第12話 足跡を辿る者
ガシャガシャと金属が擦れ合う音が喧しく響く中で、店主は憂鬱そうにその場に立っていた。
周囲にはいつもの用心棒が数人が付き添うが、彼らもまた困惑の色を隠せない。
「手間をとらせてすまんな店主」
そう言って
武人の周囲を取り巻く他の者たちも、皆一様に同じ恰好をしている。違うとすれば、このアンヴに乗る武人だけが鎧の上からマントを纏い、兜の頭頂部に飾り毛がついているという程度だ。
「今月は税金の取り立てが早いのかと思ったら、まさか軍があれを追ってたとは驚きですよ」
重税に苦しめられている帝国の住民なら、誰しもが口にするであろう皮肉に、武人は表情を変えずに重々しく頷く。
店主が言ったように、彼らはカサドール帝国の軍人である。それを歓迎する店主ではないが、だからと言ってあまり邪険にできるはずもない。
あの時小便を漏らしかけていた行商人が告げ口でもしたかと思ったが、それにしても昨日の今日で軍が到着するにはあまりにも早すぎる。どちらかと言えば、事前に察知して追撃をしていたと考えるべきだろう。
正直、平穏な暮らしに変わりがないのならば、商人にはリビングメイルがどうのこうのと言う話には興味がなかった。一応にも庇護下にある帝国の臣民である以上は、聞かれたことには素直に答えるし、こうして撃破されたテイムドメイルの見聞にも付き合う。無論その裏には、さっさと帰ってくれという意味が強いのだが。
「報告! ロンゲン軍団長、やはりあの鈍色が我々が探していたテイムドメイルに間違いありません。捨てられた盗賊の遺体も確認しましたが、特徴が証言と一致します」
武人ことロンゲンは、胸に右手を当てて敬礼する兵の報告に、店主から聞いた内容に嘘がないことを確認した。
それは彼らを疑う必要がなくなったということだが、逆に謎が深まったとも言え、深く眉間に刻まれた皺はその濃さを増す。
「破壊されたテイムドメイルはどうやって倒されていた」
「腕がもぎ取られている他は、首に何らかの損傷があるようですが、それだけでリビングメイルが死ぬとはとても……」
兵士はまるで自分が見たものであるはずなのに、それが信じられないと言わんばかりに首を振る。
一部始終を見ていた店主は、一撃で腕を落としたことしかわからなかったと告げている。
ロンゲンはその報告に対して更に唸った。
店主が見えない内に加えられた攻撃。そんな器用なことがリビングメイルなどと言う化物にできるのか。
「そうか……わかった。下がれ」
失礼します、と兵は調査を続けている仲間の元へと駆け戻っていく。
あれを倒したのは青い野良のリビングメイル。それが嘘である可能性は極めて低い。だがその攻撃手段はまるで武術の達人だ。力だけでほとんどの生物を御せるようなリビングメイルが、武術を使う意味とはなにか。
「店主、青いリビングメイルについて、他に何かわかることはないか。なんでもいい」
「はぁ、信じてもらえるとは思いませんが、青銅貨を持っていて干し肉とパンを買っていきました」
これには普段寡黙な武人として有名なロンゲンも、あぁ? と素っ頓狂な声を上げてしまった。
やや威圧的にすら聞こえる声で、店主の周りを固めていた用心棒たちは気圧されて半歩引いたが、店主はそれが普通だとばかりに首を振る。
「嘘は言っちゃいません。信じてもらえるとは思えない、と先に言ったではありませんか」
「……いや、そうだな。聞いたのは私だ。すまぬ」
ロンゲンは常識で相手にできる存在ではないと、一時的に自分の知り得るリビングメイル像を思考から追い出した。
人間のような技を用いてテイムドメイルを完全に破壊し、金銭取引を理解しており、食料を購入するリビングメイル。こんなことを報告書に書けば将軍職の面々には相手にしてもらえないだろう。それどころか精神を病んでいるとでも言われて更迭されかねない。とはいえ、嘘を報告するのも難しい。
ロンゲンは嘘や
それでもたまには、器用に立ち回れるようになりたいと思うことくらいはあるし、今日に至っては武の才と交換してほしいとさえ願った。
「誰か、ゲーブルを私の元へ!」
それを聞いた兵士の1人が慌てて走り出す。が、直ぐに彼は立ち止まったかと思うと、その後ろから縦横の幅を間違えたような小男が、プレートアーマーを揺らしながらのっしのっしと現れた。
「お呼びですか」
ゲーブルと呼ばれたこの小男こそ、ロンゲン率いる帝国軍ハレディ将軍麾下第3軍団の副団長である。ロンゲンは平民出身で一兵卒からの叩き上げである自分が、武勇には覚えがあっても知略に優れないことは骨身に染みていた。
そのため、判断に迷うことがある度、直ぐにゲーブルを頼ることが癖づいてしまっている。
逆にゲーブルは貴族出身であり、元は騎士候補生として努力した秀才でもあったが、ロンゲンの配下となってからは頼られてばかりだというのに、自らの出自を鼻にかけることもなく彼をよく支えていた。
「貴様はどう思う。このよくわからん青いリビングメイルとやらをどうするべきだ」
「そうですな……あの商店主が嘘を言っているとは思えませんので、ここはテイムドが撃破されたことを伝令に報告させつつ、小部隊でその青いリビングメイルの予想進路を捜索してみては如何でしょう。道中に何か転がっておるやもしれませんし、コレクタ共が何か掴んでいることも考えられます」
「信じよ、と?」
