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第39話:アストロイアスと言う男

本話は事件解決後の時間軸となります

「さて……」

 アストロイアス=スロース。

 王宮に下級の文官の一人として仕えているスロース麻爵家の三男。

 愛称はアスト。

 魔糸の量は麻爵家としては平均的な3巻きで、適性は金属。

 だが、特性によって魔糸を金属に繋ぐと、電気とやらが生じてしまい、意識して操作をしなければ自分の操る金属から電撃で痺れてしまうらしい。

 一般的には欠点として認識される特性と言えるだろう。


「やはり我が主には相応しいとは思えないな」

 『国立ヨル・キート・シャトル学園』での成績は私とは学年が違うために詳しくはない。

 ただ、何度か見かけた時のは、気だるそうに講義を受けている姿、適性が無いとは思えないような強化具合の身体強化、それと我が主と親しそうに話をしている姿である。

 それと……ほら話としてしか思っていなかったが、何人かの友人の命と引き換えに魔物を倒したと言う噂が一時期流れたことがある。

 勿論、生徒で信じる者など誰も居なかった。

 魔物と言えば魔糸を使えるようになった生物の事であり、その実力は正規の訓練を受けた騎士が束となってかかってもなお敵わない可能性が存在する存在なのだから。

 それを信じろと言う方が無茶と言うもので、本人が声高に主張していたわけでもなかったので、直ぐに消えた話である。

 話であるが……今となっては嘘か真か分からないのが本音である。


「表に見える部分だけを見るならば、ただの厚顔無恥の三男坊、道化だ」

 一般的な二つ名は『死体屋』。

 これは幼少の頃から王都での処刑を取り仕切るエクスキュー麻爵家に出入りをし、死刑囚の死体を切り刻んでは笑みを浮かべ、その度に魔糸の実力を大きく上げていた事から来た二つ名である。

 私も含めて少なくない数の人間が、何かしらの外法あるいは禁忌の技によって死体から力を得ているのだと噂していた程である。

 と、ここまでが先日の『フルグール孤児院強盗殺人事件』の一件にて、我が主の導きであの男の仕事姿を見るまでの私の感想である。


「……」

 正直に言わせてもらおう。

 今の私があの男に対して評価を下すならば、ただ一言。


 化け物


 そう評す他無い。


「能ある鷹が爪を隠すどころではない……人以外の何かが人の皮を被っているようにしか見えない……」

 死体の傷口を見る事で、どんな人間がどうやって殺したのかを明らかにする事が出来ると言う理屈は分かる。

 だが、あまりにも正確過ぎる。

 まるで犯行が行われた時刻に現場に居たかのような正確さであり、捕らえられた者たちについて調べた私は唖然とする他なかった。


 現場に僅かに漂っていた臭いだけで、相手がワインを飲んでいたと断言した件については、もはや人ではなく獣のような鼻としか言いようがない。


 他の者の訓練中に事故で強化されたままの剣が飛んできたにも関わらず、平然とそれを受け止めた胆力と精緻としか言いようがない魔糸捌きも信じがたいものである。


 他にも、今回の事件の捜査中におおよそ同じ人間とは思えないような力を発揮して見せている。

 此処まで来てしまうと、魔糸の適性が金属であると言う話も怪しくなってくるほどである。

 少なくとも、身体強化に対する適性もなしに、あのような真似が出来るとは思えない。


「だがしかしだ……」

 だが、此処までならば、まだ納得出来なくもない。

 保有している魔糸の量の少なさにさえ目を瞑れば、理屈は理解できる。


「何よりも分からないのは、あの男が何を求めているかだ」

 私が分からないのは、あの男の求めるものだ。

 本人は第六局入りを求めてる事で立身出世を望んでいるように見せているのかもしれないが、あの実力ならば第六局ではなく近衛か第一局、知識を生かすならば第五局か高位の文官。

 少なくとも第六局の平局員では分不相応としか言えず、『調査局』の上層部と我が主が結託して第七局に留めてるようにしているのも当然だ。

 身辺調査をしても何か特殊な趣味に没頭している様子もなく、女の影も二つほどしかないし、最近までは金も蓄えているだけだった。

 これでは裏に何かあると疑う他ない。


「別の意味で我が主に相応しいとは思えなくなってきたな……」

 こんな化け物相手に我が主は身分を偽って学園時代から友人として付き合っていた。

 我が主がアストロイアスを『親友』と呼んではばからないのは、ある程度以上に上の者であれば、誰もが知っている事である。

 我が主ならば、化け物相手でも御せると思うが……不安しかない。


「せめて主への忠義さえ明確にしてもらえればな」

 私が今の地位に居るのは、次代の羊爵に就くために世間の事を学ぶためである。

 他の二人も同様で、我が主自身もその為に身分を偽っている。

 そして今回、我が主はアストロイアスの仕事を見て、その処遇も含めて報告書を上げるように命じられた。

 私はその裏の意図まで考えて、報告書を上げなければいけない。


「清書が必要だな」

 私は改めて手元の羊皮紙を見る。

 思いつくままに書きなぐられた羊皮紙はとてもではないが、報告書の体を為していない。

 書き直すことが必要だろう。


「家の仇敵の力を削いでくれたのだから、悪い様には書きたくないのだが……」

 私……グルボミット=マトウニクは改めて報告書を書き始めた。

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