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スカイ・ルーンの憂鬱

 


「おかしくなり始めたのは夏の頃からだ。アレタが補佐を選んだっつーあの辺から私のケルト十字がおかしな反応を見せるようになった」



 ルーンが海を、遠くの水平線を眺めながらつぶやく。




「おかしな反応?」





「ああ、お前も知ってるだろ? 私が自分の意思で見通せる未来は本来、極近く、見えても数十秒先がいいとこ。それより先の未来を自分の意思で見ることは出来ねーし、例えたまたま見れたとしても夢占い以上の精度はねー。……そのはずだったんだけどな」





 緑色の毛先をいじりながらルーンがひとりごちる。ソフィには珍しくルーンの言葉を黙って聞いていた。





「今は違うとでも言いたいわけか?」





「ああ、お利口さんなクラークちゃんの言う通り。……あの夏からたまに妙な予知を視る。残念ながらそのほとんどが本当に起きているんだよ、今のとこな」





 ルーンのまなじりに彫られている




「そのことと、ルイズを煽り、味山にぶつけたこと、何が関係ある? 状況がわかっていないわけじゃないだろう。ルイズは味山を少なくとも再起不能にしようとしていたんだぞ」





「ああ、それも知ってた。視てた、からな。あの馬鹿ゴリラが"遺物"を味山只人に使うとこまで。コイツが視せてくれた未来にあったよ」



 胸元に飾る、ねじれた小さな十字架のペンダントをルーンが見せびらかす。




 おもちゃかなにかを扱うように、その仕草は軽薄だった。




「オマエ…… 何を言っているのかわかってないのか? ワタシのチームメイトを舐めているのか?」




 怒気。




 もしもグレン・ウォーカーがここにいれば驚いただろう。ソフィが他人のために怒る姿、ましてやアレタ以外の他人のために怒るなど。






「はは、クラーク、いや、ソフィ。アンタも変わったな。私の予知ではアンタがそんな顔をしている未来はなかった。アレタ・アシュフィールド以外の事でアンタが感情を露にする未来なんてな」




 常人ならば足がすくんでしまうような怒気を受けてもなお、ルーンは何も意に介さない。けらけらと笑う。






「なんのことだ?」





「変わってるって言ってんだよ。私の予知はそのほとんどが当たってる、でもな、何個か予知が外れてる部分がある。何か分かるか?」




「……」





「んなこえー顔すんなよ、はっ倒したたくなるだろ? ……味山只人。あの男が絡む未来が少しづつズレてんだよ」






「アジヤマが?」



 キョトンと、ソフィがつぶやく。




「ああ、ズレてるだけじゃねー。見えないんだ。私の予知で見た未来で味山のことだけがいまいちわかんねー  今回のルイズの件だってよ。予知ではルイズが遺物を使うとこまでしかわからなかった。……まさか、勝っちまうとは思わなかったよ」




 いや、ほんとになあ。ルーンがしみじみとつぶやく。吹き荒ぶ風が、その呟きを攫っていく。





「まさかとは思うが、そんな下らないことのために、裏で糸を引いたというのか? オマエの予知の精度とやらを確かめるために?」





「だーから、怒るなっつの。それもあるけど事はもっーと重要なんだよ。知りたかったんだよ、私は味山只人に賭けていいのかどうかをな」





「賭け?」




「ああ、賭けさ。ポーカーに勝つための必要最低限の条件知ってるか? 赤目女。それはな、自分の手札の役を知ることだよ」




「なんの話だ? オマエらしくもないその婉曲な言いぶりは」





「はっ、私らしくってのがどう言うことかは聞かないでおいてやるよ。…….自分がロイヤルストレートフラッシュを持ってても、それの価値を知らないことには勝負にすらなんねーだろ。なあ、つまり、そう言うことなんだよ」





「手札が知りたかったのさ。味山只人っつー役の価値を知りたかった、それがルイズをけしかけた理由、これで納得するか?」




「……気に入らない答えだな。まだワタシに言っていないことがあるだろう」





「……ああ、そうだな」




 2人の頭上で海鳥が呑気に鳴く。




 穏やかな時の中、ルーンが目を瞑り、そして軽く息を吐いた。






「これから先、バベル島で()()()()が起きる。その騒動の中心にいるのは、あの色男。味山只人だ」





「騒動?」




「ああ、多分たくさん人が死ぬ。探索者も、島の一般人の連中もたくさん。そのひでー事に正面向かって立ち向かうのは味山只人だ。分かるのは、見えたのはそれだけだ」





「アジヤマが……?  ひどい事だと? このバベル島で何が起きるというんだ?」





「……さあな。肝心の原因までは教えてくれねえんだよ。だがここは世界の厄介ごとや陰謀ごとをグツグツに炊き込んでいる火薬庫みてーな所だ。ダンジョン産の素材利権、優秀な探索者の囲い込み、次の戦争と国威の為の遺物収集競争。どんな爆弾に火がつくかは想像できねーが……」





 そう言って、ルーンが足元を見つめる。長いヒール、つまさきでバルコニーの石造りの床をコンコンと。






「私らの足元には、連中がいるだろ? 本土の世界の連中は今一つ酔っ払って気づいていねーみたいだが、人間なんぞよりもよっぽど恐ろしい怪物種様たちがよ」




「まさか、奴らが島の表にくるというのか? それはーー」




「ありえない、なんてあんたの口からは聞きたくないよ、ソフィ。誰しもが酔って忘れちまってんのさ。そもそもダンジョン、こんなモン人が触れていいもんじゃない。人が未来を見たり、正義の執行者になったり、嵐を征服したり…… 不自然だろ。出来るからって、それがやっていいことだとは限らねえ」





