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第23話:強盗たち

犯人側の視点となります

 ヨル・キート王国、王都ヨル・キート・シャトル。

 広大な王都の一角に建てられた石造りの建物の中に男たちは居た。


「ツーペア」

「スリーカード」

「ブタだ。ちっ」

 彼らは思い思いに時間を過ごしている。

 木札によるポーカーに興じる者も居れば、食事を摂っている者も居るし、何か考え事をしている者も居る。

 そして、一般市民が持つには剣呑すぎる剣や槍と言った武器を手入れしている者も居れば、外の様子を油断なく窺っている者も居た。

 彼らに共通しているのは全員が鍛え抜かれた肉体を持っている事と、張りつめた気配を纏っている事だった。


「頭。例の件、調査してきました」

「そうか、聞こう」

 そんな中、外からやってきた男の一人が、部屋に居る男たちの中では鍛え方が少し足りていない、頭と呼ばれた男へと近づいていく。


「それで、どうだった?」

 頭と呼ばれた男は手に持っているワインを自分の口に運んだ後、外からやってきた男にも杯ごと渡して飲ませる。

 褒美として渡された甘いワインは喉を潤すにも、口を軽くするにも、気を良くするのにも十分な効果があった。


「フルグール孤児院の件を担当しているのは調査局の人間だけです。なんでも責任者が衛視には関わるなと厳命したそうで」

「ほう……」

「で、肝心の調査局のお貴族様ですが、担当者になっているのは三人ですね」

「名前は?」

「勿論、調べてきましたよ。相手の口が軽くて助かりました」

 頭は新しいワインを杯に注いでは飲みつつ、部下の男の話を聞く。


「一人目はネーメリア=エクスキュー。第六局だそうです」

「エクスキュー……処刑人の家か。婿探しの小娘と言ったところか?」

 エクスキュー麻爵家は代々王都での処刑を取り仕切る一族である。

 彼らは政治的に中立である事を保つことで、自分たちの安全を確保している。

 娘本人の性格にもよるが、こちらのバックを考えれば、現時点では気付いた時点で手を引っ込め、口を噤む事だろう。

 故に気にする必要は無いと、頭は判断した。


「二人目はディック=ヨリート。第一局だそうで」

「ヨリート? 歳は幾つくらいだ?」

「三人とも、去年入局だそうですから……19歳ですね」

「となると四男坊か。だが、あそこにディックなんて名前のガキが居たか?」

「頭?」

「いや、なんでもない。私に聞き覚えが無いと言う事は、コネで入局しただけだろう」

 ヨリート綿爵家はヨリート河の管理を任されている一族だ。

 王都を貫く河の管理を任されている彼らの力は、こちらのバックとそこまで変わらない。

 いや、下手に手を出せば王家が出てくる可能性を考えると、上と言っても良いかもしれない。

 だが、そんな家の生まれであるのに、自分の耳に今まで話が入って来なかった事を考えると、第一局の局員と言っても実家のコネで入局しただけのお坊ちゃんだろう、ならば放置しておく方が都合がいい、そう頭は判断した。


「三人目はアストロイアス=スロース。第七局で、名義上責任者はコイツです」

「ぶっ、第七局が責任者。しかも19って事は一年引き取り手が出なかったのか」

 頭は部下の男の言葉に思わず吹き出していた。

 穀潰しの第七局の局員に、スロースなどと言う聞いたこともない家の人間に、捜査の責任を押し付ける、この時点で調査局のやる気のなさが知れたからだ。

 むしろ、捜査に失敗してくれれば、大手を振って要らない人間を処分できるとまで調査局の上層部なら考えていそうだ、これが頭の思ったところだった。


「ぶは、ははっ、ははははは!」

「か、頭?」

「い、いや、悪い。報告はまだあるのか?」

「あー、はい。調べた限りじゃ、コイツ、最近孤児を引き取ったとかで、その孤児は……たぶん、フルグール孤児院の生き残りです」

「……」

 だが、一通り笑い終えると直ぐに笑いを抑えて、頭は真剣な顔で部下の男の報告を聞き続ける。


「昨日今日は何をしてた?」

「昨日は一日孤児の為にアレコレしていたらしいです。今日は一日第七局どまり、さっき言ったディックが尋ねてきましたが、呆れた様子で帰っていったのは俺自身が見てます」

「……」

 頭は考える。

 依頼ではフルグール孤児院の人間は孤児を含めて皆殺しにしろと言われている。

 その生き残りを穀潰しの第七局が抱えている。

 流石に貴族が直接守っている子供を殺すのであれば、自分が出る必要があるだろう。


「どうしますか? 頭」

 これからやる依頼の内容、彼我の戦力差、穀潰しのやる気具合、頭は他にも様々な情報を合わせて、この孤児を狩るべき相手であるかを判断した。


「放置しておけ。フルグール孤児院の孤児は全員死んだ。そう言う事にしておけ」

「分かりました」

「お前らもそれでいいな」

「「「ういっす!」」」

 頭の出した結論は放置。

 依頼主が求めているのは正確には虐殺ではなく隠蔽。

 ならば、情報を持っていない可能性が高い孤児一人放置したところで、この場に居る全員が口を噤めば何も問題は無い。

 穀潰しにしてもまるでやる気が感じられないと言うか、場合によってはフルグール孤児院が無くなった事で金が浮いたと考えている可能性すらありそうなのだ。

 この先の仕事まで考えたら、放置して問題の無い些事だと判断した。


「さて、頃合いだな。今夜の仕事の準備を始めるとしよう。フルグールの業突く張りは出入り口が一つしかない穴倉暮らしだったが、今日の相手からはそうじゃない。全員、気を引き締めて行けよ」

「「「……」」」

 男たちがつやを消した武器を手に取り、音が出づらいようにした革鎧を身に着け、黒を主体としたボロ布を何時でも取り出せるように懐に収めていく。


「静かに、素早く、確実に、一人も生かさずだ」

 そうして男たちが準備を終えると共に、頭は何かしら液体が入った袋を腰に提げて、獣のような笑みを浮かべた。


 この日の夜、王都にて一件の商家が襲われた。

 阿漕なやり方で稼いでいた家の主、妻、子供、従業員、その時商家の中に居た人間は全員が殺され、大量の財貨と書類が無くなった。

 犯行は夜の遅い時間に近隣住民が気付かない程静かに行われたため、朝になるまで惨事に気付く者は居なかった。

 悲鳴一つ上げる事を許されない悪夢に王都の住民たちは恐怖の日々を過ごし始める事となった。

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