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第98話 空き巣タイム

 ゴミ捨て場。

 シューニャとアポロニアは外の光景をそう呼称したが、予想以上に言葉の意味そのままの場所だったらしい。

 何せ巣の中には、死体やら武器やらが一つたりとも残されていないのだ。逆にロガージョの亡骸は点々と転がっており、()()()()()()()()に対して強い排斥性をもっていることが伺えた。


「これがアーミー、ワーカーより少しだけ小さく顎が大きい。甲殻もワーカーより硬く、刃が通りにくい」


 シューニャはそう言って死後硬直で丸くなったロガージョの亡骸を指し示す。

 その硬い外殻に有効打を与えるためか、コレクタたちは鈍器を振るったのだろう。側頭部が大きな陥没痕が見られる。

 どういう質感なのかが気になった僕は、その亡骸にふと手を伸ばす。しかし触れる直前、シューニャに手首を掴まれた。


「ロガージョの死体は触らない方がいい。僅かに動かすだけで、巣の危機を知らせる臭いが拡散する」


 彼女の強い口調に、中途半端な位置にあった手をそっと引っ込める。無知というのは恐ろしいもので、危うく警報装置を作動させるところだった。

 未だロガージョとは遭遇していないが、入口から続く一本道で大量の蟻に襲われるのは勘弁願いたい。

 一層慎重になった僕は、不気味な程静かな暗闇をマキナのヘッドライトで照らしつつ、周囲を警戒しながら進んでいく。

 その一本道はすぐに広い空間に行き当たった。敵を警戒して一切の明かりを消し、暗視モードで周囲を見回してみる。


『……敵影を認めず。レーダーにも感なし』


 敵が居ないことを確認してから再びライトを点灯し、ゆっくりと広間に足を踏み入れる。警戒すべきは広間そのものより、壁に穿たれた大量の穴だった。


『この部屋は――もしかして交差点なのか?』


「そう。階層内の部屋を繋ぐ中心で、特に上層ではゴミを捨てるための穴と本来の入口に繋がる口があることが多い」


「交差点にワーカーの1匹すら居ないって、流石におかしくないッスか?」


 さっき表にワーカーが出てきたことを思えば、この巣が死滅していることはあり得ない。その拭えない違和感からアポロニアは不安を覚えたようで、クルクルと耳を動かして辺りを警戒する。

 しかしシューニャが地図を書き終え、自分たちが捜索を再開してもなお、ロガージョはやはり現れない。ひたすら底を目指して進んでも、変わらず不気味な空間が続くばかりである。

 しかも深く進めば進むほど、部屋の数は少なく小さくなっていく。その上どの部屋も僅かに蟻の屍が転がっている程度で、これという脅威も見当たらない。

 どうにも違和感が拭えないまま捜索を続けること数時間。結局1匹の蟻に出会うことすらないままに僕らは明らかに質の異なる大穴へと行きついた。


『お目当ての場所みたいだ』


 マキナのヘッドライトが照らし出したのは、破損したコンクリートの壁である。

 ロガージョが崩したのか、経年劣化で開いた穴に巣穴が繋がったのだろう。警戒しながら中を覗き込めば、コンクリートに覆われた太古のトンネルが、左右に長く伸びていた。


『レール……鉄道か』


「なるほどな。そりゃ鋼の箱とやらがあってもおかしくねぇぜ」


 ダマルが納得したように声を上げる。

 地面を走る2本の軌条と天井からぶら下がっている架線。いつから消灯しているのかわからない信号機が壁面から生え、その隣には速度制限を行うであろう数字の刻まれた標識もあった。


「これも800年前の施設?」


『ああ。都市間を繋ぐ大動脈だった物の一部だよ』


 地下にわざわざ線路を埋設したということは、この直上は都市だったのかもしれない。思いのほか構造物が綺麗に残っているのは、線路などを維持するための抗劣化装置が、長い間動き続けていた可能性を示唆していた。

 だが鉄道という交通手段を知らない現代人にとって、このトンネルは余りに不可解なものだったのだろう。ファティマがコンコンとレールを叩き、不思議そうに首を捻った。


「これ鉄ですね。持って帰れば鍛冶屋さんに売れますよ」


「なんでこんなものを地面に固定してるッスか? 歩きにくいッス」


「私もそう思う。それにこれは、滑らかな地面にわざわざ凹凸を作っているように見える」


 現代で道といえば、人や獣が歩く場所としか考えられないのだろう。挙句小柄なアポロニアとシューニャにとっては枕木が非常に邪魔らしく、道床に固定されたレールも含め、歩きにくいと苦情漏らす。


