第43話:作戦会議-1
4月第2緑の日。
俺とクロは第七局に出勤した。
そして茶と菓子の準備が終わったところに、ディックたちとネーメがやってきた。
「良い茶だな。色も香りもよく出ている」
「本当ね。アスト……には無理か。クロエリアね」
「正解。第七局の煮炊き係のおばさま直伝だ」
集まった理由はフルグール孤児院強盗事件に始まる、王都連続強盗殺人事件について話し合うためだ。
「さて、単刀直入に言ってしまうが、スレブミト羊爵が今回の件の黒幕だ。これはもうほぼ確定でいい」
「そうだな。俺も同意見だ。それも羊爵自身が動いているだろう」
「同じく。状況証拠が揃い過ぎている気もするけど、これで無関係は流石に無理があるわ」
俺はこれまでの四件、フルグール孤児院、チットウケ商会、ノマーキナイ商会、ハイリタッシ家について調べた結果を記した羊皮紙を魔糸を使って浮かせ、黒板に貼り付けるように固定する。
「確定、出来るのですか?」
「出来る。ネーメ」
「分かってるわ。第六局の調査によると、チットウケ商会とノマーキナイ商会、この二つの商会はスレブミト羊爵との関わりがあるわ。具体的にはスレブミト羊爵領からの商品を仕入れてる。で、それだけなら消される理由にはならないんだけど……」
クロの言葉に応じる俺の言葉に合わせて、ネーメが二枚の羊皮紙を机の上に置く。
「チットウケ商会は産地を偽る事で利益をより多く得ていて、トラブルが起きた時はスレブミト羊爵の力を借りていた。対価として得た金の一部をスレブミト羊爵領に流していた疑惑がある」
「……」
「ノマーキナイ商会は逆にそう言うのを断ったみたいで、それでスレブミト羊爵から怨みを買っていた可能性があるようなの」
「それだけであんな事件を……」
羊皮紙にはネーメが語っている内容以外にも色々と書かれている。
チットウケ商会はより多くの金を得られるように何かを画策したり、あるいはスレブミト羊爵に対する裏切りとも取れる様な行動をしていたようだ。
ノマーキナイ商会はスレブミト羊爵領との取引を絞ろうとする動きを見せていたようだが、出元不明の金属製品を扱っていたりもしたらしい。
こういう情報は第七局である俺には入手が難しい情報なので、実にありがたい。
「ハイリタッシ家は多額の金銭をスレブミト羊爵に貸していたわ。『インタノレージの乱』の一件で多額の賠償金を負わされたスレブミト羊爵にとっては他に手が無かったんでしょうけど……直に何かしらの差し押さえが起きる予定だったようね」
「貴族相手に平民が差し押さえ出来るのか?」
「色々と手を考えていたようよ。まあ、事件が起きた事からして、差し押さえの計画はご破算になったようね」
スレブミト羊爵は『インタノレージの乱』において、第二王子側にも食料を流していたんだったか。
それを理由に領地経営が多少厳しくなる程度の罰金が課され、実行犯であるバグラカッツ自身も爵位を取り上げられた。
「最後にフルグール孤児院だけど……孤児が奴隷として、スレブミト羊爵領に流れている疑惑があるわ」
「えっ!? でも……」
「勿論、直接孤児を引き取ったりはしてない。スレブミト羊爵領に関わりのある商会や貴族を挟む事で、簡単には事が露見しないように送っていたみたい」
「そんな……」
そして、それをフルグール孤児院の院長に気付かれて、ゆすられた、と言うところか。
フルグール孤児院の院長の人となりを考えるに、普通に有り得そうな流れではあるな。
孤児たちが今も生きているかは……怪しい所ではあるな。
「これから事が起きそうなジヤスキナイ商会もスレブミト羊爵との関わりはあるようだ。協力ではなく、敵対だが」
「そんなところに下見が来ていた可能性が高いって事は……」
「やはりまだ事件は起きるとみるべきなんでしょうね」
俺の言葉に応じてネーメがジヤスキナイ商会についての情報を出す。
そこに記されているのはスレブミト羊爵とマトウニク羊爵との対立であり、両者の対立に合わせて睨み合う傘下の商会や組織の名前でもある。
これまでの犯罪の目的が自分たちの後ろ暗い所を知っていて、反旗を翻そうとした連中の粛清なら、この先は対立する相手の始末と言うところだろうか。
「起きるだろうな。貴族局が調べた限り、ここ数ヶ月、スレブミト羊爵はだいぶ荒れているようだし、やるなら後先考えず、徹底的に動くだろう」
ここでディックがスレブミト羊爵家について調べ、記した数枚の羊皮紙を机の上に置く。
とは言え、相手は羊爵、この量ならば極々一部だろう。
そして、その一部にすら信じがたい情報が記されている。
「荒れているって……」
「平民の侍女に対する魔糸による暴行の可能性。王国が禁じている違法奴隷の購入と酷使の疑惑。隠し鉱山保有の疑い。不正蓄財もあるし、不穏な動きは他にもあるようだが……よく今までバレなかったな」
「スレブミト羊爵領は王都から見て、北の方にあるが、北の方に領地がある羊爵たちとフオセンド北絹爵は王家に対する反抗心が強いからな。貴族局でも調査がなかなか進まないらしい」
魔糸による暴行は私刑による殺人と言い換えてもいい。
ヨル・キート王国で許されている奴隷は借金奴隷と犯罪奴隷だが、どちらも心身の健康に配慮するように義務付けられている。
隠し鉱山は問答無用でアウトだ、国にとって金属資源は有用であり、何が産出されるにしても報告の義務が存在する。
不正蓄財も当然アウト、額によっては物理的に首が飛ぶが……事を出来るだけ荒立てたくないなら、追加の課税で終わらせるだろうか。
なんにせよだ。
「……。その、どうして此処まで調べ終わっているのに、捕まえられないんですか? ディック様」
相手が羊爵でもこれだけやらかして、証拠が揃っているならば、捕まえる事は出来る。
「相手が羊爵で、一気にやれなければ内乱になるからに決まってるだろう。クロエリア」
しかし、ディックは当然の返答をして、俺はそうだろうなと言う風な溜息をこっそり吐いた。