第22話:クロの魔糸
ディックたちが帰った後、暫く時間が経ってから、俺とクロは局員寮に帰った。
そうして食事と体を清潔に保つために湯で拭く事を終えると、俺とクロは床に直接座った。
「さて、今日はクロに自分の魔糸を認識してもらいたいと思う」
「私の魔糸、ですか」
「そうだ」
クロは真剣であると同時に、どこか期待した目を俺に向けてくる。
しかし、不安の色も混ざっているようだ
どうやら自分が魔糸を使える、と言う事に対して色々と思う所があるらしい。
「とは言え、普通の糸使いなら10歳ぐらいで自然に目覚めるのが糸使いとしての素養だ。クロは今……」
「12歳です」
「そうだ。だから、クロの糸使いとしての素養は普通の方法では目覚めさせられない物の可能性もある」
クロの顔に見える不安の色が濃くなる。
ただ、フルグール孤児院で垣間見せたアレや、クロがこれまでに経験してきたことを鑑みると、無意識や暴走と言う形でならクロの魔糸は現れている。
だから、後はクロにどうやって自分の魔糸を認識させるかだ。
「そんな訳で、これを使う」
俺は自分の掌から金色の魔糸を出す。
すると、最初に俺の財布をすろうとした時に体が痺れた事や、その後の糸の力によって身動きが取れなかった事、無理やり気絶させた時の痛みなどを思い出したのだろう。
クロが少し嫌そうな顔をする。
「心配しなくても、アレは繋ぐ先やどう言う操作をするか次第で起きる現象だ。今回は痛くもないし、痺れたりもしない」
「そう……なんですか?」
「そうだとも。と言う訳で手を出してくれ」
「分かりました」
クロが右手を出す。
なので俺は差し出された右手を両手で包み込むようにようにする。
そして、魔糸の操作に集中するべく俺は目を瞑る。
「始めるぞ」
「はい」
俺の掌から出された金色の魔糸がクロの掌から中に入る。
「ここから俺の魔糸とクロの魔糸を繋げる。そして、体外に出るように操作を行う。すると、クロにも自分の魔糸が動く気配を覚えると思う。そうなれば……」
「その気配を基に、自分の魔糸を認識出来る。同時に操れるようにもなる。と言う事ですか」
「そう言う事だな。だからクロも集中してもらえると助かる。抵抗はしないで欲しいけどな」
「分かりました」
あの時に感じた圧倒的な量の糸は感じない。
普段は体の何処かで圧縮されていると言う事だろうか。
「ん……くっ……」
なので俺は手から腕へ、腕から胸へと糸を伸ばしていく。
「何か……妙な……」
クロの妙な声が耳に入ってくるが、それは努めて気にしないようにする。
「熱い……感じが……」
うん、気にしない。
気にしてはいけない。
「奥に……入って……」
これはクロが魔糸を扱えるようにするために必要な事であるし、それ以上に……この先は何かに気を取られていられるような余裕はないだろう。
そう思わせるだけの物が俺の脳裏にはイメージとして浮かび上がり始めている。
「これが……ご主人様の糸……」
クロの心臓の辺りにまで達した俺の魔糸は、そこで巨大な魔糸の塊を感じ取った。
色は紫が僅かに混じった黒。
量は……少なく見積もっても200巻き以上か。
俺が麻爵の家の生まれとして一般的な3巻き程度の量の魔糸しか持たず、王族でも10巻き程度。
歴史に名を残すような天才でも15巻き程度と考えると、クロの魔糸の量は文字通りの桁違いであり、孤児院で体外に漏れ出る形で見えていたのは氷山の一角だったと言う事か。
色も合わせて考えるとブラックホールのような印象すら抱く。
「引き出し始めるぞ」
それと、こんな量の魔糸を持っていると言う事は……クロはアレなのだろうな。
まあ、この件についてはまた今度別の機会を見て、話すとしよう。
大した問題ではない。
「っつ!? ん……あっ……」
「これは……キツイな……」
問題は……クロの魔糸の異常な粘性だ。
糸を繋げた瞬間に気付いた。
クロの魔糸に繋いだ俺の魔糸を、自分から解く事が出来ない。
クロ自身の魔糸同士も絡み合い、引き剥がせない。
いや、それどころか俺自身の魔糸の量の少なさもあって、油断をすれば逆に俺の糸の方が取り込まれ、染め上げられそうになっている。
先程ブラックホールのような印象を覚えたと言ったが、これは本当にブラックホールだ。
全ての魔糸を引き込んで、自分の色に染め上げる糸のブラックホールだ。
だが……対処方法はある。
「アス……ト……様ぁ……太い……です……」
一本の糸で無理ならば、複数本の糸で対処すればいい。
クロの糸に触れている糸と、他の糸を繋げて支えれば、クロの側に持っていかれるのは防げる。
糸の粘性が異常な物であっても、全く引き剥がせない訳ではない。
だから、ほんの僅かに開いた隙間に別の糸を潜り込ませて、粘性の影響力を弱らせれば、クロの糸を一本だけ塊から離すことも出来る。
「あ、何かが……来て……」
そうして一本だけ引ければ、後は単純な力比べだ。
クロの呼吸に合わせて、少しずつ少しずつ引きずり出していけばいい。
引き戻されても構わない、僅かでも前に進めればいい。
「気持ち……あぅ、ひゃう、ああっ……」
胸から腕へ、腕から手へ、手から掌の表面へ、汗腺のように存在している魔糸を出しやすい点へとクロの魔糸を導いていく。
「アスト様あああああぁぁぁぁぁ!」
「出るっ!」
そして、俺がクロの黒い魔糸を体外に少しだけ出した瞬間だった。
感情が猛り過ぎたクロが左腕一本で俺に抱き着き……
「いぎっ!?」
俺の肩の辺りから、して欲しくない類の音がした。
だが、その音が響くと同時にクロの右手には確かに黒い魔糸が現れていた。
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