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第21話:第七局-4

「え、と……?」

「調査局の細かいことについて、一つだけ教えておくか」

 俺は敢えてディックを無視して、困惑しているクロの顔を一度見てから黒板に第一局から第七局へ向かう矢印とその逆の矢印を書き、逆の方の矢印の途中にバツ印を付ける。


「調査局の局員同士は実家の爵位による序列を適用しないようになっているし、誰が各案件に対して責任を持つかも案件ごとに決められている。ただ、各局への立ち入りに関しては局の番号が関係するんだ」

「番号、ですか」

「そうだ。具体的には、数字が小さい局の局員が、数字が大きい局の一般局員が入っていいエリアには特に連絡の類がなくても立ち行っていいことになっている。礼儀作法的に問題になるかどうかはまた別だけどな」

 つまり、第一局の局員であるディックが第七局に入ってくるのはフリーパスだが、第七局の局員である俺が第一局に入るには許可を求める必要があると言う事である。

 他にも同じような局番号による序列のような物は存在していて、第六局辺りは特に割を食う事が多い。

 第七局は……そもそも人や資料が少ないので、立ち入られたところで、と言う感じだ、自分で思っていて悲しくなるが。


「と、親友は言っているが、今回はフルグール孤児院強盗殺人事件の捜査の一環だからな。俺は親友の協力者であり、配下である事を表明済み。つまり、何の問題もないと言う事だ」

「まあな」

 なお、ディックの言うとおり、今回は捜査の為に来ているので問題は無い。

 事前連絡が無かったのも、こちらの方が俺好みのやり方に繋がるからだろう。

 そう言うところにおいて、ディックは抜け目がない。


「クロ、ディックたちにお茶を」

「わ、分かりました!」

 クロが先程習ったばかりのやり方でお茶を淹れ始め、ソファーに座った俺とディックの前に並べていく。

 それと並行して、ディックが土産として持ってきたマフィンをディックの従者が取り出す。


「ほう、美味いな。何処かで習っていたのか?」

「いや、さっき第七局の煮炊き係のおばさまに教えてもらったばかりだ」

「習ったばかりでこれか。教え方が良いのか、教えられる方が良いのか、それとも両方か。何にせよ、今後に期待を持てそうだな」

「あ、ありがとうございます」

 お互いに自分の側が取り出した物に手を付けた後、相手が出した物を手に取る。

 そしてディックが優雅な仕草でお茶を飲んで発した感想がこれだった。

 どうやら、クロのお茶の淹れ方はディックのお眼鏡に適ったらしい。

 俺が淹れると……渋いとか苦いとか言われまくるからなぁ、事実だが。


「マフィンも美味いな。人参の甘味が良い」

「軽食も兼ねられる奴だ。いい味をしているだろう?」

「確かに」

 ディックが持ってきてくれた人参入りのマフィンは仄かな甘みがあって美味しい。

 かなりいい素材が使われている上に、作った料理人の腕が良いのだろう。

 咀嚼する度に美味しいと言う感想が出てくる。


「それで? クロに話を聞きに来たと聞いたが?」

「そうだな。そろそろいいか」

 そうして今日は一人だけ連れて来ているディックの従者以外の三人がマフィンを食べ終わったところで、俺は本題を切り出す。


「クロエリア。お前に聞きたい事がある」

「はい」

 クロが背筋を正してディックと向き合う。


「お前はフルグール孤児院に居た。お前も知っているかもしれないが、あの孤児院には裏の……犯罪者との繋がりが存在していた。スラムのゴロツキだけではなく、貴族がバックに付いているような犯罪組織もあったはずだ」

「はい」

「お前の覚えている限りでいい。フルグール孤児院を訪れた大人の名前と見た目について教えて欲しい」

「分かりました」

 確かにそれは重要な情報だろう。

 ただ、幾つか問題がある。


「ただ、ディック様。私は見ての通りの見た目なので、孤児院長からは孤児院を訪れた大人たちの前には絶対に姿を出すなと厳命されていました。それと、昼間はその……外に居たので、私が知れるのは他の子どもたちから聞いていた名前ぐらいです」

