第25話:二つ目の事件-2
「順に説明しましょうか」
「頼む」
模擬戦の組み合わせは……水の適性持ちと金属の適性持ちか。
片方は自分の周囲に水の球体を三つ浮かせていて、もう片方は金属製の剣と金属で補強した革の盾を持って構えている。
「事件が起きたのは昨晩遅く。周囲の家屋の住民が完全に寝静まった後だったようね。ただ、事が起きている間に犯行に気付いた人間は……幸か不幸か誰も居なかったようね」
「それは……きっと幸運だったと思います。もしも気付いてしまっていたら、その気付いてしまった人は殺されていたと思いますから」
「そうね。フルグール孤児院の時を考えると、そうなっていたでしょうね」
模擬戦が始まる。
水が中に入れられた青い糸の動きに沿って鞭のように飛び出す。
それを剣持ちは黄色い糸で剣と盾を強化した上で振るい、切り払ったり防いだりすることで凌ぐ。
「被害者は当時店に居た全員。正確には商会長、妻、子供、従業員、合わせて15名。商会長はさっき言った通りに念入りに殺されていた。他は……多少の抵抗の後は見られたけど、ほぼ一方的に殺されたようね。妻や子供に至っては寝ている間に一撃で殺されたようね」
「その辺はさっきの資料で見たな。死体は改めて俺も見た方がいいか?」
「時間があるなら、現場と合わせて見てもらえると助かると責任者は言っていたわね」
「そうか」
動きは……悪くはないが、良くもない。
恐らくだが、どちらも4月に入局したばかりの新人だな。
水の鞭は動きが単調だし、剣の方も攻めに転じられていない。
「お金や帳簿の類は消えていた。それから商品も幾らか無くなっていたそうよ。ほぼ間違いなく、犯人が持ち去ったんでしょうね」
「金はともかく帳簿までもか。となると、その帳簿に何かあったとみるべきなんだろうな」
「フルグール孤児院でもなくなっていた、と言う話でしたよね」
水の鞭が右、左、上、次はその逆に。
それなりに素早いが、繰り返しになってしまっている。
「チットウケ商会そのものについては……まあ、消えてくれて喜ぶ人間の方がいいわね。さっきも言った通り、阿漕な方法で稼いでいたのは確かだから」
「具体的にはどんな稼ぎ方をしていたのですか?」
「酒の類を水で薄める。上質な小麦に品質の悪い小麦を混ぜる。他にもまあ、色々ね。ただ、食えない物、腐った物を混ぜているわけではないし、衛視から咎められることは在れども、調査局が手を出すほどでは無い。と言う感じね」
「あ、割とマトモですね。てっきり泥水を混ぜたり、白砂を混ぜていたりしていたのかと」
魔糸による操作はそれぞれの得物にだけ集中していて、状況に応じて特定の性能にだけ強化するような使い分けが出来ていない。
だがそれでも学園で学んだ糸使いだけはあって、水の鞭と鉄の剣による打ち合い自体は激しさを増していく。
「……。まあ、スラム育ちだとそう感じるわよね」
「本当に悪質な連中は平然と毒を混ぜるからな……もっと酷いのだと、ワインに鉛を混ぜたりしてくるが」
「ワインに鉛?」
「何よそれ」
「分かり易く言えば、遅効性の毒だよ。味が良くなるから気付いた時には手遅れってな」
「「……」」
三本の水の鞭が順々に振るわれる。
傍から見ている分には単調極まりない攻撃であるが、受けている方としてはかなり厳しい攻撃なのだろう、少しずつ体勢が崩されていく。
「アスト。アンタって昔から、出所の分からない謎の知識を出してくることがあるわよね……」
「ちなみに症状としては、痛風、体の不調、それから精神障害と言う感じだな。分かり易く言えば発狂する」
「怖いですね……」
と、ここで水の鞭による強力な一撃によって剣が持ち手の手から弾き飛ばされる。
