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第42話:四つ目の事件

「さて、先手を打って対処できるといいんだが……」

 夜、俺はジヤスキナイ家近くの建物の屋上に立つと、聴力強化によって周囲の状況を探っていた。

 犯人は捕らえたいが、これ以上の事件は起こしたくない、そう考えると犯行直前のバグラカッツたちを探し出すのが最良。

 そう考えての行動である。


「まだ来てないな」

 俺は脚力強化によって跳躍力を強化すると、別の建物の屋上へと跳び移る。

 勿論、ただ跳び移るのではなく、可能な限り物音を立てないように、魔糸による幾つかの工夫を施しつつだ。

 結果、新月の日……第3白の日が近く、月と星の明りも限られている事もあり、下の普通の道で周囲を警戒しているジヤスキナイ家の警備が俺に気付いた様子は見られない。


「……。妙な動きをしているのは見当たらないな」

 俺はコートの下の12本の金属製ナイフの位置を調整しつつ、周囲を見渡す。

 今のところ奇妙な動きは感じられない。

 ジヤスキナイ家の中から物音を始めとした異常を示すシグナルも発されていない。


「今日は来ないか?」

 バグラカッツたちのこれまでの犯行から考えると、犯行は日が暮れてから3時間以内に始まり、1時間もせずに終わる。

 今の時刻は既にその時間を過ぎている。


「……」

 俺はバグラカッツたちの移動について少し考える。

 機動力の高さと目撃証言の有無から、バグラカッツたちは血塗れの体を隠せるようなコートは身に付けているだろうが、アジトから現場までの移動は各自バラバラに行っているだろう。

 犯行現場から戻る時も同様だ。

 バラバラに行動するのは目撃される可能性、尾行される可能性が増える動き方であるが、一人一人がそれらに対処する方法を理解しているならば、どう動いても動きが誤魔化せなくなる集団行動より都合はいいだろう。


「今日はハズレみたいだな」

 しかし、現状ではジヤスキナイ家の周囲に怪しい人物はいない。

 念のために地下下水道の動きも定期的に感知しているが、反応はない。

 やはり今日はハズレだろう。

 俺はそう判断すると、今居る建物の屋上から飛び降り、音もなく着地する。

 そして、局員寮に帰ろうと思ったのだが、そこに俺の姿を認めたネーメとクロの二人が慌てた様子で駆け寄ってくる。


「どうした? クロ、ネーメ」

 俺は怪訝な顔で二人に声をかける。

 と言うのも、ネーメは実家であるエクスキュー麻爵家で寝ている時間であり、クロは局員寮で全身強化の練習をしているように言っておいたからだ。

 なのに、その二人が一緒にこの場に居る時点でただ事ではない。


「音もなく屋上を飛び回るんじゃないわよ。探すの方の身にもなって……」

「ネーメリア様。今はそれどころでは」

「ああそうね。そうだったわ」

 ネーメが呼吸を整え、居住まいを正したところで真剣な顔をする。

 なお、クロは微量の全身強化が出来るようになったらしく、僅かに黒紫色の光を纏っており、息切れは起こしていない。


「第4の事件発生よ。高利貸しのハイリタッシ家が襲われた。やり口はいつも通りの皆殺しだけど、今回は貴族が混じっているわ」

「……。現場に向かいながら話を聞かせてくれ」

「分かったわ」

 やはりただ事ではなかった。

 事件は……別の場所で起きていた。



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「じゃあ改めて説明するわね」

 ハイリタッシ家はジヤスキナイ家がある場所から王城を挟んで真反対の場所にあった。

 立派な門構えの建物の入り口では何人もの衛視と第六局の局員たちが屯していて、何かを話し合っている。


「ハイリタッシ家は高利貸しの家よ。馴染みの客になればなるほど多額の金を貸してくれるようになるけど、代わりに利率も高くなっていく。貴族の中にも此処でお金を借りている人間は居て、金を返し切れなくなった家からの差し押さえで懐具合はかなり良かったようね」

 俺、ネーメ、クロの三人は彼らに軽く挨拶をすると、建物の中に入っていく。

 なお、模倣犯でないことを示すように、ハイリタッシ家の錠は水圧カッターで切られていた。

 もう一つ言っておくと、ヨル・キート王国の金の貸し借りに伴う利率は、お互いが合意の上であれば上限はないので、法外な利率であっても互いに同意していれば違法ではない。


「で、中には差し押さえでも金が返し切れなくなって、仕事で返す事を選んだ奴も居るらしいの。仕事の内容としては取り立てや脅し、あるいは護衛などね」

 何処か不機嫌そうにネーメは語る。

 生粋の貴族であるネーメにとっては、自分が借りた金の為に平民に使われる貴族は蔑みの対象であるらしい。

 まあ、俺としても返し切れないような金を借りるなよとは思うが。


「なるほど、それで貴族の被害者か」

「ええそうよ。たぶんだけどハイリタッシ家は自分たちが狙われているのを何処かで察していた。その相手が貴族である事も分かっていた。だから、自分たちも貴族を護衛にする事にしたんでしょう。まあ、そこで『調査局』に話をもって来ない辺り、探られたくない腹があったと言っているようなものだけど」

 屋敷の中はこれまでの事件と同様に血に満たされている。

 そして微かだが、ワインの香りも漂っているし、昼間嗅いだ男の臭いもある。


「コイツは……」

「ちなみに被害者の貴族は第七局への入局と聞いて、お断りした奴よ。おかげで適性とかのデータは簡単に見つかったけど……相手の実力はやっぱり確かね」

 護衛としてこの場に居た貴族は……心臓、首、頭に鋭い切り口の刺し傷を作った姿で死んでいた。

 手には刃に切り傷の付いた金属製の短剣が一本あり、向かいの壁には同じ造りの短剣が一本深く突き刺さっている。

 どうやら、正面からの撃ち合いにはなったが、一蹴されたようだった。


「普通の貴族が一対一で戦っていい相手じゃないわ」

 しかし、強化されていたであろう金属製のナイフを切り裂いて、その先にある人体を害せるとは……全くもって恐ろしい威力である。

 俺はバグラカッツに対する脅威度を心の中で上げた。

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