83話 アレタ・キサキ・ユートン・イン・パーティ そのⅤ
……
…
ずっと、見ていた。
初めは命令だった。
バベル島での任務、神仙達の気まぐれに付き合い、行動を制限する。
共産党ですら、もてあますあの恐ろしい神仙達。わたくしに対してだけ妙な親しみを持つ彼女たちの抑制が、課せられた任務。
「迷惑だ」
ああ、彼があのときと同じ顔で言い放つ。
EU圏最強の指定探索者、次の戦争においては恐らく號級遺物所持者に対しての斬首戦術に運用されるであろう男。
それほどの白兵能力と遺物を保有する男を、彼が真正面からたたきのめす。
神仙達の行動の抑止、監視任務中、新たに追加された任務は奇妙なものだった。
"ニホン人探索者、アジヤマタダヒトの周辺調査"
あのアレタ・アシュフィールドがついに補佐探索者を選定した、そのニュースはあっという間に世界各国、とりわけ各国の軍部の話題をさらった。
アレタ・アシュフィールドの所持する人類史上、最強最大の効果を持つ號級遺物、"ストーム・ルーラー"
その効果は、他の遺物とは比べ物にならない。
天候を操り、嵐を征服するその力。
神の偉業を人類のものへと堕とした最強の號級遺物。
アメリカ以外の国の保有する他の號級遺物の運用方法はいかに、このストーム・ルーラーを抑えることが出来るか否かに注目されるほどだ。
アレタ・アシュフィールド。52番目の星というその異名。探索者たちには憧れと畏怖を。
そして、国家には恐怖と、抑止をもたらす名前だ。
アレタ・アシュフィールドはその気になれば、ストーム・ルーラーを扱って世界を滅ぼすことが出来る。
それが、共産党の出した結論だった。
対抗策として、見出された指定探索者、曹宇辰。彼の號級遺物、"昇龍"も、ストーム・ルーラーへの対抗策として運用が計画されている。
そんな彼女が、選んだ補佐。
それが、彼だった。
ーー安心しろよ
興味はあった、でもそれと同じくらいの諦観もあった。
今回も同じだろう。
この身は人を、男を溺れさせ、狂わせる。
この心は人を、男を憎み、滅ぼす。
わたくしの生まれ、冷たいフラスコ。あの冷たさは消えない。
共産党からの命令、可能であれば味山只人を懐柔し、引きこめ。
始めはそうするつもりだった。この身に溺れてもらい、甘く蕩かす。そして、後は。
ーー雨霧さん。
もう、だめだ。
彼に名前を呼ばれるたびに、
全て、打ち明けてしまいたい。わたくしの生まれを、わたくしの正体を、わたくしの本性を。
その時、彼はどんな顔をするだろう、その時彼はどんな言葉を紡ぐだろう。
破滅的な、その日。でも、それを想像するだけでこんなにも身体が熱い。
「ふ、ふ」
最強の怪物狩りをのめした彼を、皆が驚愕の顔で見つめる。
そのさまがこんなにも気持ちいい。
ええ、今だけ。今だけはこの優越と熱狂、それだけがあればいい。
「味山さま…… 味山只人さま…… ええ、何度でもあなたは、きっと……」
すごいでしょう? わたくしの見初めた、わたくしの男は。
わたくしは、自分の頬を撫でた。やけに熱くなっていた感触に驚く。ええ、きっと赤く染まっているのでしょうね。
………
……
…
ずっと、見ていた。
初めは私だけが、あの人の凄いところを知っていた。
でも、今は違う。
この場にいる誰もがあの人を見ている。私では絶対に
あの悪い笑顔を浮かべて。
ああ、かわいい、あの笑い方。
「迷惑だ」
ああ、あの顔。
怒ってる、あの人は試されることを嫌う、それを本人が気付いているかどうかわからないけど、あの人は自分を試してくる人間を、試す。
それがたとえ指定探索者だろうと誰だろうと変わらない。あの人は誰だろうと同じ物差しで測る。
きっと、私だけが気付いているあの人の傲慢な所。
そんなところも、今はたまらなくゾクゾクしちゃう。
「ふ、ふひ」
気持ちいい。なにあの動き、ねじ伏せた膂力よりも私が眼を見開いてしまったのは一戦目の回避だ。
肩、肘、手首の関節を外して全身をバネのようにしならせて跳んだ。
あの人の技術じゃない。あれは、もっと別のナニカの仕業だ。
ああ、面白い。どれだけ引き出しを持ってるんだろう。
誰もがあの人を、見て驚いている。