『歩くための道じゃないんだ。専用の車というか――あぁ、ちょうどアレが走るための場所だったんだ』


 早々に説明を諦めかけた矢先、ヘッドライトが金属の塊を照らし出した。

 コレクタユニオンに報告があった鋼の箱は。十中八九これだろう。塗装の剥がれた体で道を塞ぐそれは、四角い機関車だった。何らかの理由によってトンネル内で立ち往生し、そのまま放棄されてしまったらしい。

 それを見たダマルは嬉しそうに声を上げる。

 

「鋼の箱たぁ言い得て妙だぜ。こりゃ相当年季の入ったポンコツだな」


『年季は僕らも変わらないだろう?』


「おいおい、電気機関車だぞ? エーテル機関分散式じゃねぇ奴なんて、本物の化石だっての。戦争で貨物需要が膨らんだから、無理矢理引っ張り出されてきたんだろうなァ」


『君、鉄道趣味なんてあったのかい?』


「親父が好きでよ、その影響って奴さ」


 そう言う割には運転席をわざわざ覗き込んだり、車体下で足回りを確認したりと妙に楽しそうであるため、僕は敢えて何も言わないことにした。

 しかしダマルにとって趣味の品でも、女性陣にはただの鉄塊に過ぎず、彼女らは揃って不思議そうに機関車を見上げて首を傾げる。


「これは……?」


『貨物列車だよ。これで大量の荷物を町から町へ運んでいたんだ』


「こんな大きなものが、動いたということ?」


「後ろにもずーっと続いてますね。ちょっと動いてる姿を見てみたいです」


 信じられないと首を振るシューニャに対して、相変わらずファティマは好奇心が先行しているらしい。軽々と貨車の上に飛び乗ると、積まれたコンテナの間からこちらを覗き込んだ。


「これ開けられるんですか?」


「おう、任せろ」


 ダマルはいつの間にか彼女に合流していたらしい。

 取手を捻ってロックを外せば、錆びついたコンテナはギリギリと音を立てながらもその中身を露わにする。ただトンネル内にとんでもない音が響いたことで、僕とアポロニアは慌てて前後の警戒へ走らされた。

 しかしそれから暫くしても敵が現れる様子はなく、僕は安堵の息を漏らしながら、ダマルに苦言を呈した。 


『頼むから、もう少し警戒心を持ってくれ』


「そうッスよ。なんでかここ、やたらと響くんッスから」


「わりぃわりぃ。だがこのコンテナは当たりだぜ、軍用貨車って奴だな」


 骸骨は悪びれる様子もなくコンテナの中から顔を覗かせると、成果物を見せつけながら自分を呼んだ。

 その手に握られていたのは、特殊部隊でよく目にした白い包みである。それも1つではなく、覗き込んだコンテナ一杯に積まれていた。


プラスチック(可塑性)爆薬か――!』


「とんでもねぇ量だぜ。一体何を吹っ飛ばすつもりだったんだろうなァ?」


 本来は工兵が壁を破壊したり、不発弾を爆破処理するための装備だが、海上コンテナ一杯の量であれば要塞でも軽く吹き飛ばせる威力を誇る。待ち伏せ作戦に用いればミクスチャであろうがマキナであろうが、容易く撃破することができるだろう。

 しかし見た目はただの粘土塊にすぎないことから、ファティマがまた不思議そうに指で突っついていた。


「おー……なんですかこれ? 結構柔らかいですよ」


『爆弾だよ。包みが3、4個もあればマキナだって吹っ飛ばせる』


「ま、マキナを破壊できる威力……?」


 相当恐ろしい想像が巡ったのだろう。シューニャは自分を掻き抱いて身震いし、ファティマも慌ててその手を引っ込める。

 しかしプラスチック爆薬は突いたくらいで爆発するようなものでもない。それどころか衝撃や加熱による事故が起こりにくく、爆弾としては非常に安全性は高いものだ。何かと使い道も多い便利グッズである。

 流石にコンテナ一杯は多すぎるため、持ってきた鞄に起爆装置を含めたセットを入るだけ詰め込み、残りはここに置いて行くこととなった。無論危険物であることに変わりはないため、不用意に他の誰かが触れないよう、コンテナをしっかり封印することも忘れない。

