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第19話:第七局-2

「では局長」

「分かっているとも。どうせ数も余っているのだから、問題は無いよ」

 局長は笑顔でそう言うと、机の上に茶色の布が付けられた一枚のコインを置く。

 コインにも布にも柄は無いが、使われている素材が上質なんのである事はクロにも分かったらしく、瞬きの回数が増えている。


「クロエリア君。これは君が『ヨル・キート調査局』局員の従者である事を示す証だ。似た物をアスト君も持っていただろう?」

「あ、はい。持っていたと……思います」

 俺はクロに見える形で自分の局員証を表に出す。

 また、フルグール孤児院の封鎖を行う際に用いたコインと紐も取り出す。

 これらはよく似ているが、封鎖に使うコインの方が良く表に出るために微妙に汚れていたり、傷ついたりしている。

 そして、クロの為に用意されたコインは、よく見ると違う程度ではあるが、別のコインになっている。


「これがあれば第七局への立ち入りは原則無許可でよくなるし、個人の部屋や一部の部屋を除いてだいたいの部屋に入る事も許されるようになる」

「……」

「代わりにクロエリア君が何か問題を起こせば、その時は君だけでなく君の主であるアスト君にも責任は及ぶ。くれぐれも気を付けるように」

「はい。肌身離さず持ち歩くようにさせていただきます」

 どうやらクロはこの局員証の重要性を分かっているらしい。

 扱いを気を付けなければ、自分の首が飛びかねないと言う事も。

 これを持つ事が許されている間は自分の身の安全が保障されている事も。

 だから、クロは真剣な顔をしてメダルを受け取った。


「アスト君。この後の予定は?」

「まずはクロに第七局の中を案内したいと思っています。その後は『フルグール孤児院強盗殺人事件』の本格的な捜査を始めようと思っています」

「分かった。ただ僕は面倒事が嫌いだからね。くれぐれも、面倒な事態にならないように気を付けてね」

「分かっています」

 局長の言う面倒な事態にならないように、と言うのはだ。

 俺の手に負えないような事態になりそうなら手を引けと言う意味でもあるし、怪我や死に繋がるような事は控えてくれと言う意味でもある。

 裏を返せば、面倒事にならないようにするならば、やり方などにとやかく言う事も無いと言う意味であり、自己責任の範疇で好きにしていいと言う事でもある。

 俺としては極めて嬉しい話である。


「では局長。俺たちはこれで失礼させていただきます」

「失礼します」

「うん、気を付けるようにねー」

 そして俺たちは局長室を後にした。



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「此処が資料室だな。第七局が過去に調査してきた案件の記録が置かれている」

「ちょっと埃っぽいですね」

「まあ、掃除の手が回らないからな」

 で、俺はクロを連れて、第七局の中を歩いて回る。

 俺個人の部屋、現場封鎖用のメダルと紐が置かれている備品室、訓練用の部屋、尋問室、一昨日にも使った会議室と順々に回っていき、今は資料室だった。

 とは言え、羊皮紙の巻物にせよ、本にせよ、資料が収められた箱にせよ、あまり動かされていないし、掃除の手も回っていないのだろう、薄くではあるが埃をかぶっている。

 陽が殆ど射し込まない部屋になっている事もあって、非常に陰気な様子だ。

 なので俺もクロも早々に部屋を後にする。


「ご主人様、少し気になった事があるのでよろしいですか?」

「なんだ?」

 廊下に出て、次の部屋に、そう俺が思ったところでクロが声をかけてくる。

 どうやら気付いたらしい。


「どうしてさっきから誰ともすれ違わないのですか?」

 第七局内に居る人間の数が異様に少ないことに。


「そうだな。食堂に向かいつつ、その辺の話をするか」

「分かりました」

 勿論、人が居ない理由はある。


「まず第一に、今俺たちが居るのは、第七局の局員とその従者を除けば、局員に招かれた協力者しか入れないエリアなんだ」

「なるほど」

「だから俺たちの為に昼食を作ったり、湯を沸かしたりするための人間や、門の警備をする衛視なんかは此処まで入って来れないようになっている。これは機密保持のためだな」

「知ってしまうと危険な話もある、と言う事ですね」

「そう言う事だ。さっきの資料室が殆ど掃除されていないのもそれが理由だな。調査局で扱っている情報の中にはヨル・キート王国そのものを揺るがしかねないものもあるって話だから、クロも気を付けた方がいい」

「分かりました」

 まずは単純に3階建ての石造りの建物である第七局の中で、2階より上は立ち入れる許可を持っている人間が極めて少ないのだ。

 そして1階にしても、煮炊き役と衛視がそれぞれ数名居るぐらいで……まあ、他の局に比べて非常に少ない。

 で、そんな少ない人数でも下が問題ないと言う事はだ。


「で、それに加えて第七局ってのは……あー、『ヨル・キート調査局』の中では落ちこぼれの局、穀潰しの局であり、留まる人間が極めて少ない局なんだ。今も俺以外に王都に居る第七局の局員はさっきの三人だけで、王都の外に居る局員を合わせても15人しか居ないらしい」

「えーと……?」

 上も当然少ないのである。


「ちなみに他の局は何処も局員だけで100人以上居る。後、つい先日……4月第1赤の日に入局予定だった新人は一人残らず入局を辞退した。こんな局に入るぐらいなら、って感じにな」

「……」

 クロが不安そうな顔をしている。

 俺も微妙に天を仰いでいる。

 だが、これが現実。


「えーと、それじゃあご主人様は……」

「まあ、世間一般的には落ちこぼれ扱いだ。俺は他の局に移りたくても移させてもらえないタイプなんだけどな」

 『ヨル・キート調査局』第七局で一般局員として一年以上務めた俺は、調査局の局員としては落ちこぼれ扱いなのだ。

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