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第28話:身体強化-1

「良く似合っているぞ。クロ」

「あ、ありがとうございます。ご主人様」

 局員寮に帰ってくると、ディスガーシャ服屋からクロのメイド服が届けられた。

 俺は品の内容に問題が無いことを確認すると受け取り、ほつれ一つないメイド服を試しに着てもらった。

 うん、分かってはいたことだが、実に可愛らしく、とてもよく似合っていた。


「さて、そろそろ今日の魔糸についての話だな」

「はい」

 その後、いつものように食事と体拭きを終えた俺とクロは二人で部屋の真ん中に立つ。

 なお、クロの服装は万が一に備えて、中古のメイド服に戻してある。

 たぶん大丈夫だと思うが……こういう時は最悪を想定しとくのが基本だ。


「今日は魔糸を使った身体強化の基礎を教えようと思う。使えて困ることは無いし、クロの服が来た以上、明日の白の日辺りには、流石に隣の部屋を使えるように掃除しないといけないからな」

「分かりました」

 明日の白の日は基本的に休みの日だ。

 調査局の局員も同様であり、白の日でも調査を進めるとなれば、相当の重要案件か緊急案件と言っているような物であり、今回の相手がそれを目撃すれば……まず間違いなく警戒度を上げてくる。

 それは口封じが容易そうな俺とクロにとっては確実に拙い事だろう。

 だから明日は表向きは掃除と日用品の買い出しに費やす。


「身体強化の基礎は魔糸と自分自身を繋いで、全身をくまなく一様に強化する事だ」

 俺は胸の辺りから金色の魔糸を出すと、それを自分の体に繋いだ後、血流に乗せるように頭、両手、両足とゆっくり広げていく。

 すると俺の全身が金色で光り輝くようになる。

 これが身体強化の基礎である全身強化である。

 この状態であれば、体のあらゆるスペックが向上。

 五感は鋭くなり、皮膚は強靭さを増し、駆ける速さも殴る力も増し、病気や毒にも強く、栄養の吸収効率も上がり、何より重要な事として全身の強度としか称しようのない頑強さが大きく増す。

 ただ、当然の話として、何かに特化して強化するのに比べれば上昇量はかなり控えめな物になるが……基礎があってこその応用、身体強化を覚えるならば、まずはこれである。


「綺麗ですね……」

「目立つから、普段は見えないように……体外に糸が漏れないように強化を施しているけどな」

 なお、俺は普段から全身強化を行っている。

 しかし、その際には魔糸の一片も漏れないように強化を行っているため、傍目には強化を行っているとは思われていないだろう。

 そして、日頃の慣れから身体強化の応用も一瞬かつ傍目には見えない形で行えるようになっている。

 継続は力なりとはよく言ったものだ。


「まあ、とりあえずはやってみてくれ。それで、上手くいったと思ったら、声とかは出さずに頷きだけしてくれ。俺の言葉への返事も要らない」

「分かりました」

 クロが右手の掌から黒紫の魔糸を出して、自分の胸に当てる。

 すると黒紫色の光が胸元に宿り、それから少しずつゆっくりゆっくりと……俺がやった時の半分以下の速さでクロの全身に広がっていく。


「……」

 五感の強化が始まったのだろう。

 クロの瞬きの回数が明らかに増える。

 筋肉の強化によって体は軽く感じていくだろうし、胃腸の働きが良くなって胃袋の中身が消えるのも早まっているかもしれない。


「危険を感じたら、その時点で止めていい。こう言うのは少しずつ進めていくものだ」

 いずれにせよ、未強化の状態と今の状態では大きな差がある。

 それは軽度なら違和感で済むが、重度なら危険すら覚えるだろう。

 慎重に進めていった方がいい。


「……」

「そうか。上手くいったか」

 ただ、クロの才能は俺が思っていたよりも遥かに優れたものであったらしい。

 クロの魔糸はクロの全身を覆い、その状態で安定していて、クロはゆっくりと頷いている。

 いや、もしかするとクロの魔糸の特性……異常な粘性が安定状態を保つのに寄与しているのかもしれない。


「じゃあ、自分が出せる最小の大きさだと思う声を出してみてくれ」

「……。分かりました」

 クロの口が小さく動く。

 しかし、聞こえてきた声の大きさは普通に話すのと同じような大きさの声であり、クロ自身も驚いている。


「これが全身強化だ。自分の体の全てを強化するから、声の大きさとかまで強化される」

「これは……気を……付けないと……危ない……ですね」

「まあな」

 クロは声量に気を付けて喋っている。

 まあ、今の状態でこれと言う事は、全力で叫んだら周囲の人間の鼓膜を破るぐらいは出来るだろうし、そうでなくとも夜に大声を出すのは心情として避けたいだろう。


「だから、今の何でもかんでも強化されている状態から、強化する必要のない部分の強化は減衰したり解除したりして、使い易いように自分なりに調整していくんだ」

「どう……すれば?」

「その部分に割いている意識を薄くする、と言うのが基本だが……こればかりは個人的な慣れによるところが大きいからな。今はオンとオフを繰り返して、全身強化の感覚そのものに慣れることを優先した方がいい。出力の調整はそれからだな」

「分かり……ました」

「と言う訳で、まずは一度解除してみてくれ」

「は……い……」

 クロが魔糸による全身強化を解除し始める。

 指先から順に、黒紫の輝きが消えていく。

 ただ、その速さは強化を行った時と同じか、それ以上に遅い。

 クロが恐る恐る消していると言うのもありそうだが、特性による部分も多そうだ。


「……」

 それにしても、ただの全身強化で小声が普通の話声になる……か。

 そんな事は俺やディックでは絶対に起きないし、10巻き以上の魔糸を持った身体強化への適性を持つ絹爵でも有り得ないだろう。

 しかし、クロはそんな有り得ないを生じさせてしまった。


「ご主人様?」

「クロ、話しておくことがある。お前の魔糸の量についてだ」

 ならば、取り返しのつかない事態を起こす前に説明をしておくべきだろう。

 この国では魔糸の量はそのまま爵位にも繋がるのだから。

 だから俺は全身強化の解除を終えたクロを座らせると、説明を始めた。

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