第14話:クロの服-2
「普通の侍女服ですか。となりますと……この辺りから、この辺までですなぁ。ああ、奥の方にも何かあったかもしれませんし、少し探してきましょう」
俺の言葉を受けてヤールガキルトさんは手で数着の侍女服を示すと、店の奥へと姿を消していく。
ヤールガキルトさんが示した衣装は、基本的には黒を主体とした目立たない地味な服であり、露出も少ないもの。
早い話がロングスカートに長袖の衣服に、髪をまとめるヘッドドレスの組み合わせで、前世の知識に基づくならばメイド服に分類される衣装だ。
「あの、ご主人様。これは……」
「クロ、そう言うのを買う趣味は俺には無い」
「でも、こう言うのがあるって事は……」
「人の趣味はそれぞれだ」
なお、それらのメイド服の中にはスカートの丈が異様に短いものや、胸元が大きく開かれたもの、メイド服とするには派手な色や柄のものに、損傷させているように見えるメイド服なんてものもある。
うん、深くは問わないべきだろう。
この店の本来の用途に使う衣装とは思えないし。
「そもそもとして、ここディスガーシャ服屋は『ヨル・キート調査局』お抱えの服屋なんだ」
「お抱えの……服屋?」
「そうだ。用途としては……何処かに貴族や調査局の人間である事を隠して行く時には、その場に合わせた衣装を見繕う必要があるんだが、その手の衣装を任務の度に新調するわけにはいかないし、中古品特有の痛み方をした衣服が必要になる事もある。この服屋はその為にあるんだ」
「なるほど。それじゃあ、私たちが入ってきた裏口は、その為の物ですね」
「ああ、着替えた服装によっては表口から外に出るわけにはいかないからな」
話が前後してしまったが、ディスガーシャ服屋本来の用途は変装の為の拠点である。
だからこそ、ありとあらゆる種類の衣装が、俺たちの今居る裏側には用意されているのだ。
「表の方の商売もそれなりに繁盛していますぞ。それと、裏の副業も結構な賑わいになっています。いやー、ありがたい話です」
ヤールガキルトさんが複数の侍女服を持って、戻ってくる。
確かにヤールガキルトさんの言うとおり、表側の方も怪しまれたりやっかみを受けたりしない程度には繁盛している。
これは裏の顔を知られないためにも必要な事だろう。
裏の副業とやらは……気にしないでおこう。
さっきも言ったように人の趣味はそれぞれなのだから。
それに……お金だけが目的で裏の副業をやっているわけでもないだろう。
「まあ、共通の何かがあると話は弾みやすいでしょうね」
「ええ、実によく弾みます。おかげで本業も好調です」
「……」
そう、さっきも言ったが、此処は調査局お抱えである。
つまり……此処で行われた会話は国に筒抜けだと言ってもいい。
尤も、流石にこんな場所であからさまに犯罪の話をするとは思えないので、手がかりか、醜聞か、大した事がない話が殆どだとは思うが。
ああ、俺がクロエリアを局員寮に連れ込んだと言う話をした、口の軽い局員も居るんだろうな。
でないと、ヤールガキルトさんがクロのフルネームを知っている理由の説明がつかない。
うん、今後は局員寮の中でも気を付けておかないと、敵側にも情報が洩れそうだ。
「それで目的の服は見つかりましたかな?」
「どうだ? クロ」
「えと……」
クロは何処か躊躇いがちにオーソドックスな造りのメイド服を手に取る。
が、微妙に使い古された感じもある服な辺り、遠慮してしまった部分もあるようだ。
「ふむ、クロエリア様にとっては少々丈が長いようですし、手直しが必要になると思うのですが、どう思われますかな?」
「お願いします。それと、手直しをするのなら、その時の計測データを元にして、同じデザインの服を三着ほど新規に作っていただけますか?」
「ご、ご主人様!?」
「かしこまりました。ではこちらへ」
俺の言葉にクロが驚きを露わにするが、ヤールガキルトさんは気にした様子も見せずに俺たちを店の上の方へと案内し始める。
「ご主人様、私は……」
「さっきも言ったが侍女が必要とする物を揃えるのは主人の役目。衣服を複数持っておくのはむしろ当然のこと。今回買い取る服は中古の服だしな」
「は……はい」
本音を言えば、休日用にメイド服以外も購入しておきたい所だが……それはまた日を改めてからにしておくべきだろう。
流石に荷物が多くなりすぎる。
なにせ、メイド服の後は下着の類も買わないといけないし、他にも色々と必要な物を買わなければいけないのだから。
「では、こちらで計測をします。計測と手直しの間、アストロイアス様は……」
「部屋の中で待たせてもらいますよ」
「分かりました」
やがて俺たちは他の客に出会う事なく個室に移動して、ヤールガキルトさんが呼んだ女性従業員によってクロの身体測定が始まる。
そうなると当然ながら、クロの身に着けていた粗末な衣服が剥ぎ取られて、裸のクロが見えることになる。
が、俺は既にクロの裸を見たことがあるので特に気にすることは無いし、貴族が従者の身体測定に付き合うのはそれほどおかしなことではないので、女性従業員たちもヤールガキルトさんも気にしない。
クロが気にしているのも、俺に見られる事ではなく、かかる費用の方だろう。
「さて、アストロイアス様。お支払いについてですが、中古の服はヨル銀貨1枚、新たに作る服は一着につきヨル銀貨3枚。合わせてヨル銀貨10枚となります」
「分かりました。品は何時届きますか?」
クロから少し離れたところで、俺とヤールガキルトさんはお金のやり取りをする。
その内容にクロが驚きで声も出せないでいる中、俺はヤールガキルトさんにヨル銀貨12枚を握らせ、ヤールガキルトさんも握った銀貨の枚数に気付いて笑みを浮かべる。
「次の紫の日にはお届けしましょう」
「楽しみにしています」
まあ、これは貴族特有の裏のやり取りだ。
俺はヤールガキルトさんに余計なお金を渡した。
これは急いで品を作ってほしいと言う意味でもあるし、余計な事は聞かず喋らずで居て欲しいと言う意味でもある。
要するに、こちらにとって都合の良さそうな事はして欲しいし、不都合なやり取りはしないで欲しいと言うお願いだ。
「では、ここで少し待たせてもらいます」
「かしこまりました」
俺は大通りに面した窓の近くへと移動すると、窓から大通りを歩く人々を眺め始めた。