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第16話:糸の適性-1

「「いただきます」」

 無事に買い出しを終えた俺とクロは局員寮に戻ってくると、寮監にクロを紹介して正式に俺の侍女として登録した。

 その後、朝食と同じように自室に夕食を運んでもらい、俺たちは夕食を食べ始めた。


「食堂で食事はとらないのですね」

「食堂は他の貴族も使うし、侍女も働いている。流石にそんな所へ侍女としての仕事をまだ学んでいないクロを連れて行くわけにはいかないからなぁ。いずれは行くことになるだろうが……まあ、それは色々と併せて考えてだな」

「分かりました」

 今日の夕食は骨付きの豚肉を焼いた物にスープ、パン、春野菜のサラダもあるし、赤ワインまでついているのか。

 妙に豪勢だが、毒物が混ざっているわけではないようだし、仕入れが上手くいったか、何処かからか食材が送られてきたか、と言うところか。

 なお、ヨル・キート王国では飲酒の制限に関する法律はないが、慣例として18歳になる年までは飲めないし飲ませない。

 ついでに酒を飲めないと公言する事も別段恥ずかしい事ではないし、むしろ飲みたくない相手に飲ませようとする方が不道徳な行いであると認識されている。

 実に素晴らしい事である。


「ご主人様?」

「いや、何でもない」

 まあ、実を言ってしまえば、現代知識がある上に魔糸を使える人間にとっては酒など色付きの苦い水のようなものなのだが。

 話が逸れそうだし、この辺で収めておくとしよう。


「それよりもクロ。お前には侍女としての仕事を学ぶよりも先に魔糸の扱い方、それに糸使いへの対処法を学んでもらう。こっちの方が急務だからな」

「はい」

 俺の言葉にクロが真剣な顔で返事をする。


「と言う訳で、知識の確認だ。一昨日の夜に教えたことは覚えているか?」

「大丈夫です」

 クロはすらすらと一昨日の夜に俺が教えたことを復唱して見せる。

 分かってはいたことだが、やはりクロの頭は良い部類に入れてよさそうだ。


「問題なさそうだな。なら、最初にはっきり言っておく。魔糸が使えない限り、糸使いには絶対に勝てない。だから、糸使いに襲われていると判断した時点で全力で逃げ出せ」

「絶対に勝てない、ですか」

「ああ、絶対に勝てない。魔糸を使えない人間が何十人同時に襲い掛かろうが、一方的に蹂躙される。それ程までに糸使いと糸使いでない者の間には差がある」

「……」

 だからこそ、馬鹿な考えを抱く前に断言しておく。

 糸使いでなければ、糸使いには勝てない、と。

 しかし、クロには納得がいかないのだろう、ほんの僅かにだが不満を覚えている感じがある。

 なので俺は実例を見せる事にする。


「昨日の俺のナイフの強化と操作は覚えているな」

「はい」

「俺は何本も同時に同じように動かせるし、自分の周りを薙ぎ払うように動かすことも出来る」

「!?」

 俺は右手から五本の金色の魔糸を出すと、それぞれの糸とナイフまたはフォークを結び付けて宙に浮かし、俺の体の周りを回るようにゆっくりと動かし始める。

 今はクロに見せるのと、安全の為に速度を落としているが、もしもナイフの速度を普通に剣を振るのと同じような速度にして回転させれば……相手に近づいただけで金属製の鎧も岩も骨も無視して切り刻む人間チェーンソーの出来上がりだ。

 この力の使い方の前では、最低でも矢の雨ぐらい降らせなければ傷一つ俺には付けられないし、その程度ならば別の方法で対処は出来る。


「そして、俺の魔糸にはこれ以上に凶悪な使い方もある」

 俺はナイフとフォークの操作を止めると、魔糸を骨付きの豚肉の骨に付ける。

 接触していた時間は1秒にも満たない。

 だが、その僅かな時間で魔糸は俺が意図する通りの動きを豚肉の骨に与え、肉片一つ付いていない骨だけを俺の手元へと引き寄せる。


「俺がやったことの意味が分かるな。クロ」

「人間相手にも同じ事が出来る、と言う事ですね。それも一人二人ではなく、何人も同時に」

「そう言う事だ」

 もしも、今の行為を頭蓋骨、首の骨、肋骨辺りに対して行えば、確実に相手は死ぬ。

 腕や腿の骨でも骨と同じ大きさの傷口、激痛に出血、即死できなかった方が不幸な状況になるだろう。

 助かる可能性があるとすれば指先の骨を持っていかれるぐらいだが、それでも痛みでのたうち回り、戦う事なんて出来るはずもなく、致命的な隙を晒すことになるだろう。

 つまり、どう転んでも相手は死ぬ。


「でだ。その糸使いの魔糸がどんな適性を持っているかにもよるが、人を傷つける事、殺す事に使えない魔糸なんてものはない。その糸使いに相手を殺す意志さえあれば、糸使いでない者は一方的に蹂躙されることになる」

「だから逃げろ、なんですね」

「その通りだ」

 相手の体への直接干渉。

 魔糸の使い方でも、特にエグイ使い方ではあるだろう。

 だが、もしもそう言う状況が来てしまったならば、俺は俺自身と身内たちを守るために躊躇いなくそう言う使い方をするだろう。

 そして敵も理由は違うだろうが、こう言う力を振るう必要があると考えれば、躊躇いなく力を振るうはずだ。

 そんな方法を敵は使わないなどと言う楽観的な考えは、味方に絶望を招くことは在れど、希望を招く事はあり得ないのだから、絶対にしてはいけない考えである。


「魔糸には伸ばせる限界と言うのがあるからな。とにかく距離を取れば、それだけ安全にはなる。例外はあるけどな」

「なるほど」

 実際、俺の魔糸は普通に出し入れする分には長さ5メートルぐらいが限界である。

 高速で物を動かし、慣性の法則に従って飛ばすと言う手法で遠距離攻撃を行うことも出来るが、魔糸による直接干渉に比べれば遥かに対処はしやすいだろう。


「ところでご主人様、一つ質問してもよいでしょうか」

「なんだ?」

「その、適性……と言うのは?」

「そうだな。そこも今日の内に説明しておくか。逃げ方にも関わってくる」

 俺は骨を取り除いた豚肉を口に運びつつ、説明を続けることにした。

01/08誤字訂正

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