第11話:フルグール孤児院-6
「それで聞き込みの方は?」
「不審な人物を目撃したと言う情報はありませんでした」
「そうか」
不審な人物はいなかった、か。
不審だと思われないように装いを整えてきたか、あるいは常日頃から訪れていたから不審だと判断されなかったか、まあ後回しだな。
「女性の方は?」
「見つけましたが……夫と思しき男性は自宅で殺されていました。それも、猿轡を噛まされた上で、床に杭で磔にされると言う惨い殺され方で。子供や親については元々居なかったようです」
「「「……」」」
衛視たちの隊長の報告にディックの従者たちは蒼ざめ、俺たちは顔を険しくする。
「どう見る? 親友よ」
「どう考える? アスト」
「ご主人様、これは……」
「見せしめと警告だな。周辺住民と俺たちに対する」
明らかに今回の件に居るであろう黒幕、強盗たちの裏に居る何者かの意図を受けた、見せしめと警告としての殺しだった。
それも女性が夫に対して何かを話した可能性があると言うだけを理由にしたものである。
「衛視たちはもう帰ってくれ。この件にこれ以上お前たちを関わらせるわけにはいかなくなった」
「分かりました。どうかお気を付けて」
俺の指示を受けて衛視たちは元の詰め所に帰っていく。
流石にスラムの孤児院や住民を襲うのと、王都の治安維持を担当する衛視を襲うのでは、難易度とその後に差があり過ぎるが、この相手ならば一人や二人程度ならば躊躇いなく消しにかかってくると判断したためである。
いや、黒幕の身分次第では俺やネーメ、ディックたちが相手でも躊躇わないかもしれない。
「場所を変えよう。孤児院長と女性、それに女性の夫の死体を共同墓地に送って、それから第七局だ」
だから俺の言葉に全員が静かに頷き、場所を移した。
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「で、念のために確認だが。親友よ、あの場には見張りの類は?」
「俺が感知できる範囲では一人ほど。ただ、孤児院の死体と男性の死体が発見されるまでは放っておいていい範囲内なんだろうな。本当に見ているだけと言う感じで、俺たちが離れたらそれで終わりだった。ああ、こっちの方や道中には居なかったぞ」
「そう、なら一安心ね」
俺たちがやってきたのは『ヨル・キート調査局』第七局にある空き部屋の一つ。
防音はしっかりしているし、調査局に攻撃を仕掛けるのはそのまま王家への反逆行為と取られても文句が言えない行為なので、流石に此処の中で仕掛けてくる馬鹿は居ないだろう。
また、第七局であれば、相手がこちらのやる気を誤認してくれると言う目論見もある。
「ご主人様はそんな事も分かるのですか……」
「ちょっとしたコツがあるんだ。機会があればその時に教える」
「分かりました」
何にせよ、此処ならば安全に、安心して話を進められる。
なお、第七局の局長、ちょび髭が特徴的なレジンスア=エンシェト局長は、俺たちの姿を見た途端にお茶と茶菓子を出して、部屋を融通してくれた後に何処かへと行ってしまった。
『厄介事はゴメンです』と、顔にも出ていたし、第七局の面々には最低限以上の協力は求めない方が良さそうだ。
「さて、見せしめがあった事からして現役の貴族が関わっているのは確定したな」
「そうだな。そちらについては俺に任せてもらおう。不審な動きをしている貴族が何処かに居るはずだ」
ディックは力強く言い切る。
貴族関係は第一局の仕事なので問題は無い。
ただしだ。
「気を付けろよ。相手によっては調査局の人間であろうとお構いなしになるはずだ」
「分かってる。親友好みに、慎重に仕留められる瞬間まで分からないように調べてやる」
調査には細心の注意が必要だろう。
下手をすれば、何処かの朝に王都を流れるヨリート河の川辺でこの場に居る誰かの死体が上がるなんて可能性すらあり得る。
「実際の下手人は今も王都に潜伏中なのよね」
「ああそうだ。元糸使い含めて10人と言うところか。王都の何処かに潜んでいると思う」
「根拠は?」
黒幕をディックに任せるなら、実行犯は俺とネーメの担当だ。
「検死結果から見て、普通の強盗が9人に、糸使いが1人居るが、こいつらは間違いなくプロだ。それも強盗だけではなく殺しの。たぶん、黒幕の貴族に飼われている傭兵に近いんだと思う」
「プロだと判断した根拠は? いえ、そもそも孤児院が襲われた理由は?」
「孤児院が襲われた理由は金、帳簿、繋がり、と言うところだろうな。たぶん、孤児院長が知り過ぎたか、欲張り過ぎたんだろう。プロだと判断した理由は……」
俺は一度ネーメとクロの顔を見る。
見て……恥ずかしがる事ではないと判断して口を開く。
「手際の良さと性的暴行の跡が一切無かった事だな」
「「「……」」」
「手際の良さについては一晩どころか一時間とかけずに、騒ぎにもせず孤児たちを皆殺しにしている事から分かる」
「そうね」
「で、一般的な強盗なら……こう言っちゃなんだが女と見れば見境が無い。殺すのなら猶更、死んだ直後なら別に問題ないって感じでな。場合によっては男でも見た目が十分ならお構いなしってのが、あの手の連中だ。だが、そう言う痕跡が一切無かったと言う事は、きちんと統率が取れていて、殺すという目的の為だけに動き、用事を終えれば直ぐに退く事が出来る集団であると示している。完全に荒事のプロの動きだよ」
「何となく……分かります。そう言う目に遭ったことがある子も見たことがありますから。男の子で」
ネーメとクロは臆面もなく頷く、どちらかと言えばディックたちの方が少し気まずそうにしているぐらいだ。
と言うか、クロの発言の直後にディックの従者の一人が尻を気にするような仕草を見せている。
「でもそうなると、既に下手人は王都から脱出している可能性もありそうだけど、その辺はどうなの?」
「その辺りはお祈りだな。ただ……まだ、王都の中に用事が残っているのなら、普通の市民や旅人に紛れ込む形で残っていて、黒幕からの指示待ちだろう。そして、これだけのプロを呼んでおいて、孤児院一つ潰してお終いとは到底思えない」
「つまり……まだ、何か起きるかもしれないんですね」
「ああ、俺はそう考えている。金か証拠か……とにかくこれを機に荒事が必要な事を全て終わらせるぐらいの腹積もりがあっても不思議ではないな。間違っても一人で捕えようとはしない方が良い」
話すべき事はだいたいこんなところか。
俺はそう思ったのだが……。
「一人で捕えようとするのはアンタでしょ。アスト」
「一人で大立ち回りの経験があるのは親友だったはずだが?」
「あ、ご主人様。何かしたことがあるんですね」
「機会があれば話してあげるわ」
「そうだな。親友と付き合うなら、知っておいた方がいい」
「……」
何故かネーメとディックから釘を刺された。
おかしい、覚えが無いわけではないが、好きでそうなったわけではないのは二人とも知っているはずなのだが……。
「ああうん。何にせよ、今日はもう遅い。相手の目を鈍らせる意味でも、これ以上の活動は止めておいた方がいいだろう。今後の捜査と情報共有も出来るだけさり気なくだ。俺はもう顔見知りが死ぬのは見たくない」
「分かったわ」
「分かった」
とりあえず今日はもう話を切り上げよう。
此処から先は地道にそれぞれが調べていくしかない事だ。
「よし、解散」
そして俺たちは黒幕に怪しまれないように気を付けつつ、この場をお開きとし、俺とクロは朝一番で出す予定だった書類を局長に出してから、局員寮に帰った。
以降は予定通り一日一話11時投稿となります。