第20話:第七局-3
「話が前後してしまう事になるが、『ヨル・キート調査局』について初めから改めて説明するか」
その後、食堂で1階に居る人たちにクロの事を紹介した俺は、自分の部屋に戻ってきていた。
だが、ただ戻ってくるのではなく、茶の為のお湯を貰い、煮炊き役のおばさまからクロへと茶の淹れ方を教えてもらってからだ。
おばさま曰く、クロはとても呑み込みが良く、教え甲斐があるらしい。
うん、良いことだな。
「お願いします」
で、俺個人の部屋だが……使われていない部屋に比べれば、片付いている方だと思う。
机が一つ、椅子が一つ、ソファーが二つ、資料と本で埋まった本棚が二つ、その他用具入れやら、客向けの菓子箱やらもあるが、一番の特徴は、やはり特注して壁に架けてもらった黒板だろうか。
高さが1メートル、幅が3メートルほどで、黒く滑らかな表面に白いチョークを走らせるのは気持ちがいいものである。
と言う訳で、俺はチョークを手に取ると、黒板の前に立つ。
「まず初めに、『ヨル・キート調査局』ってのは『ヨル・キート王国』の各地で調査を行うための組織であり、王家を主とする王直下の組織と言う事になる」
「王様直下って凄いですね……」
「そうだな。ただの局員でも、相手が地方の村一つの運営を任されているだけの麻爵家当主ぐらいなら、睨んだだけでも震えあがらせる事くらいは出来るだろう」
黒板の上の方に王冠の絵と王国の文字で王を表す単語を記し、それから丸で囲う。
で、その丸から下の方へと線を引いて、同じように『ヨル・キート調査局』と書いて、丸で囲う。
「で、その『ヨル・キート調査局』だが、全部で七つの局に分かれていて、それぞれに担当する分野が異なっている」
俺は調査局の丸から七つの線を引く。
「第一局、別名『貴族局』。ディックが所属している局で、貴族関係は此処が担当する。調査内容によっては相手が絹爵や羊爵と言った領地持ちの貴族である事もあって、調査局の中でも特に実力がある人間だけが務める事が許されるエリート中のエリート揃いの局だな」
「ディック様は凄い御方なんですね」
「まあな。後は名義上だと現王太子殿下、ディプスィーク=ヨル・キート様も所属されているらしい。俺は歳が同じこと以外に縁が無いし、顔も知らないけどな」
1と記した後、隣に王国では権力を象徴する剣の絵を描く。
第一局の局員証は剣の絵が描かれたメダルに金または黄色の布が付けられた豪勢な物だからだ。
「次は第二局、別名『財務局』。お金や税関係が此処だな。睨まれると面倒くさい所でもある」
「?」
「関わり合いになりたく無い所って事だ」
2と記した後、隣に財貨を収めるための宝箱の絵を描く。
第二局の局員証は宝箱の絵のメダルに銀または青の布だ。
「第三局、別名『軍務局』。軍事関係は此処だな。各地方の地形や動植物なんかも関係ありって事で此処が担当している。まあ、大規模な荒事が起きなければ、縁は無いだろう」
「その……荒い方が多そうですね」
「そこは大丈夫だ。第三局に考えるより先に手が出る様な馬鹿は調査局には居ないと言うか、居られない。王家の権威を笠に着るような連中もな」
3と記した後、隣に身を守るための鎧の絵を描く。
第三局の局員証は鎧の絵のメダルに赤色の布だ。
「そうなんですか?」
「そうなんだ」
なお、第三局の局員の殉職率や病死率は明らかに他の局よりも高い。
高いが、触らぬ神に祟りなしとは正にこの事で、気にしないのが正解である。
消えているのが誰から見ても態度が悪かった局員である限りは気にしてはいけない。
此処はそう言うところだ。
「次行くぞ。第四局、別名『外務局』。俺も詳しくは知らないが、ツンギ・アカート王国と言うこの国の南にある国について調べているらしい」
「他の国……ですか?」
「らしいぞ。まあ、関わる機会はほぼ無いだろう」
4と記した後、隣に歩き回るのに必要な靴の絵を描く。
第四局の局員証は靴の絵のメダルに緑色の布である。