あの時、私が私を抑えれなくなった時。あの人と戦い、一瞬、ほんの一瞬、あの人に失望しかけた時のあの顔。
もう一度…みたい。
もう二度と見たくない。
相反する感情が胸の中に渦巻く。あの人の隣に行けば、もう一度あの人を私のモノにすれば、この気持ちにも答えが出る、私はそう信じている。
あの人は、指定探索者ですら気に入らなければ挑み、壊していく。
「私は、指定探索者になる……」
その姿を見て、不意に唇を割るのは願い、決意。
あの人を欲しがるなら、あの人を手に入れるのならそれが最低限のスタートライン。
あの星すらも斬って見せよう、私は、私を邪魔する全てのものをこの血と、業と、才で斬り捨てる。
あの人がそうしているように。
みんなが、あの人を見ている。
ああ。私はとても気分が良い。
有象無象の退屈を、あの人が吹き飛ばす。
はじめて探索に出たあの日も、52番目の星の補佐になると知ったあの日も、そして私があの人を試したあの日も、あの人は予感をくれた。
近く始まる
これで必ず結果を出し、私はまた近く。
見て、もっと見てよ、みんな。その目に焼き付けて。これがあの人、私のーー
私はどうしようもなく、意志関係なく吊り上がる唇を抑えれない。口元を隠して必死に、必死に笑いを堪える。
ああ、私。きっと、今ひどい顔してるんだろうなあ。
……
…
あなたのことをあんまりあたし、知らない。
どんな子ども時代を過ごしてたのか、どんな友達がいたのか、どんな子が好きで、どんな夢があって、どんな人生を送ってきたのか。
そんなこと、あたしは知らない。
でも、いくつか知っていることもある。甘いものが好きなこととか、お酒があまり飲めないこと、タバコは吸わないけど特に煙が嫌いでもないこととか。
あとは、あなたは許さない人だ。
あなたは絶対に許さない。自分のことを何も出来ない人間だというけれどそれは間違いだ。
あなたは、あなたを脅かすものを許さない。あなたはあなたを馬鹿にするものを許さない。あなたはあなたを貶めるものを許さない。
例えそれが、ただのチンピラだろうと、大国の指導者だろうと、力持つ特別な人間だろうと、そしてあの恐ろしい怪物だろうと。
あなたは決して許さない。あなたは恐ろしい人だ。
「…….あは」
あなたを、見てると不思議と笑ってしまうのは何故だろう。
ああ、その笑顔。ブサイクで下手くそで見るに耐えない表情。なのに、あたしはその顔を探してる。
探索の時に見せる酔いに染まった顔もいい。見てるだけで何か、あたしの身体の中、あたしの知らない部分が喜ぶような。
驚愕の顔、声。みんなが、あなたを見ている。
誰が予想出来たろう。指定探索者を真正面から捻り潰す探索者なんて。
……いえ、何人か、いるみたいね。アレフチームはいいとして、他の子。
しかも2人とも可愛い女の子だし。どういうことよ、まったく。
あたしは女の顔であなたを見つめる彼女たちにため息をつく。まったく無駄な想いだわ。
あなたはあたしの補佐探索者。今、あなたと共にいるのはあたしだ。彼女たちじゃない。
今更、遅い。
でも、あなたは割とみんなに優しいから仕方ないのかもしれない。
仕方ない。ええ、そうね。
だって、多分あたしはあなたと最後まではいられない。
あたしには、あたしの役割がある。
あなたは、怒るかな。それとも悲しむかな。
その時を想う。あなたの反応を予想してそれから小さく息を吐く。
「やめよ」
考えるのはやめよう。悩むのは今じゃない。今は、ええ、こうしてあなたがもたらした熱狂を楽しもう。
お金が増えるのを喜んでるグレン、小さく、あたしにしかわからない程度に微笑んでるソフィ。悪口を言う割にはあなたになぜかやけに詳しい幾人かの探索者。
彼らに混じって、あたしも笑おう。今だけはきっと心の底から笑えるはずだ。
みんな、見て。
あれが、あたしの補佐探索者よ。
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あは。
………
……
…
「っしゃあああああ!! あいあむチャアアンピオオオン!!」
味山は改めて雄叫びを挙げる。テンションを上げまくらないと全身の痛みでどうにかなりそうだったからだ。
沈黙。
あれ、外した?
