第18話 コレクタユニオン(中編)
「私はフリーピッカーとして仕事を続けるつもり」
マティの問いかけに、シューニャは悩んだ素振りも見せずにそう答えた。
「ロール氏が……? テクニカへの推薦は遠のきますが、いいの?」
「いい。それなりに道筋は見えているし、テクニカへ所属することが私の目標の全てではない」
清々しく言い切るシューニャに、マティは眉間に指をあてて大きくため息をついた。彼女の選択が余程意外だったらしく、何故か落胆までその表情に垣間見える。
しかし言葉の意味が理解できないのではどうしようもなく、僕は小さく挙手しながら質問を挟んだ。
「あの、悩んでらっしゃるところ申し訳ないんですが……フリーピッカーについて説明を求めても?」
シューニャ自身の決定に口を挟むつもりは毛頭ない。だからと言って、言って自分たちにも影響するかもしれないことを、良し悪しすらわからないままで居るのは無責任だろうと思ったのだ。
あまりの悩みに頭が痛いのかこめかみを抑えていた彼女は、一度大きく深呼吸してから、わかりました、と1枚の木板を取り出した。新人教育用のフリップなのか、そこそこ使いこまれて傷が目立っている。
文字はまったく読めない僕には意味がまったくないのだが、それを知らないマティは一行目を指さして説明を始めた。
「我々コレクタユニオンには多くの人間が在籍しており、その大半がこの集団コレクタという扱いになります。大体は3人から20人ほどの集団を形成しますが、出入りに規制もないので集団は日々変動して一定しません。その規模と能力に応じて仕事を斡旋し、報酬を支払うことになります。あと、リーダーになられる方への制限もありませんので、誰でも旗揚げは可能です」
「なるほど」
仕事の斡旋について以外はほとんど放任ということらしい。勝手に作って、勝手に大きくなり、勝手に消えていく。そんなところなのだろう。
大まかながら僕が理解したことを確認すると、マティはフリップに書かれた次の行を指さす。題字が上の集団コレクタと似ているあたり、なんとかコレクタだろうと当たりをつける。
「次に組織コレクタですが、こちらは主に重要度や危険度の高い依頼を担当する集団コレクタの上位存在で、ロール氏とリベレイタが所属していたヘンメ・コレクタもこれですね。立ち上げるのにも所属するのにもコレクタユニオン側からの審査がありますので、一定以上の能力や成果が必要となります。リーダーには問題が発生すれば我々に対しての報告、及び、解決を目指す義務と責任がある一方、重要案件の斡旋から運営資金の融資、テクニカへの推薦や駄載獣の貸し出しなどの待遇が保障されています」
「上級職、と言ったところですか」
自分を追跡したヘンメ・コレクタなる組織が、揃いの装備を身に着け、整った武装をしていたことを考えると、あれは平均値ではなく特別だったらしい。
マティも、できれば戻ってほしいんですが、と小声で言うあたり、組合の中でも立場が異なるのだろう。
「それで、最後なんですけど……」
最後に指さされたフリップの題字。それは上の2行とは大きく異なり、コレクタ、という共通していた文字は見当たらなかった。
「フリーピッカーは集団に属さない完全な個人です。理由はいろいろありますが、仲間を集められなかったり、集団から弾かれたりした人たちがこうなります。個人でできることなんて限られていますから、こちらも仕事の斡旋が難しくなります。大体は集団ではお金にならない雑務的な仕事や、近隣の町村に在住する個人からの依頼をこなす人が多いです」
「あぁ……それで」
マティが頭を悩ませていた理由がようやくわかった。
今まで上位に位置する組織に居た者が、唐突に最下層まで叩き落されるとなれば心配もするのも無理はない。
そうなんです、と目で訴える彼女は、がっくりと肩を落とした。
「フリーピッカーは立場が弱く、コレクタユニオンでは長期間依頼を達成できずにいると強制脱退となりますので……」
基本的に信頼されない存在である、とマティは言う。
元々はテクニカの研究員になりたかったと言っていたシューニャだが、聞く限りフリーピッカーではそれも難しいだろう。