 そしてちょうど封印の確認が終わった頃合いに、アポロニアが声をかけてきた。


「ごしゅじーん? ダマルさんがお呼びっすよー?」


 ダマルは自分が作業をしている間に、別のコンテナを調べていた。それもアポロニアの案内に従えば、骸骨は随分離れた車両に物資を見つけたらしい。しかしダマルが手を振るコンテナは、中身を見ずとも軍事品を運んでいることが明らかなものだった。


『玉泉重工のロゴって……隠す気ないねぇ』


「だが俺たちにとっちゃ幸いだ。見ろよ、中々宝の山だぜ」


 そう言ってダマルはコンテナの中を指し示す。

 そこに残されていたのは、厳重な封印が施された武器ケースである。それも人力で運び出すのは難しいほどの重量物で、僕はファティマに手伝ってもらいながらそれらを外に運び出した。


「こいつぁ中々悪くねぇ。突撃銃だけじゃ心もとなかったからな」


『あー……僕としては、あんまり趣味じゃないんだけどね』


 フラッシュライトに照らされた箱の中身には、巨大なガトリング砲が鎮座しており、その他にも前腕部に取りつけて使う携帯式榴弾砲アームカノン、更には背面に取り付ける細いサブアームユニットまで見つかった。

 だがダマルは一切を分類し終えてから、悔しそうにコンテナを殴っていたが。


「なんで第二世代用アクチュエータはあんのに、第三世代用がねぇんだよ……! 前にも言ったなこんなこと」


 どうやら自分たちはまだ、遺跡やらテクニカやらと探さねばならない運命らしい。

 他のコンテナも漁ったが雑貨品や建設資材がほとんどであり、変わり種では手押しポンプだとか小型の耕運機も見つかっている。

 だが今の自分たちに必要な物ではなく、今回も武器の充実による火力向上が行われただけで終わってしまった。

 これでもアクチュエータがないだけなら、マキナの部品が少なかったこともあって仕方ないとも思えただろう。しかし弾薬の類が豊富にある中で、電磁加速砲の交換銃身と耐熱質量弾はありながら、蓄電池が見つからなかったことはどうにも納得できない。

 しかし愚痴を言ったところで状況は変わらないので、僕らは諦めて物資の輸送準備に取り掛かる。だがここで1つ問題が起こった。


『これ多分乗らないねぇ』


「だよな……とりあえずそのガトリング置いて行くか。いらねぇだろそんなアホみてぇな火力」


 ダマルがため息を付くのも無理はない。

 ただでさえ圧倒的な重量物であるガトリング砲は、現代において明らかに過剰な火力であり、非常に嵩張る事から玉匣に積んでおくにも邪魔である。なので必要に応じて取りに来ることを決め、プラスチック爆弾と共に置いておくこととなった。

 それでもなお、自分と共に輸送する担当であるファティマには、相当な荷重がかかっていたが。


「おぉおぉ……流石に重たいですね。あと背負子が壊れそうです」


『うん、だろうね。もう少し減らそうか』


 積めるだけ弾薬を積んだ背負子は、力自慢の彼女がふらつくほどの重量だったため、結局これも半分ほどを置いて行かざるを得なかった。

 かくいう自分の背中も、サブアームと携帯式榴弾砲、ついでに爆薬の一部を担ぎ上げるという、あまりに無理矢理な姿となっていたが。



 ■



 夜鳴鳥亭のテーブルで私はパスタをつついていた。


「行くなら行くって言いなさいよね、薄情なんだから」


 貴族を相手になんという不敬か。地位を鼻にかけるつもりはないが、私でなければ間違いなく難癖をつけられていただろう。いかにコレクタリーダーが平民よりは権利を主張できると言えど、領地と軍権を持つか王家と繋がりを持つ高貴な身分からすれば大して変わらないのだから。

 少なくともトリシュナー家では、領民を自らの財産と考えて大切にしている。だがこれは稀有な例であり、多くの貴族は平民以下など纏めて吹けば飛ぶような存在だとしか思っておらず、質の悪い部類では根も葉もない罪を着せては民衆を圧迫するような屑だって珍しくない。