「それで構わない」

 一つはクロの見た目。

 クロの纏う色は、王国ではクロ以外に居ない色であり、知識がなく偏見的な目を持った人間には酷く汚れているようにしか見えないだろう。

 だから、あの孤児院長もクロを客の前に出さなかったに違いない。


「ディック。俺からも一つ。クロの証言は証拠ではなく手掛かり止まりか?」

「そうなるな。流石にスラム街の孤児一人の証言で、貴族を罰するのは無理がある。手掛かりの一つに使うのが限界だ」

「分かった。なら、クロの名前が表に出ないように工夫してくれ」

「それは言われなくてもしておくさ」

 もう一つはクロの地位。

 今は俺の従者だが、それでも法的な扱いとしては身寄りのない平民の子供。

 明確な階級制度がある王国でクロの証言を基に貴族を罰するのは……かなり厳しい。

 まあ、そうでなくとも、証言だけで誰かを捕まえ、罰するのは無理があるし、冤罪の可能性を考えたらやめた方が良い。

 ディックの言うとおり、手掛かりに留めておくのが正解だろう。


「これくらいか? では、クロエリア。孤児院で聞いたことのある名前を言ってくれ」

「はい」

 ただ、俺もディックもクロの事を甘く見ていたと言うか、よく考えてみたら片鱗はあったが無視していたと言うか……とにかく、クロから得られた情報はかなり多かった。


「デコイアル、スレブミト羊爵……茶髪に青い目をした従者だったそうです。ヘビクライ麻爵、ホワイホワイ、ショーヲトウ、セフオル商会……ここは会長を名乗られた金髪の方が直接来てました。ミミヨンミミ……」

「グルボミット。きちんと書き写しておけ」

「は、はい!」

 よく考えてみれば、クロは一度教えられただけで茶の淹れ方も魔糸についての知識も覚えていた。

 つまり、記憶力がかなり良いのだ。

 そんなクロにとっては孤児院に誰が何時訪れたのかを答える事は容易いものだったのだ。


「チットウケ商会、ドラグバリ……偽名だそうでマリファバリと言う名前の方が本来だそうです。トドロスキン、えーと、後は……」

「う、後ろ暗いところのある連中の名前のバーゲンセールですね……」

「この記憶力だけでも狙われるには十分すぎるな……親友よ。上手く匿っておけよ」

「言われなくても」

 俺もディックも少々頬を引きつらせ、ディックの従者が羊皮紙とインクの空きが不安になって慌てる程度には。


「以上になります」

「こりゃあ、数が多すぎて俺一人じゃ手に負えないな。他の奴に完全な別件として扱わさせるか」

「それでいいと思う。俺には後で孤児院の件に関わっていそうな本命だけ教えてくれ」

「分かった」

 結局クロが挙げた孤児院の客の名前は20近くになった。

 しかも、中には名前だけでなく、訪ねてきた人物の人相や日付まで明らかになっている場合がある。

 勿論、半分以上は偽名を使っていただろうし、中には真っ当な客も居たかもしれないが……この情報を基に叩けば幾らでも埃が出てくる事だろう。


「それじゃあ、俺はこれで失礼する。表向きは今日は何の情報も得られなかったことにしておくぞ」

「ああ、そうしておいてくれ」

 そうして情報を得たディックたちは去っていった。


「えと、お役に立てましたか? ご主人様」

「ああ、とても役に立った。ありがとうな。クロ」

「はい」

 俺もクロの事を褒め、頭を撫でる。

 同時にクロが告げた名前の中から一つ気になった名前があったので、その人物に関する情報を思い出し始める。

 その名前はスレブミト羊爵、北の方に領地を持った貴族であり、クロが告げた名前の中でも明らかに大物と言える存在だった。

 それこそ、部下に別の貴族を持ち、孤児どころか平民程度は幾ら殺しても構わないと考えていてもおかしくない程度には。

01/14誤字訂正

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