「怪物種の、侵攻……? その可能性は、いや、しかし一部の怪物種には社会性を持つ物も存在する。だが、侵入フロアの定期上昇以外、大穴から島へ出るルートはない…… どうやって、それを、いや、でも……」




 ブツブツと呟き始めるソフィを見て、ルーンは笑う。




「まあ、そんなこんなで私なりに色々考えてんのさ。でもなけりゃあ、一歩間違えれば52番目の星をキレさせるような真似できねーよ」




「それを組合に話したか? オマエの言葉なら対策を取るかもしれないぞ」





「はっ、冗談だろ? 未来や過去、他人に見えねーモンが分かる人間が、国からどういう扱いを受けるか知ってるだろ? 公文書館の過去を見るあの女、レア・アルトマンの脳みそは今頃、色んな国が必死こいてぶちかました記憶洗浄のおかげでスカスカになってる頃だろ。それに、組合だって、きなくせー。….その辺は私よりアンタの方がよく知ってるはずだぜ? なあ、アレフチーム」




 ルーンの言葉、ソフィはそれに答えることをしない。ただ、質問に質問を返すのみ。





「…….ならば、アレタの恐ろしさを理解していながら、そして他の者に頼れないことを理解していながら、何故オマエはそれをやったんだ? ……オマエなら知っているだろう。アレタは最高だが、敵には容赦がない」





 ソフィの言葉には実感が重い質量をもって現れていた。





「……ソフィ、幽霊だ。幽霊をこの世で1番怖がるのはどんな奴だと思う? 臆病なやつか? 幽霊を信じてる奴か?  違うね、正解は()()()()()()()() 私にとって未来って奴は見える事が出来る分、恐ろしいんだよ」






「……それはアレタ・アシュフィールドよりもか?」



 ルーンの言葉に、ソフィが小さく質問する。





「ああ。よっぽどな。だが私は探索者だ、探索者なんだよ、ソフィ」






 くるり、スカイ・ルーンがバルコニーの柵を背に、雄大な海と空に背を向ける。




 その絵を背景に、ルーンがまっすぐソフィを見つめる。




「自分が見つけて、知ったものを恐れることはしても見て見ぬフリは、諦めることは、逃げ出すことは出来ねえ。やりたくねえ、私はな、ソフィ」




 バベル島に降り注ぐ、秋の陽光が彼女の黄金の髪を、そして緑色に染められた毛先を輝かせる。





「あ」



 思わず、といったふうに、ソフィの小さく、真白なアルビノのくちびるから声が漏れる。





 ソフィは決して認めない、その姿がどうしようもなく気高い星と被って見えたことを。






「負けて死にたくない、それだけなんだよ、ソフィ・M・クラーク」





 にいっと笑うスカイ・ルーン。抜け目なく、容赦なく、そして憎めない。彼女もまた完成された探索者の1人だ。





「….…それで? アジヤマはお前が賭けるに値する手札だったのかい」





 ソフィの言葉に、ルーンが形の良い犬歯を剥き出しにして答える。





 言葉はなくても、それが答えだった。





 スカイ・ルーンはこの手札でコールする。




 それだけの価値を、凡人は示していた。





「これから先、何が起きるかは分からねー。どこの誰が私の未来をめちゃくちゃにするかも分からねー。だけどな、安心しろよ、ソフィ。ケルト十字、スカイ・ルーンはアレフチームの味方だぜ」




 高い空の下、ルーンが笑う。



「……はあ、調子のいい奴だ、まったく。返答次第ならここでオマエを2度と探索に出れないようにしてやろうかと思っていたんだがね」





「はっ、そりゃ無理だ。少なくとも、お前が本気を出さない限りはな」





「オマエ……」




「おいおい、こえー顔すんなよ。オマエに睨まれてると、まるで神話のカミ様に睨まれてらようでこえーんだよ」





「チッ、まあ、いい。アレタには上手いこと伝えておこう。……そういえばアレタを見なかったか? スピーチを終えたあと、どこにも姿が見えないんだが。待て、オマエそういえば予知でアレタがどうのこうの言ってたよな?」





「あー? 見てねえな。視てもねえや。アレタにもケルト十字の予知は効きにくいからよー。あの色男のとこでも行ってんじゃねーの?」





「それだ! ふむ、男女2人が救護室に2人きりになるのはチーム運営の風紀的にあまりよろしくないな。悪いな、色魔、急用が出来た。これで失礼するよ」





 顔色を変えてソフィがバルコニーを駆け出す。端末を携えて酒盛り中のグレンを呼びつけて動き始めた。






 ルーンはその豹変した姿を見て、苦笑した。




「ケガして転ぶなよ、アシュフィールドコンプレックス。……悪いな、ソフィ。お前にまだ言ってねえことがあるよ」


















 1つ、誤魔化した言葉がある。












「もう1人、視えねえ奴がいる。味山のようにわかりにくい、とかそんなレベルじゃねえんだ」





 小さな独り言。





「まったく見えないんだよ、ソイツの未来が。あの夏から。まるでソイツには未来なんて初めから用意されてないみたいに。でも、そんなことお前に言えねえよ、ソフィ」






 その人物の未来は、言葉で表すのなら真っ暗だ。夜の闇、それどころじゃない。






 まるで、嵐の夜、何も見えない、先の存在していない嵐の夜の闇。







「なあ。アレタ、アンタ、何か隠してねえか。……せめてソフィくらいには相談してやれよ」




 私にしてくれてもいいのに。ダチだと思ってるのはこっちだけかよ。




 小さな、小さな呟き。




 それは、上空を飛ぶ海鳥の鳴き声よりももっと小さなものだった。





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