第4話:出会い-3
「久しぶりに見たな……」
クロエリアの容姿を見て、思わず出て来てしまった一言がそれだった。
「気持ちわ……え?」
そして、俺の言葉を聞いてクロエリアも唖然としていた。
「ん?ああ、悪い。思わず感想が口から出てた」
「あの、その……気持ち悪く……無いんですか?」
「気持ち悪いって何がだ? たかが色が違うだけだろう? まあ、この国では見かけない色だからな。驚きはした。でも、それだけだな」
この世界の住民は俺の知る限りでは、肌の色は白色から黄色程度で日焼けをしても褐色にはならず、髪の色は金・赤・銀・白・桃・茶の六色で黒はなく、目の色は茶・赤・青・緑・黄の五色で紫は無い。
俺の金色の髪に青い目と言う容姿と言うのが一般的であるくらいだ。
で、この世界の大多数の人も、自分たちとは異なるものを嫌う傾向にある以上、クロエリアが容姿の面から各種差別を受けてきたのは間違いない。
だが、前世の知識を有する俺にしてみれば、褐色の肌も黒髪も紫の目も驚きはしても蔑む対象にはなり得ない。
むしろ、たかだか色が違うだけで差別すると言う考えの方が、蔑む対象である。
「あ……」
クロエリアの目じりに涙が溜まり始める。
それと同時に部屋のドアがノックされたので、俺はクロエリアの涙を見なかった事にしつつ、盥一杯に貯められたお湯を受け取る。
「とりあえず体を拭くぞ。髪も肌も元からその色なのは分かっているが、それとは別に汚れが溜まっているのも事実だからな。一度綺麗にしてしまおう」
「は、はい……」
クロエリアに服を脱いでもらい、お湯で濡らした布を使って体や髪を拭いていく。
スラムで生活をしていただけあって、クロエリアの体には埃や煤が相当量付着しており、お湯はあっと言う間に汚れていく。
そして、体を拭いている間に改めて観察したが……やはりスラム生活では栄養が足りていないようで、肉付きはあまり良くない。
不思議な事に、怪我の痕跡の類は一切見えず、そう言う意味では健康そのものだ。
それと、言葉遣いは敬語をしっかりと使えていて、状況をきちんと把握して立ち回ろうとしている辺りから、頭の回転も悪くはないようだ。
どうにも微妙にチグハグな感じがするな。
先に確かめておいた方が良さそうだ。
「クロエリア。お前、スラムでは何処で生活をしている?」
「フルグール孤児院……です」
「ああ、あの孤児院と言う名の犯罪組織か」
「……」
フルグール孤児院は王都に幾つか存在している孤児院の中でも下の下に属していると言っていい孤児院だ。
俺は管轄外なので関われない。
が、フルグール孤児院ではスラムの孤児たちを集めて、小さい頃はスリや窃盗と言った軽犯罪で金を稼がせては上前を跳ねる。
ある程度成長したり、求められたりすれば、他の犯罪組織や捨てられる手駒を欲している貴族に孤児を売って、その代金が院長個人の懐に収まる。
勿論、孤児たちに何かがあっても知らぬ存ぜぬだし、孤児にマトモな食事を与えてもいない。
そんな孤児院とは名ばかりの犯罪組織だ。
尤も、孤児院への寄付と言う形式を取ってお金が渡される以上、孤児が行った先でどうなるにせよ、孤児の売買自体は合法になってしまうのだが。
なんにせよ、フルグール孤児院なら……まあ、そう言う方向で解決できるだけマシな相手でもあるか。
「生まれは?」
「生まれは分かりません。12年前に孤児院の前に、赤子の私が捨てられていたと聞いてます」
「そうか……」
そして、最初はフルグール孤児院以外で養われていた、と。
あの孤児院で赤子が育てられるとは思えないからな。
となれば、敬語も前の孤児院の方で習ったとみるべきだろう。
同時にその孤児院が何かしらの理由で既に無いのも窺えるな。
クロエリアの性格に問題は感じられないし、ある程度の歳まで育てた上に敬語を教えられるような孤児院なら、容姿程度を問題にするとは思えない。
ただ、クロエリアの表情からして、その頃の事はあまり語りたくない事のようだから、無理に聞き出そうとするのは止めた方がいいな。
「あの……アストロイアス様……」
「なんだ?」
クロエリアが紫色の瞳を俺に向けながら、少し怯えた様子で口を開く。
「その、私を……アストロイアス様は私はどうされるつもりなのですか……」
そう言えば、その話がまだだったか。
クロエリアの容姿に気を取られて、すっかりと忘れていた。
「ア、アストロイアス様の財布を狙った以上、私がどんな目に遭わされても仕方が無い事と言うのは分かっています。命を助けていただけるなら受け入れます」
「そうだな」
「そ、そう言う趣味の方が世の中にはいらっしゃるのも分かっています。あまり良い顔をされないのも分かってます。でもアストロイアス様はこんな見た目の私にも優しくしてくださって……だから、これからの事を誰かに話すことは無いと誓えます」
「ん?」
「で、ですが、その……初めては痛いと聞いていますので……」
「……」
拙い。
そう判断した時点で俺はクロエリアの顎に糸を飛ばして口の動きを止めると共に、クロエリアの両肩を掴んで断言しておく。
「誤解だ。俺に幼女趣味はない」
「むぐっ?むごむ?」
「俺はそう言う理由でクロエリアを部屋に連れ込んだわけではない」
扉が再びノックされる。
どうやら料理が出来上がったので、運ばれてきたらしい。
なので俺はクロエリアにベッドのシーツを被せて裸の体を隠させると、現在は倉庫として使っている部屋へと行かせ、その上で料理を受け取る。
「クロエリア、とりあえず食事をしながら色々と話すぞ。後、重ねて言うが、俺は幼女趣味ではない」
「は、はい……」
外の人間に誤解されるのはワザとだから構いやしないが、クロエリアに誤解されるのは御免である。
俺は床に食事を並べると、パンを手で千切って食べながら、何故クロエリアを連れてきたのかを説明する事にした。
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