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第32話:事件捜査-1

「さて、今日からは本格的な捜査と行くぞ」

 ディックの従者がたぶん囮として活動していた翌日、4月第2赤の日。


「本格的な捜査、ですか?」

 俺とクロは身なりを整えると、フルグール孤児院があるスラム方面に向かって朝から歩いていた。

 目的は言うまでもないフルグール孤児院強盗事件の捜査だ。


「ああそうだ。事件からもう一週間近い。これだけ時間が経てば、だいたいの人間はあの時何があったのか、細かい部分については忘れている事だろう」

「……」

 俺の言葉にクロが悲しそうな顔をする。

 殺された孤児院の子供たちの存在が忘れ去られつつあると捉えたからだろう。

 だがしかしだ。


「だが、人間ってのは衝撃的な光景まであっさりと忘れられるものじゃない。自分の身にも何かが起きるかもしれないと思って、黙っていられるものでもない。そして、一週間何事もなく経てば、監視の目などなく報復を恐れる必要などないのではないかとも思い始める」

「……。つまり、今なら調べられる?」

「ああそうだ。監視が無ければ何も問題は無し。仮に監視があっても、このタイミングで無能な調査局の局員が一人来て、何か話をしていっても、問題と捉える様な奴はまず居ない。今が境目なんだ」

 まだ忘れられるには早い。

 荒事のプロであろう犯人たちにとっては日常であり、直ぐに忘れる様な事柄であっても、皆殺しなどと言う衝撃的な事柄を一般の人間が忘れる事は、よほど図太く忘れやすい人間であってもまだまだ忘れられない出来事である。

 だから今ならば、まだ調べられる。


「隊長。調子はどうだ?」

 さて、そんな目論見の下に俺たちがまずやってきたのは?

 フルグール孤児院強盗事件の現場を見る時に協力してもらった衛視たちの詰所である。


「ア、アストロイアス様!? どうしてこちらに……」

「少し話を聞きに来ただけだ。詰所の前に貴族が居ても邪魔だろうし、奥の方で静かな部屋があるなら、そこで話をしよう」

「分かりました。どうぞこちらへ」

 俺たちは隊長の案内で詰所の奥へと進む。

 そして通された部屋は尋問室のようなところで、他の部屋に比べれば機密性が高そうな部屋だった。

 なるほど、この部屋ならば大丈夫そうだ。


「隊長、最近変わった事は? 特にここの衛視たちの身の回りでだ」

「何もありませんね。脅されたり、不審な人間を家の周りで見かけたと言う話も聞いていません」

「そうか。それは良かった」

 隊長に嘘を吐いている様子などは見られない。

 どうやら本当に衛視やその家族の身には何も起きていないようだ。

 早々に遠ざけた甲斐があると言う物である。

 クロも何処か安心している。


「ただ、少々厄介な案件を抱えてはいます」

「厄介な案件?」

 しかし、何も起きていないわけではないらしい。


「どうやらフルグール孤児院の院長は、複数の人間に自分が死んだら孤児院の敷地を好きにしていいと言う契約書を書いていたようなのです。それで、フルグール孤児院の人間が誰も居なくなった今……」

「自分こそが正統な土地の保有者であると言い争っているわけか」

「そうです。そして、何故か、その仲裁をウチに求めてくるのも居るんです」

「どう考えても衛視の仕事ではないはずなんだがなぁ……」

「まったくです……」

 俺は半ば呆れ気味に隊長の言葉に同意を示す。

 恐らくだが、フルグール孤児院の院長の事だ、どの契約書も本物だろう。

 自分の死後、密かにお譲りしますだとかなんだとか言って、契約書と引き換えに色々とくすねていたのだろう。

 そんな感じの事をクロにあり得るかと尋ねてみたら、クロからも何の躊躇いもなく同意を得れてしまったので、確定でいいはずだ。


「ご主人様。本来ならこういう時はどうなるのですか?」

「んー……普通なら役人か、裁判所か……念入りに調査が必要なら、土地は財産だから第二局の管轄だな。相手が平民である事を考えれば第六局の可能性もあるが……。明らかに孤児院長はアウトで、契約書を交わしていた連中の大半もアウトな側だからなぁ。そうなると、王国が接収する可能性もあるか」

「そうですか」

「いずれにせよ、衛視の詰所に来て、訳の分からん訴えを出している連中は第六局や第二局送りでいいだろう。衛視の仕事でない事は間違いないわけだし」

 フルグール孤児院がどうなるかについては、王国が接収して、何かに使うのが一番あり得るか。

 敷地そのものは結構広いしな。


「……」

「ご主人様?」

「いや、何でもない」

 ただ、その場合には周囲のスラムごとになる気がしなくともない。

 スラムの住民はだいたいが違法に住んでいるが、一々捕らえてもキリがなく、大半は労働力として国にきちんと奉仕しているとも言える存在。

 しかし、違法は違法であるため、こういう時に強制退去となる可能性は決して低くはないのだから。

 まあ、俺にどうこう出来る分野ではないな。


「隊長。詰所に訴え出てきた人間の名前を教えてもらってもいいか」

「分かりました」

 隊長が名前を挙げていく。

 聞いたことがある名前もあれば、聞いたことが無い名前も混じっている。

 どうやら、フルグール孤児院の院長はだいぶ手広くやっていたらしい。

 名前の大半は金持ちの商家で、一部だが貴族も混じっている。


「こんなところです」

「なるほど……助かったよ。隊長」

「い、いえ。この程度でよければ」

 しかし、以前クロから聞いたフルグール孤児院を訪ねた客の名前が幾つか欠けていた。

 他の名前から考えて、混じっていてもおかしくなさそうな名前も含めてだ。


「今ので何か分かったんですか? ご主人様」

「ああ、やっぱり怪しいのが居るな。第二局の方で正式な訴えが出ているかを確認する必要はあるだろうが、この筋から少し調べられそうだ」

 俺とクロは隊長に謝意を示すと、詰所を後にした。

 それからフルグール孤児院の周囲のスラムで少し話を聞いてみて……俺は疑いを強めた。

 フルグール孤児院はやけに気にしている癖に、土地については無関心な貴族が居たからだ。


「とりあえず今日はもう遅いし、一度局員寮に戻ろう」

「分かりました」

 調べる価値はある。

 俺はそう判断して、クロを局員寮の俺の部屋に送っていくことにした。

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