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第37話:街角の会合

 夜、俺は昨日と同じように局員寮にクロを置くと、街に繰り出して人々の噂を集めていた。

 内容はほぼ昨日聞いた通り。

 しかし、昨日とは違う点もあった。


「ジヤスキナイ家が傭兵を集めているらしい」

「ああ、連続強盗対策か。だが、集まるのか?」

「相手に貴族が居るって話だからな。及び腰の連中が殆どだよ」

「商人の中には王都から逃げる事を考えているのも居るらしい」

 不安が民衆に広がっている。

 悲鳴一つ上げる事すら許されずに皆殺しにされる恐怖の強盗事件が相次ぐ状況に、人々の囁き声にも、視線にも、動きにも怯えが見えている。


「王様と調査局は何をやっているんだ……」

「ああ、こんなの衛視の俺たちで対応できる案件じゃない」

「頼むから早く何とかしてくれって感じだ……」

「くそったれ、いったい何処の誰が犯人なんだ……」

 これを放置することはそのまま王家や貴族たちへの不満に繋がり、それはやがてヨル・キート王国そのものを揺るがすことになるだろう。

 貴族と平民では、戦う形での叛乱を心配する必要は無いが、戦わない叛乱と言うのも世の中にはあって、そちらの方が貴族にとってはよほど痛手になるのだから。


「怪しい奴らを見つけたら、調査局に通報して欲しいだってよ」

「そんな怖い真似できるかっての……」

「そもそも、俺たち平民の事なんて貴族連中は何とも思ってねえじゃないか……」

「けど、強盗の件は早く解決して欲しいしよう……」

 幸いにして今ならばまだ解決方法は単純だ。

 今回の事件の黒幕なり実行犯なりを捕らえて、処刑すればいいだけだ。

 それで、王都の不安は払拭できる。


「で、なんでお前が此処に居るんだ。ディック」

「俺だって街中で呑みたい時があるんだよ。親友」

 で、街角の屋台でビールを買い、聴覚強化をしつつ周囲を窺っていた俺の隣には、どうして見事に平民服を着こなしたディックが居るんだろうな?

 しかも堂々とビールを飲んで、鶏モモ肉を挟んだパンを食ってるし。


「従者たちは?」

「あんなのを連れて、街中をうろつけるか。この前の白の日に、平民に溶け込めるか変装させてみたら、見事に全滅だったんだぞ」

 そんなディックの周りには一人の従者も付いていない。

 幾らヨリート綿爵家の四男とは言え、大丈夫なのだろうか。

 それと、この前クロと一緒に見かけたグルボミットは変装のテストをさせられていたらしい。

 確かにあのバレバレの変装では……まあ、駄目だろうな。

 ただ、それを言うならばだ。


「お前だって最初はそうだったろうが。ちゃんと教えてやればいいだろう」

「アイツらに学ぶ気があるならな。それと俺は親友ほど教えるのが上手くない」

「そうなのか?」

「そうだとも」

 ディックも出会ったばかりの頃の変装は如何にも貴族のお坊ちゃんが平民に混ざろうとして、混ざれていないと言う状態だったのだが。


「親友よ。お前はこのままバグラカッツを追うつもりか?」

「追う。クロにも必ず追い詰めると言ったしな」

「流石は親友だな。迷いがない。ただ……」

 ディックの声の調子が少しだけ変わる。

 どうやら、此処からはちゃんとした話をするようだ。


「分かっているのか。『ヨル・キート調査局』第七局局員アストロイアス=スロース。お前の行動は局の区分を超えた越権行為として認識される危険性がある、その事を」

「……」

 局の区分を超えた越権行為、か。

 確かに問題になる可能性はあるな、だがしかしだ。


「俺はあくまでもフルグール孤児院強盗殺人事件の捜査をしているだけだ。その結果として王都を騒がしている連続強盗犯を捕まえてしまうかもしれないが……俺は知らなかったし、気付いていなかった。本当に偶々、偶然、犯人が一緒だっただけだ」

「お前なぁ……」

「そもそも、本当に犯人が一緒とは限らないしな。今はまだ同一犯の可能性の方が高いが、手口が同じなだけで別の犯人の可能性は否定できない。それと、模倣犯の類の発生やら、強盗集団の内部分裂やらが起きる可能性はこの先普通にあるんだ。誰の手柄でもいいから、出来る限り早く始末をつけた方がいい」

「想像以上にしっかり考えてんな。親友」

 調査局は国の為に働く機関であり、個人や局の面子なんぞよりも国の利益を守る方が圧倒的に優先事項である。

 守るべきものの優先順位を間違えてはいけないのだ。


「ぶっちゃけた話。欲しければ手柄なんて幾らでもくれてやるよ。まず第一は平穏だ」

「そこで第六局に入るための手土産にすると言う発想をしない辺りが親友だよなぁ」

 ディックが呆れ顔をしている。

 いやまあ、確かに手土産にはなるだろうが……あまり作りたくない前例なんだよな。

 今の貴族と平民の関係を考える、冤罪の温床になる予感がして。


「で、ディックの方はどうなんだ?」

「どうなんだとは?」

 俺もディックに尋ねかける。


「スレブミト羊爵の件だ。そちらまで仕留められるのか?」

「ああ、その事か。実を言うと前々から内偵を進めていてな。あともう少しだ。陛下もスレブミト羊爵を排する事には基本的には賛同されているから、上からストップがかかる心配もしなくていい」

「基本的には?」

「内乱にはするな、と言う事だ。流石に相手が羊爵ともなると、処刑台に送った時のトラブルが大きくなりすぎる」

「なるほどな」

 前々から内偵を進めていた、か。

 だからこそ、今回の事件が起きているのかもな。

 何処からかスレブミト羊爵に話が漏れていて、証拠隠滅を図ったと言うのは普通にありそうな話だ。

 しかし、こうなると……そろそろ証拠隠滅の証拠を隠滅するための動きも始まるか?


「親友。市井の噂はどうなっている?」

「色々とある」

 俺はディックに市井の噂を伝え、ディックからも俺へと貴族間の噂が伝えられる。

 ディックの話の中には、当然のように俺がクロを溺愛していると言う噂も混ざっていたが、俺の動きが怪しまれているような話は無かった。


「上の方からの命令を伝えておく。いざとなればこっちで庇うから、多少の無茶をしてでもどでかい号砲を上げた後に、実行犯であるバグラカッツは確実に生かして捕まえろ、だそうだ。『死体屋』の知識も『雷星』の力もフルに活用してな」

「分かった。拠点を見つけたら躊躇わないでおく」

 俺は自分の指に填まっている黄金色の鱗模様を持った指輪に視線を落とす。

 もしかしたら、久しぶりにアレを使う必要があるかもしれないと考えて。


「じゃ、俺は帰るわ。親友、夜道には気を付けろよ」

「お前もな」

 そして俺もディックも何事も無さそうにしつつ、それぞれの住処に帰った。

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