そこまでは良いのだが……
「くっ!?」
「よしっ!」
剣は俺たちが居る場所に向けて弾き飛ばされた。
おまけに剣の持ち手は、剣が弾かれてもなお糸による強化を止めていないようで、手から剣に向けて黄色の魔糸が伸びている。
避ければいいが……止めるか。
「剣が……」
「危ないっ!」
「アスト!」
「ご主人様!」
俺は魔糸を自分の右手に集める。
そして皮膚を対斬撃特化、その下の肉やら骨やらを対衝撃特化で強化。
「はいっと」
で、剣を受け止めた瞬間に俺の魔糸と、剣の持ち主の魔糸と剣との接続部分の両方を繋いで、剣から魔糸を引き剥がす事で剣にかけられている強化を解除。
普通の金属製の剣になったところで、乾いた音を立てつつ、難なくしっかりと受け止める。
「「「は?」」」
「いや、そこは避けなさいよ。アスト」
「避けて誰かに当たっても面倒だろ」
周囲の反応としては……ネーメ以外は唖然としていて、俺の実力を知っているネーメは呆れている。
模擬戦をしていた二人は、水の鞭の方は勝ち誇った顔で三本の水の鞭を相手に突き付け、剣の方は悔しそうな顔をしている。
どうやら二人とも自分たちの行動がどういう結果をもたらしそうになったのか気付いていないようだ。
ああいや、剣の方は魔糸が剥がされた事で気付いたか、だが少し遅い。
なんにせよ、これは調査局の人間として少々問題である。
「ちょっと行ってくる」
「手加減してやりなさいよ……」
俺は剣の刃を握ったまま、模擬戦をしていた二人に歩いて近づく。
その頃には模擬戦をしていた二人も事の拙さに気付いたのだろう、顔を青ざめさせている。
「水の方、剣を弾くなら下に弾け。乱戦で同じことをやったら味方に被害が出るぞ」
「は、はい!」
「剣の方もだ。剣を弾かれたら、その時点で少なくとも強化は止めておけ。あのまま飛んだら岩どころか鉄も切れるんだぞ」
「は、はい……」
二人とも俺が何処の誰か分からず、だが、強化のかかった剣を平然と正面から受け止めたことで、格上の貴族だと判断しているらしい。
背筋を正して、真剣に話を聞いている。
そう言う事なら、まあ、俺が第七局だとは言わないでおこう。
揉めることになりそうだ。
「糸使いとして威力を追い求めるのは大切な事だし、学園でもそう教わった事だろう。が、調査局としての実戦を考えるなら味方を巻き込まないように使えるようになる方が先だ。仲間や証拠を傷つけてからごめんなさいじゃ遅いんだからな」
「は、はい! 申し訳ありませんでした!」
「ご指導! ありがとうございます!」
俺は剣を返すと、クロとネーメの方へと戻る。
まあ、こんな物か。
ところで二人の所に戻ってくる途中で、二人の会話が聞こえてきた。
「クロエリア。一応言っておくけど、アレを真似しようと思っちゃダメよ。アストの魔糸関係の理不尽さは魔物並み……いや、魔物以上だから」
「魔物ですか?」
「ああ、知らないか。そうよね。と言うか、クロエリア。貴方はアイツに変な事されていないわよね。もしも何かされていたなら私に言いなさい。幾らアイツでも幼馴染の言葉は聞くはずだから」
「だ、大丈夫です。昨日もその、気持ちよくしていただきましたし……」
「……。へぇ、そうなの……。アストの奴、良い度胸ね」
早急に誤解を解く必要がありそうだ。
クロの事情を一部ではあるが話すことによって。
「ネーメ。話がある。現場に行く道すがらでいいから話させてくれ」
「ええ、そうね。場合によっては幼馴染を辞めさせてもらうから、言葉はよく選びなさいよ」
「えーと?」
そうして俺はクロとネーメを連れて、事件現場であるチットウケ商会へと向かった。
絶対にまねしないでください