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第3話:出会い-2

「さて……」

 市場から少女を連れ去った俺はそのままの状態で貴族街へと歩いていき、誰に咎められることもなく『ヨル・キート調査局』の局員寮の裏口にまでやってきていた。

 まあ、咎められるなど有り得ない。

 陽が沈んだ後、夜の貴族街は夜会が開かれている屋敷を除けば基本的に静かで暗く、道を歩いて移動する者など皆無なのだから。


「命が惜しかったら、逃げ出そうとしたり、俺が許可しない限りは口を開くなよ。お前が馬鹿な真似をしなければ、痛い思いは絶対にしないし、させない」

「……」

 五階建て、石造りで、巨大な建物と言う、まるで城塞のような建物の裏口前で、俺は少女を肩から降ろすと、そう声をかける。

 対する少女は明らかに怯えていて、寒さとは別の理由で体を震わせている。


「とりあえず寮監にだけは話を通しておかないとな……行くぞ」

 さて、何故少女を此処まで連れてきたのかと言えば……幾つか確かめたい事があったからだ。

 その為には、腰を据えて話し合える場所が必要だった。

 で、本来ならば『ヨル・キート調査局』の第七局で適当な部屋を借りて話を進めるのが適切なのだが、既に陽は落ちており、第七局の扉も閉まっている。

 そして、残念ながら俺には今回の話を出来るだけの機密性を有する部屋の心当たりが、この寮以外に無かった。

 だから俺は少女を局員寮に連れてきたのだった。


「スラムの少女を連れ込むか……まあ、いいだろう。他人の趣味について何かを言う気はない。ただ、管理はしっかりするように。責任は全てお前にあるのだからな」

「そこは分かっていますのでご安心を」

「……」

 寮監からの許可はあっさり下りた。

 まあ、他の局員の中にも娼婦やら町娘やら連れ込んでいる局員は居るし、そもそもこの寮は貴族が使う寮であるために、各部屋につき一人までなら従者を雇って置いていいことにもなっている。

 だから、連れ込んだ相手が問題を起こせば、連れ込んだ人間もろとも処罰されると言うルールこそあるが、許可が下りるのは当然とも言える。

 なお、寮監の言葉に副音声として幼女趣味(ロリコン)と言う言葉があったのは気にしない。

 傍から見ればそうとしか見えないのは事実であるのだし。


「すみません、盥一杯のお湯と二人分の食事を至急お願いします」

「お、アストにしては珍し……二重の意味で珍しいな。ま、問題は無いが」

 自分の部屋に向かう前に、俺は食堂に勝手口の方から顔を出すと、食堂の従業員に数枚のヨル大銅貨を握らせることで湯と食事を頼んでおく。

 当然、少女の姿は見咎められ、先程の寮監と同じような反応を示されるが、俺は分かっていて無視する。

 そう思われておいた方が安全でもあるからだ。


「此処が俺の部屋だ。中に入れ」

「……」

 そうして必要な物の手配を終えた上で、俺は寮の3階にある自分の部屋の前へと移動。

 分厚い木製のドアを開けると部屋の中の蝋燭に火を点けて、少女を部屋の中に入れる。


「ふう、これで一安心というところか」

 そうして無事に少女が部屋の中に入ったところで、ドアの鍵を閉め、俺は思わず大きく息を吐く。

 此処、『ヨル・キート調査局』の局員寮は綿爵、麻爵、石麻爵と言う下級貴族の中でも実家に部屋が無いような人間だけが入る職員寮の一種であるが、それでも貴族が使うだけあって、平民の住居や宿とは比べものにならない程に機密性や遮音性に優れている。

 それこそ、上下左右の部屋で大声を発するような行為が行われていても、普通なら気づかないほどだ。


「ああ、とりあえずそこの椅子にでも座って……」

 俺は少女を椅子に座らせようとした。

 しかし、職員寮備え付けのシンプルなデザインだが質のいい椅子に少女は気おくれしたのだろう。

 少し周囲を見渡した後、木張りの床に直接腰を下ろしてしまう。


「まあ、誰かに見咎められても面倒になるか。ならそれでいい」

 俺は身に着けていた金属片付きの革のコートと帽子をハンガーにかけ、コートの下に仕込んでおいたナイフも同様に壁へ掛けておく。

 そして、軽く肩を回して、コリをほぐしておく。

 俺としてはただそれだけだったのだが、少女は俺が肩を回した瞬間に動揺を見せた。

 スラムに住んでいる少女と言う時点で、質のいい生活をしていないのは分かっていたが……どうやら、気を引く役をしていた子供たちと一緒に碌でもない大人に飼われていたようだ。


「心配しなくても痛い思いはしないしさせない。ヨル・キート王国スロース麻爵家の三男坊、アストロイアス=スロースの名に誓ってな。そして、この部屋の中でならどれだけ騒いでも外には漏れないから、口を開いてもいいぞ」

 俺は少女から腕二本分程度の距離を取った上で、直接床に座る。

 そして、俯いている少女の顔を真っ直ぐに見据え、両手を床に付けながら、そう宣言する。


「で……」

 さて、何処から話をするべきか。

 俺は少しばかり悩む。

 少女にしても、何故盗みを働こうとして捕まったのに、どちらかと言えば優しくされているのかと理解出来ない事が起きているのが現状である。

 出来る限り分かり易く、筋道を立てて話をするのが正解だろう。


「まずは自己紹介からするべきか」

 そこで俺はまだ少女の名前すら知らない事に気付く。

 別の事柄に気を取られていて、そんな基本的な事も忘れてしまっていた。


「俺の名前はさっきも言ったが、アストロイアス=スロースと言う。スロース麻爵家の三男坊。貴族と言っても家も継げず、『ヨル・キート調査局』第七局の下っ端として日々働いている木っ端の役人だ」

 俺は改めて自分の名前を告げる。

 まあ、少女の生活環境からして『ヨル・キート調査局』の名前は分かっても、スロース麻爵家と言う名前……と言うよりは麻爵と言う地位がどの程度なのかも分からないだろうが。


「お前の名前は?」

「……」

 少女は未だに俺と目を合わせようとせず、目どころか顔も碌に見えないような角度で俯いている。

 ただ、さっきと今では微妙に怯えの種類が違うような気がする。

 何と言うか、暴力に対する怯えではなく、未知の何かに対する怯えのようだった。


「……」

 だが俺は怒りもせず、促しもせず、じっと待ち続ける。

 距離を取って、手を着いて、害がないことを出来る限りアピールしつつ、少女が自分から口を開くのを待つ。


「ク……クロエリア……です」

 やがて、少女は顔を上げて、クロエリアと言う自分の名を口にした。

 だが、少女の名前以上に俺が驚かされたのは、クロエリアの容姿。

 汚れと染色では説明がつかない漆黒の髪と褐色の肌に、見る者を惹き付けて止まないアメジストのような紫色の瞳だった。

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