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第24話:二つ目の事件-1

「ごめんなさいご主人様……」

 4月第1紫の日。

 俺は午後から第七局に行き、それから直ぐにネーメの要請で第六局に向かう事になった。

 で、クロが落ち込んでいる理由としては……。


「そんなに心配しなくても大丈夫だ。俺は頑丈だからな」

「でも、午前中はずっと……」

「その午前中でしっかりと治したから大丈夫だと言っているんだ」

 昨夜、俺がクロの魔糸を体外に引きずり出した際、クロが自分の魔糸を身体能力の強化と言う形で暴走させ、強化された左腕で俺に抱き着いた結果として、俺の肩の骨にヒビが入った為である。

 まあ、落ち込むのは分かる。

 自分の力を暴走させて、意図せず誰かを傷つけてしまったのであれば、真っ当な精神を有する人間なら普通の反応だ。

 そして、抱き着いた先が魔糸による身体強化に慣れた俺だから、肩の骨にヒビが入るだけで済んだし、直ぐに治す事も出来たが……これが普通の人間だったら、惨事になっていたことは確かだろう。


「……」

「気に病むなら、今後は魔糸を暴走させないようにしっかりと訓練を積み重ねる事を考えてくれ。自分の意図した通りに扱えるようになれば、今回のようなことは起こさずに済むからな」

「はい」

 とは言え、落ち込み続けても困る。

 表には出ていないが、クロは孤児院の件もあって、精神に大きなダメージを負っているはずの状態であり、そこに今回の件のダメージが加わり続けたら、それこそ致命的な暴走に繋がりかねない。

 そうなったらクロ自身も危険だし、俺もただでは済まない。

 だから、早い所気持ちを持ち直してほしい所である。


「しかし、第六局からの呼び出しとは……何かあったか?」

 俺は第六局に向かう道すがら、何処か険しい感じで道を行き交っている人々の様子や会話を窺う。

 聞こえてくるのは、殺しや強盗、それに皆殺しだと言う言葉。


「ご主人様。もしかして……」

「二件目かもな……。王都から逃げていなかったのは幸いだが、二件目が起こされたのは悔しいな……」

 クロもスラムの孤児として必要な技能の一つだったのだろう、俺と同じように人々の言葉を聞き取っている。

 そして、聞こえてきた内容から、同じ結論に至ったらしい。


「まあ、詳しいことはネーメに聞いて、可能なら現場なり死体なりを見せてもらうとしよう。主導権が第六局に移る可能性はあるが……やる事が変わる訳じゃないしな」

「はい、ご主人様」

 何があったのかの推測は出来た。

 だが確定ではない。

 だから俺は第六局への足を速めるに留めた。



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「二件目が起きたわ」

「やっぱりか」

「……」

 そして、俺とクロの予想が裏切られることは無かった。

 第六局にあるネーメの部屋に入って、まず最初に投げかけられた言葉がこれだったからだ。

 だから、俺は思わず帽子を深く被って哀悼の意を心の中で浮かべ、クロは悔しそうに拳を握った。


「一応聞くが、同一犯だとする根拠は?」

「一人も逃がさず、近隣住民にも気付かれずで皆殺しにした手際もだけど、今回の死体にもフルグール孤児院長と同じように骨ごと鋭利な刃物で切り裂かれた死体があったの。他の死体の殺し方も一致するものが多いわ」

「なるほど」

 ネーメの出してきた、死体の状態をまとめた資料を見て、俺は同一犯である事を確認する。

 俺ほどに詳しくは見ていないようだが、一致する部分は確かに多い。


「で、アスト。資料は?」

「持ってきた。と言っても本格的な捜査は今日からする予定だったからな。大した情報は無いぞ」

「相手のだいたいの身長とかが分かっているだけでも違うわ。ちょっと待って、直ぐに責任者に渡してくるから」

「分かった」

 俺はフルグール孤児院強盗事件の資料をネーメに渡し、受け取ったネーメは資料を持って部屋の外に出て行く。

 そして、数分ほど経ったところで戻ってくる。


「それで今後は?」

「アストはアストでフルグール孤児院強盗事件を調べて欲しい。だそうよ。ほぼ間違いなく同一犯だろうけど、一応別の人間が犯人の可能性もあるそうだから。それで有益な情報があれば共有したい、だって」

「分かった」

 有益な情報があれば共有か。

 そうして一番美味しい所は第六局の誰かが持っていく、と。

 ま、それは別にどうでもいいな。

 俺にとって最も重要なのは犯人が捕まって、王都の平穏が取り戻される事なのだから。

 クロには思うところがあるかもしれないが……納得していないなら、後で説得するか。


「少し、外を歩きながら話をしましょうか」

「分かった」

「はい」

 俺とクロはネーメに連れられて部屋の外に出る。


「今回の件、貴族が関わっていることは間違いないわ」

「まあな。でなければ犯人たちの中に糸使いが居るはずが無い」

 第六局の中は第七局の中と違って常に人が行き交っている。

 また、誰もが何かしらの仕事を抱えていて、忙しそうにしている。


「で、問題はその糸使いが何者かで、誰の意図に従って動いているか。本当に同一犯なら、フルグール孤児院と二件目で共通した名前が出てくるとは思うのだけど……」

「そう言えば、推定二件目の被害者が誰なのかを俺は聞いていないな。何処の誰なんだ?」

 勿論、仕事と言ってもその内容自体は色々だ。

 書類仕事もあれば、来客の対応もあるし、訓練を行っている者たちも居る。


「襲われたのはチットウケ商会。多少阿漕気味な方法で稼いでいた商会ね。当時店に居た人間は全員殺されたわ。特に商会長は念入りで、首を落とされた上に頭を潰され、胸を例の綺麗すぎる傷が出来る刃で貫かれていたわ」

 さて、糸使いの訓練となると、単純に魔糸の扱い方を学ぶものもあれば、実戦にかなり近い模擬戦の場合もある。

 今、周囲の建物より一段低くなった場所に作られた第六局の中庭で行われているのは、ほぼ実戦形式の模擬戦のようだった。

 俺は模擬戦の様子を眺めつつ、ネーメの話を聞くことにした。

01/16誤字訂正

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