味山がキョトンと辺りを見下ろす。
たたきのめした野郎はピクリとも動かない。もしかしてやりすぎた?
味山は高校時代のクラスマッチ、自分の希望で出た相撲でダーテイファイトをかまして場を一気に白けさせた暗い青春を思い出す。
少しナイーブになりかけていると。
「「「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおお、すげええええ!!!」」」
「「「み、みたかよ!! 怪物狩りが浮いてたぞ!!!」」」
「ミタミタミタミタ!! やべえええ!!」
「お前に賭けてたぞー!! ナーイス!」
「ぎゃあああおあ、うそーん!! 小遣い全部賭けてしもうた!」
「おまえ端末いじって何してんの?」
「スレ立てしてる。悲報、怪物狩りさん、煽り倒してた相手に張り倒されるっと」
弾けんばかりの歓声、悲痛な叫び、呑気な声援に、よくわからん会話。
圧となって味山に一気に押し寄せる。
おお、思ったよりも好感触。よかった、探索者にロクな人間がいなくて。
味山が改めて探索者という職業の層のイカレ度合いを噛み締める。
吐き気をするほどの痛みを抱えつつ会場を見回す。何人かの知った顔と目が合う。
何故か深いため息をついているスタイル激ヤバの黒髪どえらい美人、雨霧。
口元を押さえて肩を震わしている花のような美少女、貴崎。大丈夫、あいつ? なんか震えてない?
そして、こちらへ向けてアホヅラでピースを向けてくるグレン、静かにウインクしてくるクラーク。
そして、アシュフィールドはーー
「おかしいだろ!!!」
「あ?」
アシュフィールドへ視線を向けようとした時だった。ヒステリックな音の叫びが一瞬、歓声を凌駕した。
「何呑気に騒いでんだよ!! あんなのが、あいつなんかが、あの怪物狩りにどんな形であれ勝てるわけないだろ!! インチキだ! なんかの不正があったんだ!」
男が喚いている。
あ、名前は忘れたけど、あのソフトモヒカンだ。
味山は喚いている奴がさっき絡まれたソフトモヒカンだと気付いた。
顔を真っ赤にしながらそいつが唾を撒き散らす。
「審判!! 不正だ! 明らかに不正に決まってる!! 探索者が指定探索者に勝つわけねーだろ!」
「だーれが審判だよ、このバカモヒ。不正、不正ねえ」
「そうだ! 不正だ! そいつは卑怯な手を使ったに決まってる! そうに決まってる!!」
モヒカンが叫ぶ。
「確かになんか変だよな」
「だって、あの怪物狩りだぜ?」
「まだピクリとも動かねーけど、やっぱおかしいよな?」
じわり。じわりとその言葉が毒のように広がっていく。味山を讃える声と同時に疑う声も増えていく。
モヒカンが周りの流れが自分に来たとばかりに、口を歪ませて、そしてその一言を言ってしまう。モヒカンは冷静ではなかった。
「そ、そうだ! 他の連中もこう言ってる!! 不正だ!、不正があった! あ、あの樽! 樽だ! そんな簡単にそんなもん壊れるわけがない! その樽……が…… あ」
モヒカンのよく動く舌が止まる。みるみるうちに紅潮していた顔がどんどん血の抜けたように青く、青白くなっていく。
半ば中途半端に頭が回るために、理解してしまった。
樽、タル。
腕相撲のために用意された舞台、それをどこのだれがどのように用意したのかを。
「あーあ。お前口には気をつけろよー。こーんな奴でも一応、指定探索者なんだぜ?」
ルーンがあくびしながら手を振る。その隣で今まで黙っていた優男。
樽を用意した、ドイツ指定探索者、號級遺物所持者のロイドがじっと、モヒカンを見つめていた。
「お前、その樽がなんだって?」
「あ、い、いや、違う! ちがうんだ! 俺はアンタに何か文句あるんわけじゃ……」
