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第35話:貴族名鑑-2

「水使いだが氷系統、コイツは出力不足、単純に叩きつけるだけ……」

 スレブミト羊爵の配下を調べ始めてから一時間。

 クロの協力もあって、水関係に適性を持った貴族のピックアップは早々に出来た。

 しかし……


「この辺りは違うんですね。理由はこの前言っていたアレですか?」

「その通りだ。氷使いならああ言う切り方にはならないし、射出によって切るのはやり方が分かっていても相応の力が求められる。そして単純に大量の水を叩きつける事が出来るのなら切断なんて手法は使わなくてもいい」

 チットウケ商会の入口の扉の錠を切れる様な糸使いは見当たらない。

 スレブミト羊爵の配下として記録されている貴族の誰も該当しない。


「どういう事でしょうか……」

「まあ、見つからない理由は幾つか思いつくな」

 俺は三本の指を立ててクロに見せる。


「一つ目はスレブミト羊爵が関わっていないパターン。俺の推理間違いや情報収集不足は普通にあり得るからな」

「なるほど」

 とは言え、この可能性は低いだろう。

 羊爵ぐらいの実力者でなければ、この手の後ろ暗い事柄に実働部隊として糸使いが出てくるとは思いづらい。

 自分で動いたらあっと言う間にバレるだろうしな。


「二つ目は第一局の調査不足だが、こっちは少々考えづらいな。第一局の調査能力は別格だ」

「ご主人様、第一局の方の目の前でそう言う事を言うのはどうかと……」

「考えづらいとか、別格とか言っているから大丈夫だ」

 第一局の調査不足はもっと有り得ない。

 何処から調べたのかは分からないが、どこそこの隠し子やら不倫やらの情報まで調査されているのだ。

 漏れもある事にはあるだろうが、今回の犯人ほどの実力者が調査から漏れると言うのは少々考えづらい。


「と言う訳で三つ目。何かしらの理由で普通の貴族名鑑から消されている場合だ」

「消されている、ですか?」

「ああそうだ」

 となれば、何かしらの理由で普通の名鑑から除外されていると判断する方が良いだろう。


「そういう訳なので、案内をお願いできますか? 『インタノレージの乱』でお家取り潰しの上で、特定居住区に住む事などで死を免れた元貴族の資料がある場所に」

「分かりました」

 俺とクロは案内されるままに移動を始める。


「あの、ご主人様。ご主人様が今言った『インタノレージの乱』と言うのは?」

「『インタノレージの乱』はヨル・キート歴370年、今から12年ぐらい前に起きた内乱だよ。理由は知らないが、当時の第二王子であるインタノレージ=ヨル・キートが当時の王と王太子……現王様に対して反乱を起こしたんだ」

「12年前……ちょうど私が生まれた頃ですかね」

「そうなるな」

 俺はクロに『インタノレージの乱』についての簡単な説明をする。

 ちなみに12年前と言うのは、俺が前世の知識を思い出した歳でもある。

 それと、魔物の出現もこの年を境に増えたか。

 色々と重なっている年であるが、あの年に起きた妙な事と言うと……夜空に『災いの赤傘』と呼ばれた真っ赤な星雲が三日三晩出続けた現象くらいか。

 アレは何だったんだろうな、いったい。

 まあ、話を戻すか。


「当時の王太子と第二王子の争いだけあって、ヨル・キート王国を二分する戦いになってな。最終的には当時の王太子が勝利して王位に就き、収まったんだが……収まるのに4年近くかかった」

「4年も……」

「そして、戦いが収まると共に、第二王子の側に付いた貴族たちに処分が下されることになった。大半は死刑と言う形でな」

「っつ!?」

 叛乱の首謀者である第二王子は当然処刑された。

 側近たちも同様。

 麻爵家や石麻爵家でも特に力がない家ならば、直接戦列に加わるほどでなければお咎めなしと言うか、国を傾けないために見逃されたが、綿爵ぐらいからは当主や妻、子供など、かなりの人間が処刑された。

 その影響は今も第七局の人員不足と言う形で残っているぐらいだ。


「どうしてそんなに……」

「魔糸の力はそれだけ敵に回ると危険だって事だ。相応に厳しい姿勢を見せなければ、また叛乱が起きかねない状況だったとも聞いてる。爵位を奪って放逐するだけじゃ駄目で、きちんと始末を付けなければ……先々に何があるか分からない」

「厳しいんですね……」

「まあな。ま、こればかりは仕方が無いさ」

 当時のエクスキュー麻爵家の状況は……死体と死臭に溢れかえっていて、処刑人の一族ですら顔をしかめるような状況であり、俺としてもあまり思い出したい物ではない。

 知識は大幅に増やせたが、同時に色々とこびりついてもいる。


「それに第二王子側に付いた貴族も、全員が処刑されたわけじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「そうだとも」

 やがて俺たちは目標とした棚に着く。

 そして俺はとりあえず適当に一本の巻物を取り出して広げる。


「例えば、コイツ。上の綿爵家の命令でやむを得ず第二王子側に付いたが、これと言った被害を第一王子の側に与えていなかった。なので、この元貴族は爵位は剥奪されたが、家族と共に南の方の田舎で農民として暮らすことを認められている。息子が成長したら地元の羊爵に仕えることが許されている辺り、かなり優遇されているな」

「へー……」

 この巻物の貴族、実際には第一王子側として第二王子の情報を流していたんじゃないか?

 それぐらいの優遇具合だ。

 と言うか、息子が俺の学園での同級生の一人じゃないか。

 名前に見覚えがある。


「ああ、こう言う例もあるな。盗賊討伐なんかで地元の住民から多大な信用を受けていたから、片脚を切り落とした上で、居住地に定められた場所から一生出ない事を条件に助命されてる」

「痛そうですね……」

「死ぬよりはマシって考えなんだろう」

 この元麻爵はしっかり第一王子側に被害を出している。

 だが、戦い方が正々堂々としたものであり、地元だけでなく第一王子側からも助命嘆願があった事もあり、命は助かったようだ。


「ま、そんな感じで此処には第二王子側についていた貴族の名前が記されている。さっきと同じように調べてみよう」

「分かりました」

 俺は棚から何本も巻物を取り出して、中身の確認を始める。

 そうして調べ始める事数十分、俺たちは一つの名前を見つけ出す。


「見つけた。バグラカッツ=ハイプアク。元麻爵、コイツだ」

 それは密かに第二王子の側に食料を供給していたと言う事で爵位を奪われた男だった。

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