「第五局、別名『魔糸局』。魔糸についての研究を専門に行っているところで、ここでしか都合のつかないものもある以上、いずれは行かないといけないんだが……研究の為なら何でも許されると考えている人間も居るからな。間違ってもクロ一人で近づくな。近づかれたら全力で逃げておけ」
「分かりました。ご主人様」
5と記した後、隣に糸を巻くために使う糸巻棒の絵を描く。
第五局の局員証は糸巻の絵のメダルに白い布。
俺の経験上、第五局の局員とは可能な限り付き合わない方が安全である。
俺も糸の特性のせいで追い掛け回されたことがあるしな。
「第六局、別名『平民局』。ネーメが所属しているところで、平民関係は此処が任される。まあ、より正確には上位五局の手が回らない案件が流れ込んでくると言った方が正しいのかもしれないが」
「私たち孤児でも関わりがあるところですね」
「そうだな。それと、フルグール孤児院強盗殺人事件も此処で一度調べて、貴族が関わっていると分かった時点で第一局預かりになるのが本来の流れだ」
「なるほど」
6と記した後に隣へ人を記号化した絵を描く。
第六局の局員証は、この人の絵が描かれたメダルに黒い布を付けたもので、ネーメも普段から懐に入れているはずだ。
「そうして最後が俺が所属する第七局。別名は『予備局』。先の六局いずれの担当にも入らないものや、緊急性の低い案件の担当。あるいは他の局に欠員が生じた時の補充要員の置き場所。穀潰しまたは暇人の集まり何かとも言われるな」
「さ、散々ですね……」
「まあ、8年前まで続いてた『インタノレージの乱』で貴族の人数が減り、調査局の人数も合わせて減ったのに、それでもまだ第七局に居るとなれば、相応の事情があるか落ちこぼれかの二択だからなぁ……」
7と記しただけで俺はチョークを置く。
第七局にはモチーフになるような図案が無いからだ。
また、メダルに付けられる茶色の布も、ぶっちゃけ未染色の布と言うだけである。
「ご主人様が第七局に居る理由は?」
「分からない。第六局への転局願は何度か出したが、毎回却下されてる。で、俺には却下された理由が掴めなかった。ネーメとその同僚や上司曰く、第六局なら間違いなく受け入れると言われているのにな」
「おかしな話ですね」
「まったくだ。まあ、踏み込み過ぎない方が良い案件だろうな。人事に口を出せる奴が下っ端のはずが無い。調べ過ぎてヨリート河に浮かぶのは御免だ」
俺は軽く首を横に振る。
なお、俺には不興を買うような真似をした覚えは本当に無い。
『死体屋』周りの話にしても、それなら何故ネーメが第六局に居るのかと言う話になってしまうし、何故転局願が却下されるのかは、本当に謎の案件である。
まあ、直接的な問題が発生したことは無いし、気に留めておくぐらいが正解だろう。
それにだ。
「ただまあ、フルグール孤児院強盗殺人事件の事を考えると、捜査を主導する立場になっている俺が第七局所属なのは都合がいいだろうな」
「と言うと?」
「さっきも言った通り、第七局の一般局員なんてのは落ちこぼれの証明のようなもの。そんなのが自分たちを調べているとなれば……まあ、舐めてくれるだろうな。真相に辿り着けはしない。見せしめにビビッて手を引いてくれるって感じにな」
第七局の悪評は隠れ蓑としても使える。
相手が本当に優秀であれば効果は薄いだろうが、適度に優秀であれば俺たちへの注意を疎かにしてくれるだろう。
そして、そう思わせるための動きも既にしてある。
油断から尻尾を出してくれれば……一気に話を進められるはずだ。
仕留める方向で。
「えと……ご主人様、いい笑顔ですね」
「ん? そうか?」
「はい、とてもいい笑顔でした……」
どうやら、気が緩んで思わず笑みを浮かべてしまったようだ。
こういう時に表情を取り繕えないから、俺は貴族社会に馴染めないのかもしれない。
「ま、とりあえず調査局についての話はこれくらいにしておこう。細かいことはまた今度な」
「分かりました」
「次は……」
事件の捜査を進めよう。
俺がそう言おうと思った時だった。
「よう親友。クロエリアに話を聞きに来たぞ」
部屋の中にディックが従者を連れて入ってきた。