はさらに少なくなる。
と言うか、この状態で最初から王家の側に付くような奴は……味方でもちょっと困る奴ではないだろうか。
いやまあ、実際の戦場なら地形や領地の位置次第で、そう言うのも出るかもしれないが……俺の気にするところではないか。
それと、実を言えば、ここまでの説明で出したのは最低限の敵である。
「加えて、事前のすり合わせの類をしていなければ、ほぼ間違いなくフオセンド北絹爵とその配下である羊爵たちも出てくるだろうな。こちらの敵として。そうでなくとも間接的な邪魔はしてくるだろう」
「えっ!?」
「スレブミト羊爵は王家に直接仕えるのではなく、フオセンド北絹爵を間に挟んでいるんだ。当然爵位が違う以上、ここには上下関係がある」
俺はスレブミトの名前から、黒板の上の方に向けて線を伸ばす。
そして、その先にフオセンドと言う名前を記し、フオセンドからは三つのスレブミトの名前と同じ大きさの丸が書かれる。
当然、これらの周囲にも、小さな人型と丸が無数にくっつくことになる。
「で、部下が不当な理由で不利益を被っていると判断したなら、その上が出てくるのは当然のこと。出てくる方が自然なんだ。こうなると……」
「王家対北部全域。見事な内乱だな。良い説明だ、親友」
「……」
実際の状況はもっと酷くなる可能性がある。
絹爵や羊爵、有力な綿爵ぐらいになれば、他の地方との繋がりぐらいはあって然るべき。
その中の一部は北側の味方をしてもおかしくはない。
「まあ、そんなわけだから、例え明確に犯罪を行っていても、捕まえる相手が羊爵ともなると、おいそれとは捕まえられないんだ。あまりにも影響が大きすぎる」
「恐ろしい話……ですね」
どうやらクロにもスレブミト羊爵がそう簡単には捕まえられない理由は伝わったらしい。
「だから、捕まえる相手は絞るし、事を起こすときは一気に進める。そして、事前に色々と申し合わせておくことになるんだが……ディック、その辺は第一局の仕事だと思うんだが、どうなんだ?」
なので俺は話を進めるべくディックに話を振る。
「勿論、やってあるさ。事を出来るだけ大きくせずに、スレブミト羊爵と最低限数の実行犯だけを仕留める形でな」
そしてディックは笑みを浮かべた。