第12話:振り返ってみれば
本話は事件終了後の時間となります。
4月第4赤の日、日暮れまで後一時間半。
「今にして思えば、あの時ご主人様がやったのは女児誘拐以外の何物でもないですよね」
「言うな。自分でもそれは分かっているから」
一先ず、クロとの出会い部分、初動捜査の部分、ネーメとディックの二人が捜査に加わった理由については書けたな。
うん、実に嘘くさい。
なんで、偶然出会った少女に糸使いとしての素質があったのか、素質を見出した少女を寮に連れ帰ったタイミングで事件が起きているのか、どうして死体を見ただけで相手の数を把握できているのか、第一局であるディックが平然と加わっているのか、おかしい部分がたっぷりだ。
「ただまあ、貴族としての特権を利用すれば、スラムの少女一人を囲い込む程度は問題ないとは判断していたな」
「噂になるとか、問題になるとかは考えなかったんですか?」
「考えたが、問題は無いと判断したな。別に幼女趣味だ何だと俺自身が貶されること自体は今更だし」
「今更……ですか」
特に何がおかしいかと言われれば、ディックが居るのがおかしい。
いや本当になんでディックは俺の報告が第七局に届いた時点で、第七局にやってきていたんだろうな。
第一局の担当範囲的に第七局に来る用事なんて無いだろう。
俺を親友呼ばわりしている程度じゃ理由になんてならないしな。
「ご主人様。ディック様、ネーメリア様の双方から言われている事ですが、私のご主人様となった以上は……」
「分かってるよ。今後は身なりや立ち振る舞いにも、あー……、気を付けられる範囲で気を付ける。俺自身が貶されるのはどうでもいいが、俺の至らなさが原因でクロが貶されるのはゴメンだからな」
「お気をつけてくださいね。お二人とお二人に近しい方々から貴族の常識を少しずつ学ぶようになって分かった事ですが、ご主人様は貴族らしくない、なんてレベルではありませんから」
「それはもっと分かってる。根っこが貴族じゃないからな。俺は」
「貴族階級の生まれなのに不思議な話ですよね」
まあ、どれほど嘘くさくともこれが事実だ。
俺とクロは偶然出会い、事件も偶然一緒に起きて、昔からの知識で捜査を進め、何故かディックは加わっていた。
ただこれだけの話だ。
「ふぅ……さて、この後はどうしたんだったかなぁ……」
「色々とありましたよねぇ……」
俺は初動部分を書き上げたところで一度茶を飲み、クッキーを齧る。
頭を使う時は糖分。
これは常識である。
「そう言えばご主人様」
「ん?」
と、ここで茶を継ぎ足しつつ、クロが口を開く。
「どうして私の愛称が『クロ』なんでしょうか。私はクロエリアですから、普通なら『クロエ』を愛称にすると思うんですけど」
「ああ、その事か」
クロが発したのは自分が何故クロと呼ばれるのかを疑問に思っての言葉だった。
まあ確かに不思議ではあるか。
「クロの理由なぁ……」
そもそもとして、ヨル・キート王国の人の名前は全体的に長い。
俺のアストロイアスは言うに及ばず、現王である陛下の御名もアドミノレージ=ヨル・キートと長いし、王太子殿下であるディプスィーク=ヨル・キート殿下の名前も、前世の認識から考えると長目のお名前だ。
歴代王の中には字に起こせば俺の倍ぐらいの長さの名前を持った御方も居たはずである。
だからこそ、この国では名前の頭の方の数音を持ってきて愛称として、ある程度以上に親しい相手にはそちらの名前で呼ばせる。
親しくても名前そのままで呼ばせる人間など、どこぞの自称親友、ディック=ヨリートの奴ぐらいだ。
「わくわく……」
ただ、こうなってくるとこの国の常識としては『クロ』と言う愛称は短すぎる。
『クロ』だけでは、クロエリア、クロスウェル、クロコダイン、クロッキアーノ、クロアコアトル等々、男女ともにかなりの数の名前が引っ掛かる。
だから、クロとしては『クロ』ではなく『クロエ』ではないかと言う話をしているわけだ。
ただ、俺にしてみればだ。
「クロは黒だからなぁ」
「へ?」
クロエリアと言う少女だけが纏う事を許された色を表す音がクロだからこそである。
とは言え、この事をきちんと説明しようとすると、相応の面倒事を伴うのでだ。
「遠い遠いとある地方の言葉で黒を表す単語なんだよ。俺はそれを知っていた。だから……まあ、思わず出たんだろうな。クロの髪の色は特徴的だし」
適当に誤魔化しておく。
まあ、とても遠いのは間違っていないだろう。
なにせ、この世界から見れば異世界であり、その異世界にある国の一つである日本と言う、前世の俺が生まれ育ち死んだ地の言葉だ。
俺自身ですらもう行けないぐらいには遠い。
「遠い遠いとある地方……そう言えばネーメリア様が、ご主人様は時々何処で見知ったのかも分からないような知識を口にされると仰っていましたが……」
「ま、偶然にそっち方面の知識を手に入れる機会があったと言うだけの話だ。今はもうそんな機会はないよ」
ただ、前世の記憶はほぼ知識だけだから、懐かしさの類や郷愁の想いなんてものには駆られない。
そもそも、得てから10年以上経っているし、その手の感情に踊らされるほど子供でもない。
こんな事を考えている時点で、思うところがあるとは言っているようなものだが。
もっと、こっちの生活で役に立つような知識を覚えておけよ前世の俺とか、思ってなんていない、いないとも。
「さて、そろそろ執筆再開だ。次は……4月第1緑の日だったな」
「もう完全に報告書じゃなくて、物語か何かを書いている気分ですね。ご主人様」
「はっはっは、事実だからこれは報告書だ。問題は無い。どれだけ嘘くさくてもな」
俺は何かを誤魔化すように笑いつつ、再び報告書を書き始めた。