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第13話:クロの服-1

「さて、今日から『フルグール孤児院強盗殺人事件』の本格捜査に入るわけだが……その前にクロ、お前に言っておくことがある」

「何でしょうかご主人様」

 4月第1緑の日。

 局員寮で目を覚まし、昨日に引き続いて自室で朝食を食べた俺とクロは外に出るための準備を整えた。


「今回の事件の黒幕は貴族で、しかも人殺しを躊躇わない奴だ。つまり、俺たちに犯人を追い詰める能力と意志があると判断したら……殺しに来る。どんな手段を用いてでもな」

「……」

 だが、出発の前に話しておくことがあったので、まずはそちらの話である。


「だから俺は穀潰しの第七局らしい無能を装う。現に表向きは有休を取って雇い入れた侍女の身なりを整える流れになっている。事件の事など放っておいてだ」

「はい」

「クロにしてもフルグール孤児院とは無縁であるように装ってほしい。全く別の孤児院から迎え入れたと言う書類は用意したし、スラムの住民たちも相手の危険性は理解しているから、これで相手はフルグール孤児院の件は何の問題もなく終わったと誤認してくれることだろう」

「……。分かりました」

 クロにしてみれば思うところはあるだろう。

 だが、受け入れてもらう他ない。

 こうでもしなければ、俺とクロの安全は確保できない。

 何時でも使い捨てられる下っ端文官の家であるスロース麻爵家、その三男坊なんて、少し上の方の貴族が出て来ればそれだけで吹き飛ぶ程度の存在なのだ。


「じゃ、そろそろ行くとしよう。まずはクロの服を買いに行くぞ」

「え? それはフリなんじゃ……」

「フリではあるが、クロの身なりを整えたいのも本音だぞ。その格好で俺の侍女だと言うのは、流石に無理があるからな」

「でも、私はお金なんて……」

「侍女が必要とする物を買い揃えるのは雇い主である貴族の役目だから、金の心配なんてしなくていい。そら、行くぞ」

「えっ、あっ、はい!」

 そうして俺とクロは局員寮を後にすると、事件など気にしていない様子で街を歩き始める。

 人目に付くように馬車は使わず、歩いて貴族街から平民街へ、平民街からスラムに多少近い方の裏通りへと歩いていく。


「それでご主人様。服を買いに行くと言いましたが……」

 で、歩いていくと、人々の装いも表情も、混み合いも街並みに合わせて変わっていく。

 貴族街では人は少なかったが、その少ない人にクロの姿を見られた時は、クロの格好が見るからにスラムの物であったためだろう、あからさまに嫌な顔をされた。

 平民街の表通りは朝から多くの人で賑わっていたが、こちらでもクロの姿は警戒して見られた、スラムの子供がスリや物乞いであるのはよくある事だからだ。

 で、今の裏通りだと……俺が多少場違いなぐらいか。

 クロの姿を見咎めるような人間は居ないが、逆に俺の事をどうして今場所にと言う目で見ている人間は居る。


「その、貴族の方が着るような服を……買うんですよね?」

「買うぞ」

「こんな場所にあるんですか?」

「あるんだ。表口じゃなくて裏口だけどな」

 俺はそんな人々の目を無視して、裏通りを進んでいく。

 時折、念のためにさり気なく背後を振り返ったり、別の方法で尾行の気配を探ってみたが、そう言うのも無さそうだった。

 現時点では俺たちは警戒の対象外なのかもしれない。

 ありがたい話だ。


「と言うか、今のクロだと表口からでは貴族が使うような店には入れない。貴族向けの店は客の格好次第では入れないと言う選択を取るからな。だから裏口からなんだ」

「あ……ん? あれ? ご主人様?」

「どうした?」

「裏口からなら、スラムの住民であっても入れて貰えるお店があるんですか?」

「そうだぞ」

「それって何かがおかしいような……」

 と、どうやらクロは俺の言葉のおかしさに気付いたらしい。

 気付いたようだが、その疑問を晴らすのは後回しである。

 その前に目的の店に着いた。


「さて……」

 俺は木で出来たドアを一定のリズムで何度かノックする。

 すると、ノックの音が木箱一つ窓一つない裏通りに響く。


「どちらさまで?」

「『ヨル・キート調査局』第七局所属のアストロイアス=スロースです。服が必要なので来ました」

「『死体屋』アストロイアス様と、その侍女予定のクロエリア様ですな。どうぞ」

 男性の声がすると共に、扉にかけられた鍵が外される。

 なので俺とクロは人の目がないことを確かめた上で、素早く扉の向こうへと移動する。

 それにしても……侍女予定のクロエリア、ね。


「ご主人様」

「クロ、出来るだけ話をしないようにしておけ」

「はい」

 俺はここ数時間クロのフルネームを呼んだ覚えはない。

 なのに、この店の店主がその話を知っていると言うのは……誰かが漏らしたと言う事だ。

 俺もクロもそれに気づいたから、警戒を強めた上で周囲を見る。


「ようこそ、ディスガーシャ服屋へ。私は店主のヤールガキルト=ディスガーシャと申します」

 俺たちを出迎えてくれたのは、様々な種類糸で織られた色とりどりの布をパッチワークの形で繋ぎ合わせた衣服を身につけた、燃えるように赤い髪に綺麗な緑色の目をした老人、ヤールガキルト=ディスガーシャ。

 周囲には平民たちが身に着けるような服を初めとして、各種職人たちが身に着ける服、貴族の屋敷で従者として働く者の服、貴族が夜会に着ていくような服、スラムの人間が身に着けるには少しだけ上等な服など、様々な服が並んでいる。

 中には城で働く衛視や文官の衣服によく似た衣装も混ざっている。

 何と言うか、相変わらずの品揃えである。


「さて、本日の御用向きはどのような物でしょうか。また囚人服ですか? それとも文官服ですか?」

「普通の侍女服で、買い取りです。ヤールガキルトさん」

 さて、色々と気になる事はあるが……余計な事は気にせず、今日は果たすべき用件だけを果たすとしよう。

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