第33話:事件捜査-2
「さてとだ」
「ご主人様?」
局員寮の部屋に帰ってきた俺は身に着ける衣服を金属片が付いているいつもの物から、普通の平民か猟師が身に着けているような装飾の無い最低限度のものに変える。
ただ、全体的に布地が余り気味で、遠目だと正確に身長が分からなくなったり、輪郭がぼやけるような感じになるだろうか。
「クロ、俺はこれから街の方に行って来て、平民のフリをして情報収集をしてくる。クロは……」
「留守番ですね」
衣服と街の方に行くと言う言葉だけでクロは自分が付いていけないと察してくれたらしい。
寂しそうな顔をしつつも、頷いてくれる。
まあ、実際クロを連れて今から行こうとしている所には行けないだろう。
クロの容姿にしろ侍女服にしろ、平民が利用する普通の酒場では悪い意味で目立ってしまう。
だが、ただ留守番をさせる気もない。
「いや、一人でも出来る魔糸の訓練をしていてもらう」
クロ一人でも出来る事はやらせるべきだ。
「いいんですか?」
「全身強化はとにかく慣れだからな。強化と解除を繰り返して、感覚を身に着けた方がいい」
「分かりました」
「ただし、やっていいのは全身強化だけだ。部分的な強化は危険が伴うから、必ず俺が居る時にやる事。それと全身強化をかけたまま動き回るのも、今はまだ止めておくように。まだまだ不安定だろうからな。座ったまま、繰り返すといい」
「はい」
「最後に、部屋からは絶対に出ず、誰かが訪ねて来ても居留守を使う事。何があるか分からないからな」
「分かってます」
と言う訳で、今日の所は魔糸による全身強化の反復練習をしておいてもらう。
全身強化の即時発動が出来るようになれば、クロの魔糸量と特性の組み合わせもあって、大体の状況は切り抜けられるようになるはずだからな。
「それじゃあ、後はよろしく頼む」
「へ?」
俺は窓に足をかけると、全身強化を含めた各種操作と強化を体の各部に施していく。
「ご主人様!? ここは三か……」
「いつもの事だから大丈夫だ」
そして窓から飛び出すと、局員寮の周囲を囲む塀の上に音もなく着地。
そこから更にもう一度飛び降りて、局員寮裏の道路に降り立つ。
で、誰かに怪しまれるよりも早く駆け出して、平民街へと向かう。
これで局員寮から外出した事実なく情報収集に向かえて、局員寮内の犯人側の目も幾らか誤魔化せたことだろう。
「さて……」
局員寮から出た俺が向かったのは、平民街の中でも北側で、スラムに近くもある酒場兼宿屋。
客の入りは中々で、行商人も王都の住民もそれなりに出入りしているようだった。
「いらっしゃい。注文は?」
「軽食と酒を頼むよ。釣りはいらない。部屋の用意もだな」
「あいよ」
俺はカウンター席に座ると、ヨル大銅貨を1枚出す。
そして、お金を受け取った中年の店主は俺の前にパンとザワークラフト、ビール、それにソーセージを出してくる。
全部合わせてもヨル小銅貨30枚も行かないだろう。
なのに、ヨル大銅貨を出したことから何かを察したのか、中年の店主は俺から距離を取ってくれる。
「さて……」
俺はその事に感謝を示しつつ、体内で魔糸を動かし、聴力を強化する。
より正確に言えば、酒場と酒場の周囲一帯の会話が全て聞こえるように鼓膜や耳小骨、蝸牛などの感度を向上、渾然一体となった音から意味ある音だけを抜き取れるように脳の判別する力を強化、これらの強化に伴って身体が受けるダメージをなくすために強度を上げる。
これがクロにはまだ出来ない安全な五感強化の一つ。
魔糸は強化と操作をする部位と能力を限定することによって、より効率よく強力な強化を行う事が出来ると言う知識と、前世の知識を基にした人体に関する知識を組み合わせる事によって、身体強化に適性の無い俺であっても適性持ちと周囲から思われるほどの強化を行える仕組みだ。
「チットウケ商会の件、聞いたか?」
「聞いたよ。家族も従業員も皆殺しだってな」
そして俺は人ならざるレベルとなった聴力によって、人々の噂話に耳を傾ける。
「北の方で鉱山が発見されたって?」
「噂だけどな。だが、出元がよく分からない鉄や銀が出て来てるのは確かだ」
「スレブミト羊爵の領地の検問がやけに厳しくてな。いやー、参った参った」
「まあ、北側は昔から不穏だったが……」
また、スレブミト羊爵か。
それにしても鉱山とはな……金属資源は貴重な物だから、事実なら国に届け出が必要なはずだが。
「北のワインだが、最近は妙に甘いな。砂糖でも混ぜたのか」
「ねえねぇ、そこの貴方、一人なら寄っていかない?」
「今年の天候はどうなるかね。順調なら嬉しいんだが」
「お貴族様は訳分からんよな。通りで見かけた怪しい奴の情報を話しただけで大銅貨だ」
「ったく、誰がフルグール孤児院を潰しやがったんだ……折角の取引だったってのに……」
おっと、怪しいのが居るな。
顔とだいたいの身分を覚えておいて、後で不審者として報告を上げておこう。
「次の青の日は仮面様だってよ」
「ひゅうっ、そいつは楽しみだ」
「ーーーーーー!!」
「あ? 何ガンつけてんだ。テメェ」
「よせ、騒ぎを起こすな」
んー、今日の店は王都の中でも北の方にある店を選んだんだが、それでも北部なまりのある人間が妙に多いな。
北部の方で何かあって、人が流れ込んでいるか?
「酒があまり進んでいないようだな。口に合わなかったか?」
「ん? 一杯は飲み切ってるぞ。追加を頼む」
「そうか。酔わない方なんだな。ま、金を貰っているから、こっちとしては構わんがね」
酒場の店主が追加のジョッキを持ってきてくれる。
なお、俺は肝臓の強化によって酒の無毒化を高速で進められるため、酒に酔うことは無い。
酒周りで俺の不調を招くなら、脱水症でダウンさせる方が簡単だろう。
「しかし、良いソーセージだな」
「マトウニク羊爵領からの輸入品だ。金払いのいい本物のお貴族様へのサービスだよ。分かる奴にはスレブミトのと違いが分かる」
「……」
あ、うん、別の意味で酔いが覚めた。
どうやら、此処の店主は立ち居振る舞いなどから貴族とそれ以外を見極められるらしい。
まあ、この手の店ならそう言う事が出来てもおかしくは無いか。
もしかしたら上客と言う意味でお貴族様と言っただけかもしれないが。
「ついでにもう一つ。スレブミトのワインは止めておけ。最近妙な混ぜ物を始めたらしい。どんな物かは知らないが……酸っぱさが消えた上にやけに甘いそうでな。嫌な感じがする」
「知り合いに伝えておくよ。追加の支払いだ」
「どうも。また来てくれ」
俺は店主に追加のヨル大銅貨を2枚ほど渡しておく。
さて、美味しい情報は得られたが……流石に第一局で調べる必要があるか。
俺はそんな事を考えつつ、尾行されていない事を確かめてから局員寮に戻った。
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