第34話:貴族名鑑-1
4月第2橙の日。
第七局に向かった俺にまず届いたのは、ネーメからの二通の手紙。
内容は……片方は前々からの案件で、もう片方は三件目の事件が起きた事を告げる手紙だった。
「今度はどんな方が?」
「ノマーキナイと言う商会が襲われたらしい。手口も現場の状況も前二件と同様。第六局の局長は完全に御冠みたいで、些細な手がかりでもいいから、何かしら見つけたら渡してほしいと書かれてる」
「事件現場に行く必要は?」
「必須ではないみたいだな。まあ、俺としても今日はまず第一局に行く必要があるから、現場の方はネーメに任せよう」
それにしても三件目か……。
此処までの事件を見るとスレブミト羊爵が怪しくて仕方が無いのだが、今回の事件はどうだろうな?
余裕があれば、第一局での申請が終わり次第向かうか。
「此処が第一局だ」
「立派な建物ですね……」
「まあ、別名が『貴族局』で、予算も人材も資源も潤沢だからな。第七局とは比べ物にならない」
俺たちがやってきたのは王城近くにある立派な石造りの建物、『ヨル・キート調査局』第一局。
『貴族局』とも称される建物からは剣の紋様が描かれた黄色い布が提げられており、門の前には衛視だけでなく門番の糸使いも立っている。
「ご用件は?」
「貴族名鑑を拝見させていただきたいと思い来ました。こちらが申請書類になります」
「受け賜わります」
俺は門番に申請書類を渡し、書類を受け取った門番は第一局の建物の中に消えていく。
「どれくらい時間がかかりますか?」
「俺は第七局だからなぁ……今日中に許可を下ろしてもらえれば、だいぶ早いくらいか」
以前にも言った通り、第一局の局員が第七局に入るのは無許可で行けるが、その逆は許可が要る。
そして、この許可を得るのにかかる時間は、局の番号に大きく影響される。
俺も相手も調査局の局員なので、変なのに当たっても申請書類を受け取ってもらえないなんて事は流石に無いが、それでも時間がかかるのは確かだ。
「随分と掛かりますね」
「仕方が無いさ。まあ、何時頃許可が出るかだけ教えて貰ったら、ノマーキナイ家に行って、現場検証をしよう。それくらいの時間はあるはずだ」
「分かり……あ、出てきましたね」
と、ここで第一局の中から、書類を渡した門番が出てくる。
何故か駆け足で、しかも微妙に焦った表情で。
「『ヨル・キート調査局』第七局局員アストロイアス=スロース様」
「は、はい」
俺はその様子に思わず身を正してしまう。
何か書類に不備の類でもあったのだろうか?
いや、それにしては門番の反応がおかしいような……。
「その従者であるクロエリア」
「はいっ!」
クロエリアも俺に習うように背筋を正す。
「お二人に入局及び貴族名鑑の閲覧許可が下りました。今からご案内いたしますので、付いてきてください」
「へ?」
「は、はあっ!?」
そして、門番の言葉に俺は思わず声を上げてしまった。
「え、あ? 俺、第七局ですよ?」
「その……ディック様から事前に申請があったようで、お二人が資料閲覧で尋ねてきたら、最優先で通すようにとの事でした」
「ディック……いや、ありがたいが……」
「えーと……よろしくお願いします」
「とにかくその、付いてきてください」
「分かり……ました」
「はい」
どうやらディックの奴が事前に手を打っておいてくれたらしい。
ありがたくはあるが、想定外でもある。
と言うか、こんなあっさりと第七局の局員を第一局に入れられるなんて、ディックの奴、いつの間にか第一局の中で地位が上がっているのか?
アイツは俺と同い年なんだから、まだ二年目のはずなんだが……。
「こちらになります」
なんにせよ、借りを作ってしまったことは確かなので、情報を得る事の他にも何かしらの形でもって借りを返さないと後が拙そうである。
俺は塵一つなく清められた第一局の廊下を歩きつつも、そんな事を思わずにはいられなかった。
「ここが貴族名鑑の保管場所になります」
「ありがとうございます」
「いえ。では、此処からは資料室担当の者が居りますので、そちらの案内に従ってください」
「分かりました」
やがて俺たちは何百と言う羊皮紙の巻物が棚に収められた資料室に案内される。
ここは貴族名鑑の資料室であり、各貴族の血統や容姿、生没年に関する情報だけでなく、魔糸の量に色、判明しているならば適性に特性、特徴的な使い方を用いるならばその情報まで収められている。
それも彼ら自身が表立って言っている内容ではなく、第一局が裏付けを取った内容でだ。
正に『貴族局』の名に相応しい資料室と言えるだろう。
「『雷星』アストロイアス様ですね。お探しの資料は?」
「……。スレブミト羊爵に仕えている貴族の資料をお願いします」
「分かりました。こちらになります」
俺は次の案内役の局員に用件を告げ、案内をしてもらう。
それにしても、『雷星』の名前を出してくるとは……もしかしなくても、この局員はこの資料室の資料全てを把握しているのだろうか?
うん、有り得そうだ。
第一局だし。
「ご主人様。『雷星』と言うのは……」
「あー、昔ちょっとあってな。その時に付けられた。あまり有名ではないと思うんだけどな……」
「詳しい事は聞かない方がいいですか?」
「今はちょっとな。長い話になるから、機会があればだ」
「分かりました」
俺たちは棚の間を話しながら歩いていく。
他に利用者の姿は見当たらない。
「此処がそうです」
「ありがとうございます」
やがて俺たちはスレブミト羊爵並びにスレブミト羊爵に仕えている貴族たちについての情報が書かれた巻物が並ぶ棚の前に着く。
羊爵だけあって、仕えている貴族の数はかなり多いが……俺の予想通りなら、此処かアチラに目的の資料があるはずだ。
「クロ、文字は読めるか?」
「えーと、少しだけなら……」
「そうか、なら存命中の貴族で、魔糸の適性が水や液体に関係する者を探してみてくれ。こういう単語な」
「分かりました」
俺は空中に魔糸で幾つかの文字を書くと、クロも戦力にして目的の資料を探し始める。
さて、こちらで見つかってくれると話が楽に進むのだが……どうだろうな?