流石に止めるべきかとも思った。組織コレクタに属するための審査とはどれほどの難易度なのかわからないが、決して簡単ではないだろう。その上、一度脱退した者が再度となれば、それはより厳しい壁となるに違いない。
だが、こちらに向き直っていたシューニャは、左右に小さく首を振る。その表情を見たとき、僕はとても止めることなどできないと悟った。
シューニャは僕たちに同行すると言ったとき、既に覚悟を決めていたのだろう。
彼女の溢れる知識欲がその決断をさせたのか、あるいは僕らへの恩返しとでも考えているのかはわからない。だが理由がどうであれ、ここへ来るまでの短い時間の間にも、僕らは彼女に助けられており、既にシューニャの存在は玉匣にとって重要だった。
それこそ、本人が同行を続けることを望む限り、こちらが率先して他へ譲るつもりはない。それどころか、囲い込みを図ろうとすら考えるだろう。
マティが、説明を聞いたうえで止めないのかと非難の視線を向けてくるが、僕は表情を苦笑に歪ませて首を振った。
それを確認したシューニャは、再びマティに向き直ると淡々とした口調で同じことを繰り返す。
「私はフリーピッカーとして仕事を続けていく。これは自分で決めたこと、問題はない」
「くぅっ!」
その言葉に最早我慢ならぬと言った様子で、マティは机を叩いて立ち上がった。その矛先は、揺るがぬ決意を語るシューニャではなく、背後で苦笑を浮かべるだけの僕へと向けられた。
「アマミ氏は彼女を気にかけてはいないとでも言うんですか!? ロール氏の未来がかかっているんですよ!? 彼女は優秀なブレインワーカーです! いずれはテクニカ研究員にだって……!」
その噛みつかんばかりの凄まじい剣幕は、普段の僕であれば逃げ出しかねない程だった。
だが結論は既に出されている。外野が何かを言い合う時間は、もう過ぎ去った後だ。それに、マティが僕の説得に期待していたとするなら、それはお門違いというものだろう。
「僕は2人を保護しただけの部外者ですよ。シューニャやファティマの身の振り方に口を出すのは、過干渉かと思いますが」
「自立支援は保護責任の外だと言うのですか?」
「論点が違います。彼女たちが望む方向へ進めるよう手助けすることが自立支援でしょう? その上で、シューニャは既に自分の意見を示しているではありませんか」
「それは、そうですが……」
理解はできるが納得はいかないとマティは奥歯を噛み締めた。それがシューニャのためであることは明白で、それでも向いている方向が大きく食い違う。
言葉を失い、悔しそうにも悲しそうにも見えるマティの表情に、僕は申し訳ないと頭を下げた。僕に彼女の意見を肯定することはできない。しかしその真摯さには好感を持った。
野盗が闊歩し、人類を捕食する生物が跋扈する現代で、国家は帝国を名乗り侵略戦争を繰り返している。この不安材料しかない時代で彼女は、自立支援などいう綺麗事を堂々と言ってのけた。それはこの女性の美徳であり、また稀有な人物であることを示している。
「マティさん。僕は彼女を見捨てようと思っているわけではありません」
僕が1歩前に出たことで、シューニャが小さく僕の名前を呼んだが、聞こえなかった振りをして言葉をつなぐ。
真摯に誠実に、自分の意思を正しく伝えるために。
「この2人は僕が面倒を見ます。何があっても、最後まで責任を取ることを約束しましょう」
隣でシューニャとファティマが硬直して目を瞬かせ、マティは今までの覇気を失ってポカンと口を開けた。
静寂が天幕を包み込む。いつの間にかテーブルについていた数人のコレクタも、天幕内を行きかっていた職員たちも、マティの叫びを気にして天幕の入口から覗き込んでいた衛兵たちまでもが、こちらを凝視したまま物音一つ立てずに固まっていた。
しばしの間、それは続いた。続いてしまった。徐々に無言の圧力を感じ、汗が噴き出してくる。
何だ、何なんだこの空気は。僕は何かおかしなことを言ったか。今後の彼女たちについて、自分が最後まで責任を取ると言っただけだ。そう最後まで責任を、責任?