 私はそうなるつもりなど欠片もないが、それとこれとは話が別である。少なくとも剣を交えて縁を結んだのだから、出かける際に一声くらいかけるべきだろう。

 そんなことを考えていたのが顔に出たらしく、ジークルーンは微妙な表情を浮かべた。


「仕方ないよ。別に約束してたわけじゃないし、アマミさんたちだって事情があるだろうし」


「それはわかってるけど――でも酷いと思わない?」


「あはは……マオ、毎日楽しみにしてたもんね」


「べ、別に楽しみになんてしてないわよ。あんなのただの息抜きだし、相手が突然居なくなったことが腹立たしいだけ」


 いつもの時間にいつもの場所。天気が崩れでもしなければ、彼らはいつもそこに居て剣を振るっていた。

 しかし今日は快晴だというのに見当たらず、先に来てしまったかとジークルーンと会話をして時間を潰していたのだが、待てど暮らせど彼らは現れない。不思議に思った私が夜鳴鳥亭を訪ねれば、ハイスラーからしばらく留守にしていると聞かされたのだ。怒りたくなるのも当然だろう。

 そんな私の不貞腐れたような表情にジークルーンは困り果てていたが、10歳も年下のヤスミンはまったく気にした様子もなく、軽い足取りで追加の葡萄酒を運んでくる。


「マオリィネ様、綺麗なお顔が台無しですよー」


「うぐ……ヤスミンに言われると辛いわね」


 子どもから素直過ぎる笑顔を向けられては、流石にいつまでも拗ねてもいられず、私は肩を落としてため息をついた。


「アマミさんたちはお仕事だって言ってました。シューニャさんがキンキューイライとか」


「よ、よく知っているわね。その内容はわかる?」


 ハイスラー以上にヤスミンは客の話をよく聞いているらしく、私は末恐ろしい娘だと表情を引き攣らせる。いずれは夜鳴鳥亭を継いでいくのかもしれないが、彼女は酒場の主としての天性の才があるのかもしれない。

 それも子どもという利点を生かして、本来はコレクタが隠すべき内容まで断片的に聞き取っているのだから恐れ入る。


「えっと……ロガージョ? が出たとか言ってました」


「へぇ、珍しいわね」


 その名前を聞いた瞬間、巨大な虫の姿を思い出して僅かに血の気が引いた。

 無論今までにも虫の類に遭遇することは多い。しかしその都度、護衛兵に一切合切丸投げして片付けてもらうくらいには、私は蟲が嫌いだった。

 逆にジークルーンは意外にも幼いころから虫を怖がらず、身震いする私とは違って素朴な疑問を口にしてみせる。


「ユライアランドにロガージョが出たら、軍にも報告が上がってくるはずだけれど……なかったよね?」


「偵察兵の質が落ちたのかしら? あるいはもう誰かさんが解決したとかじゃないの?」


 是非そうあってほしいと思いながら、震える手で薄い果実酒を啜る。

 そもそもユライアランドではロガージョの出現自体珍しいというのに、なぜ自分がユライアシティに居る時に限って、わざわざ出現するような嫌がらせをしてくるのか。

 ただでさえトリシュナー子爵領(アチカ)では、バイピラーの駆除が日常業務なのだ。せめて王都に居る間くらい、私は虫と無縁の生活を送りたい。

 しかしジークルーンは、私の希望を軽く苦笑で一蹴してくれる。


「それならむしろ成果報告が上がってくるよぉ。巣の規模にもよるけど、ロガージョを駆除できる腕があれば、軍隊からスカウトされてもおかしくないんだから」


 軍がコレクタユニオンからヘッドハントを行うのはよくある話だ。

 知識やら人望やらを要求される組織コレクタへの昇格と違い、軍では武勇にさえ優れていれば正規兵として取り上げてもらえるため、無頼漢たちからの人気は比較的高い。


 ――戦場でこれくらい鋭いことが言えれば、ジークも出世できるでしょうに。


 根が優しく臆病な彼女は普段ならいざ知らず、戦場という極限状態では極端に委縮してしまう。しかも騎士を続ける理由が、ヴィンターツール男爵家の経済的逼迫であるため辞めることもできず、その境遇には流石に同情する。


「まぁいいじゃない。帝国軍を蹴散らすような男が行ったのよ? ロガージョくらい相手にならないわ」


「そっか、それもそうだよね」


 納得したらしいジークルーンはうんうんと頷いてから、小さく小さくパスタを口へ運ぶ。

 一方の私は言葉の裏で、帰ってきたら今度こそ一太刀入れてやる、とプライドを燃やしながら果実酒のグラスを傾ける。

 そんな時だった。開け放たれた鎧戸の向こうに、知り合いの不愛想な顔を見つけたのは。

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