「調べてみるべきだと愚考する次第です」
ややあってから、そうか、そうだな。とゲーブルの意見を飲み込んだロンゲンはうんうんと頷く。
そうと決まればと彼は直ちに伝令を将軍の元へ走らせ、自身は他の兵を纏めて捜索行を開始した。無論、破壊されたテイムドメイルを放っておくわけにもいかなかったので、別の伝令を駐屯部隊へと走らせ回収するように指示も出している。
「大丈夫かよあの武人」
その様子を見ていた店主たちは、ロンゲンよりもゲーブルのほうが余程実権を握っているのではないかと思ってしまい、なんとも言えないげんなりした表情を浮かべるほかなかった。
逆にそれを見ていた兵士たちは少し困ったような顔をしながらも、実際第3軍団ではこれが日常だったため、いつも通りにその指示に従って仕事を進めていたのだが。
■
翌朝。
昨晩外へと叩きだしたダマルは予想通り、僕らが寝静まってから上部ハッチを開けて砲手席に潜り込んだらしい。野犬やらザトウムシやらのオモチャにされていないことが確認できたため、僕らは揃って朝食をとった。
骸骨は、あちこちが凝ってやがる、と砲手席で寝かされたことへの苦情を並べてはいたが、流石に同情してやろうという気は起きない。何ならシューニャとファティマはどちらもうら若い女性であり、ダマルへ向けられる視線は昨日と比べてどこか冷ややかだった。
「よく眠れたかい」
「ボクはいつもよりもぐっすりでした。あの寝床はホントに気持ちいいですね」
「同感」
それはよかったと告げるが、内心あの二段寝台の設置には随分苦労した覚えがある。
何せあの施設に残っていたベッドのマット類は、大体が汚れていたり破れていたりと酷い状況で、まともなシーツも中々見つからなかったのだ。壁に向かって折り畳みができる台座の方は、ダマルがその工作能力を駆使してすぐに完成したのだが、まともな寝具がないことがネックとなり、僕は無駄に広い施設中を探し回る羽目になったのだ。
結局、倉庫の奥底で真空パックが施されたままの寝具一式を見つけたことで、事なきを得て今に至っている。同じようにそこで寝袋も見つけたので、結果オーライと言えなくもないのだが。
「まぁ……それなら報われたかなぁ」
苦労を忍びつつ、僕は噛み切れない干し肉をアーミーナイフで細かく切って飲み込んでいく。隣でファティマは鋭い八重歯で干し肉を噛みちぎっていたが、あれは人間技ではないと思った。
「キョウイチたちは、これからユライア王国へ向かう?」
一方のシューニャは、頬を硬いパンで膨らませながらこちらを見て、質問を投げかけてきた。
水に浸して多少柔らかくなっているとはいえ、表面が木の皮のような硬度を誇っており、頬張ったまま喋るなどすれば口の中が血だらけになってしまいかねない代物である。そのため、僕がゆっくり飲み込んでから話してくれ、と身振り手振りで訴えれば、彼女はコップ1杯の水を全て使って、それらを一気に流し込んだ。よくそんなことができるなと感心するが、この食事に慣れているのなら普通なのかもしれない。
シューニャが、ぷは、と息をついたの確認してから、僕は話を再開した。
「ここに長居する理由もないし、資金もないから急ぎたいとは思うよ」
「同感だな。なんせもう、ほとんど食い物も干上がっちまってんだわ」
元々少なかった食料を無理に分けて食べていたのだが、そこに2人も人間が追加されたとあっては耐えられるはずもない。限界を迎えるのはまさに一瞬だった。
金の方も所詮はボロボロの野盗からダマルが失敬した分だけしか持ち合わせず、残されているのは先日の釣銭だけ。つまり青銅貨が3枚であり、ファティマが語る『とても水っぽくてびっくりするぐらい不味いスープ』にすらありつけない、完全な極貧状態である。
それを聞いたシューニャは慌てて財布を取り出そうとしたが、僕はそれを固辞した。
「気にしなくていい。こっちの都合で助けた相手から、お金を受け取ることはできないよ」
「でも、それでは貴方達が飢えてしまう」
「カカカ、最悪野盗連中でも探して襲うなりするさ。これでも大人なんでな」
なお食い下がろうとするシューニャに対し、ダマルは無理矢理会話を終わらせた。
一方のファティマはそれを聞いても食事の手すら止めず、頑張ってくださいね、とだけ告げる。ドライと言うべきか大物と言うべき、その様子に僕は感心してしまった。
シューニャはまだ納得できないようにもじもじとしていたが、やがて意を決したように顔を上げた。
「提案がある」
「金ならいらねぇって」
冷やかすような骸骨の声に、シューニャはブンブンと大きく頭を振って、強い視線を僕とダマルへと向ける。
鬼気迫るその様子に僕は気圧され、ダマルも流石に軽い顎を噤んで、彼女の言葉の続きを待った。
するとシューニャは自分の胸に手を当てて深呼吸をしてから、決意を込めて口を開く。
「私も、貴方達に同行させてほしい」
僕は彼女の言葉に硬直した。
正確には何を言っているのかを、頭が理解しようとしなかったと言ってよい。
ダマルも同じように彼女に身体を向けたまま固まっている。唯一ファティマだけが未だ干し肉を噛みちぎり、咀嚼しながら欠伸をかみ殺していたが。
朝靄が立ち込める視界の中を一陣の風が吹き抜けた。シューニャは金紗の髪をふわふわと風に遊ばれて、しかしそれを止めようともせずに、僕とダマルをじっと見つめていた。