ハッとしたが時すでに遅し。こういう時、こちらが気づいた瞬間には何もかもが手遅れで、目の前でしおしおと椅子に崩れていくマティは、止める間もなく消え入りそうな声を発してしまった。
「ご、ごちそうさまです」
たちまち周囲から沸き上がる謎の大歓声。
人数が人数だったので万雷とは言い難いが、ありったけの拍手に晒される。コレクタの荒くれ者たちが、この色男、と野次を飛ばし、組合員の女性たちの黄色い叫びがこだまする。
「ちょっ!? 待て、誤解だ!」
煽りたてる周囲に、慌てて訂正を入れようとするが、照れるな照れるなと見当違いな慰めを頂くだけで僕の言葉は届かない。
その上、外に立っていた衛兵ズが、道行く人々に噂をばらまき始める始末である。耳ざといバックサイドサークルの人々は新しい玩具の登場に天幕入口へ殺到し、コレクタ所属の者たちが内側まで詰めかけたためにテーブルは瞬く間に埋まり、あっという間に酒盛り体制が整ってしまった。
このままではシューニャとファティマに大層な迷惑がかかってしまう。そう判断した僕は2人に、脱出することを進言しようと視線を向けると、彼女らは揃って視線を逸らした。
「ふ、2人とも!? この状況は不味いと思うんだが……」
あえなくアイコンタクトをフラれてしまった僕が声をかけるも、シューニャは顔ごと背けて無言を貫く。ならばとファティマを見れば、焦点の定まらない瞳で何もない虚空を眺めており、これまた話にならない。
万策尽きた僕は目を覆い、これは詰んだと天幕に覆われた空を仰いだ。
「当てられてしまいました……」
聞こえたマティの小さな声に、僕の頭には電光が走った。まだだ、このままでは終われぬ、と心が告げる。
この人が居るではないか。職員であるならば状況を改善できる手段がある。
見た限り、この大天幕には他の天幕が連結されているらしく別室が存在する。情報収集も仕事とする組合だと言うからには、極秘で話ができるようなスペースの準備もあるはずだ。分の悪い賭けではない。
やや赤みを帯びた顔を両手で仰いでいるマティの両手を、僕は一切の躊躇なく素早く掴まえる。
「ぴぃっ!?」
彼女から随分可愛らしい悲鳴があがり、周囲にはどよめきが広がったが、そんなことを気にしていられる状況ではない。
「マティさん、重大なお話があります。できれば、僕たちだけで話ができる空間はありませんか?」
「な、ななな、なんですか!? そんなの急に言われても困りますよ!?」
掴まれた手を振り解こうとマティが両手を振るが、軍人として鍛えられた僕の手を払うことはかなわない。
急ぎであることを強調せねばと、一気にマティの鼻先まで顔を近づける。目と鼻の先に熟れたトマトのようになった彼女の半泣き顔が置かれるが、今はそれも些細な問題だ。なんせ僕には時間がない。
既に周囲からはあいつジゴロだとか、あの子たちいきなり苦労するなぁという至極不名誉な発言が飛ぶ。だが、自分は何と言われてもかまわない。
「部屋がないのであれば人払いをお願いしたい」
「こ、困ります、困りますぅ……」
グルグルと目を回すマティに更に詰め寄ろうと身構える。このまま困りますリピートロボットになってもらうわけにはいかないのだ。
「あのぉ、よろしければ奥をお使いくださいませ。大事なお話なのでしょう?」
だが、そんな彼女のあまりの惨状に痺れを切らしたのか、隣で受け付け業務をしていた女性が声をかけてくれた。
「お言葉に甘えさせていただきます!」
「では、こちらへどうぞ」
こちらが至極真面目な顔でハッキリと返事をすると、訳知り顔の彼女はテキパキとマティを椅子から立たせると、フラフラするその背を押しながら、僕を先導して歩き始める。
僕は巌の如き不動のシューニャとファティマを小脇に抱え、その後を追った。
気を利かせてくれた女性職員には頭が下がる思いだったが、何故か彼女の肌がやけにツヤツヤと輝いていることが、少々気になった。