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第40話:嗅ぎ分ける-1

 4月第2黄の日。

 俺とクロは午前中に各所に連絡をやって情報を交換すると、午後から王都の平民街の大通りを歩き始めた。


「あの、ご主人様……」

「どうした? クロ」

「その、良いんですか? こんな目立つ格好で」

「むしろ目立つからいいんだ。どうせ俺もクロも誤魔化し切れる見た目をしていないしな」

 ただし、俺は金属片を各所に付けた服を身に着けた上に第七局の局員証を堂々と胸に着けて、貴族である事を示し、ついでに帽子の上には鳥の形をした魔糸を本物の鳥と見間違うような動きをさせつつ止めている。

 魔糸の操作対象として空気を選んでいるから、もしかしたら、微かな空気の歪みによって、魔糸が見えなくても鳥が居るのは分かるかもしれない。

 そしてクロの服装はいつものメイド服だが、こちらも今日は見るからに新品の物を着させている。

 手荷物の類は俺の筆記用具一式を持たせてあるが、これも見る人間が見れば、周囲に文句を言わせない為に一応持たせているように見えるだろう。

 つまり、今の俺とクロの見た目は、傍から見る分には馬鹿な貴族と溺愛されている侍女と言うものになる。


「バグラカッツを見つけるんですよね」

「正確には下見を行っているバグラカッツの部下だな。そいつを探し出して、相手の拠点まで尾行することに成功すれば、捕まえるのはそこまで難しくない」

 余りにも馬鹿過ぎて逆に警戒される可能性はあるが、これまでの俺のイメージを鑑みれば、これくらいは許容の範囲内、相手の警戒を緩めてくれるだろう。


「その、貴族が目の前に居たら、相手は警戒して出てこないんじゃ……」

「それは普通の後ろめたいことがある連中だな」

「普通の……ですか?」

「ああ、普通のだ」

 さて、クロの勉強も兼ねて、これからやる事の説明をしておくとしよう。


「まず大前提として、平民にとって貴族は恐怖の象徴と言ってもいい。特に今の俺のように見るからに権威を笠に着て、遊んでいるような貴族はな」

「それは……そうですね」

 俺の言葉を証明するように、大通りを行き交う人々は、可能な限り俺と目を合わせないようにしつつ、けれど視界の端には置こうと努めている。

 俺に難癖をつけられないように、けれど何をしているのかは察しておきたい。

 正しく腫れものに触れる様な扱いだ。


「そんな貴族だが調査局の局員証は付けている。つまり、後ろめたい覚えがある連中からしたら、出来る限り近寄りたくはない相手だ。下手に近づいたら、点数稼ぎで捕まるかもしれないからな」

 中には俺の存在を視界に捉えた瞬間に裏通りへ駆け込む者や、道を引き返す者も居る。

 こういう連中は本当に何かをやっているからこそ、万が一にも難癖をつけられたくないのだろう。

 不当な逮捕や暴力ならば叱責されるのは俺だが、本当に後ろ暗い事があると、切っ掛けが何であれ、捕まった連中はただでは済まないからだ。


「だったら……」

「だが、今回俺たちが探している連中は下見に来ているバグラカッツの部下。犯行現場の手際から考えて、下見のプロだ。そう言う奴はな、逃げずに紛れ込むんだ。後ろめたいことが無い普通の一般市民の間にな。そうする方が怪しまれず、怪しまれないなら見つかる事もない、ってな」

「あ……」

 普段ならそいつらを追ってもいい。

 だが今日は追わない。

 もっと追うべき相手が居る。


「でも、ご主人様。普通の人に紛れ込んでしまうのなら、一体どうやってそんな相手を……」

「そこら辺は個人的な経験と勘、それと少しばかり魔糸の力も借りる」

「魔糸を?」

「試すなよ。感覚の強化は特に危険が多いからな」

「試しませんから大丈夫です。もうあんな臭いはこりごりですから」

 俺は魔糸で五感を強化しつつ街を歩いている。

 特に大きく強化しているのは、物の識別能力。

 普通の人間の動きと普通でない人間の動きを見比べて、その違いを検出する脳と目の働きを強化している。

 分かり易く例えるなら、普段はチャーハンの中に紛れ込んだ普通のグリーンピースしか見えないが、今は米と同色のグリーンピースまで探し出してピックアップ出来るようになっている、と言うところか。

 ああいや、この表現は駄目か。

 『ヨル・キート王国』にも『ツンギ・アカート王国』にも米は無いと聞いているから、チャーハンが通じない。

 まあ、普段は見えない混ぜ物まで見えるようになっていると言えば通るか。


「と言う訳だな」

 で、そんな説明をクロにしたところ、ひどく怪訝そうな顔をされた。


「あの、ご主人様。ご主人様が出来る以上は、脳みそと言う所にそう言う事が出来る機能が実際にあると言うのは分かるんですけど……一体何をどうすれば、そんな力があると知れるんですか?」

 あー、うん、ネーメやディックにもよくされる、理屈を聞けば理解は出来るが納得は行かない、と言う顔だ。


「探求と実験、要素の分解に無知の知。まあ、要するに知識を増やしていった結果だな」

「そういう物なんですか?」

「そういう物なんだ。人体構造については……あー、明後日あたりに一度しっかりと説明しよう。ツテがあるし、ちょうどいい機会でもあるからな」

「分かりました」

 まあ、今のところは流しておいて貰おう。

 色々と説明するにしても、現物と資料があった方がやり易いしな。


「さて、適当に果実でも買いながら……」

 俺は果物屋を探し始める。

 丁度その時だった。


「物取りだああぁぁ!」

 誰かの大きな声が通りに響いたのは。

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