「アンタ? お前、誰ですか? 號級遺物所持どころか指定探索者ですらないお前が誰に馴れ馴れしく話しかけてんですか? あ? おい!! お前に言ってんだよ! この三下が! あ? 誰の何がインチキだってえええ?!!」
「ひ、ひいいいい!!」
優男が長い前髪を掻き乱しながら叫ぶ。ルーンに対する態度と、そのモヒカンに対する態度が偉く違う。
「ああああああああ!! ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!! 自分の樽がバラバラにされたのもムカつくけどさあ! それをゴミムシみたいなカスにインチキ呼ばわりされるとは思ってなかったなあああああああああああああああ?!! ………殺すか」
「へ」
急に真顔になった優男、ロイドがパチンと指を鳴らした。
ぐ、ぐぐぐ、砕けた樽の破片がうごめき始める。それは尖り、まるで杭みたいな形に変化していく。
探索の場においてよく感じる独特の圧が広がる。
普段より命の奪い合いの場に生きる探索者たちは鋭敏にその空気の移り変わりを理解し、警戒して。
「よしな、ロイド。そりゃ普通にルール違反だ」
「あ、はい! アネゴ!」
ふっ、と。ろうそくの火が吐息で消えるようにその圧がルーンの一言で消えた。
自分の命がたまたま助かったことを理解しているモヒカンが足をもつらせて尻餅をつく。
うわ、ああいうキレ方するタイプ? なんか外国人があんなキレ方するとマジで怖いわ。
普段ナヨナヨしてる奴がキレると怖い、味山は少しその男から離れる。
「おい、アンタ、動くなよ。この三下じゃないけど自分はアンタに聞きたいことがある。動くな」
めざとく、そしてまた雰囲気を変えながらロイドが味山に声を刺す。
背中に冷や汗を感じる。
「あ、はは。なんだ、人によって態度がだいぶ違うんだな。やめろよ、そんな睨むな。怖い奴とか、苦手なんだよ、俺は」
味山が笑いながら、それでも背中に流れる冷や汗のことを忘れずに言葉を返す。
なんだ、こいつ。なんか変だ。いやな感じもするし、同時にーー
「妙だ。嫌な感じがお前からする。でも同時に自分はお前になんらかの…… そう、なんだろう、シンパシーみたいなものを感じる。……似ている? 何かが? おい、お前。お前、さっき何した?」
味山が考えていたこととまったく同じことを、目の前のキレやすい優男がのたまう。
この男、ドイツ指定探索者、ロイド・アーダルベルトと会うのは今日が初めてだ。本とか雑誌、情報端末で見たことはあるが、接点といえばそれくらい。
性格も、境遇も、国籍も、人種も、顔も、身体も、何も似ているもの、シンパシーを感じるものは何一つない。
何、1つ。似ていることなんて。
そこまで考えて、味山はふと、本当にふと、その砕けた樽の破片が視界に入った。
樽。ルイズと味山の腕相撲のために作られた樽。
ロイド・アーダルベルト。所有號級遺物、黒い森の力によって造られたモノ。
樹木を生み出し、それを操る。
木を、操る。
木、を。
「じゅ、し…ん…かーー」
TIPS€ 条件達成。2028年11月25日までに、號級遺物"黒い森"の権能を目撃する。
TIPS€
「は?」
なんだ、このタイミング。
耳が。何かを伝える、ヒント。でも、いつもとなにか違う。あの時と同じ、クソ耳との再戦、グレンウォーカーが死にかけた時と、似たような文言が。
TIPS€ 腕の蜈ア迥ッ閠
翡翠を介すことにより、大いなる腕の業、木を操る能力を得る。使用者のイメージ通りに木は尖り、曲がり、生える。翡翠を介すので経験点の消費なく能力の使用が可能。但し使用すればするほど使用者の存在は"腕"に引き込まれて同一化していく。
2028年。夏のもう蘇らない記憶の残滓。この力では駄目だった。勝てなかった。アレに勝つには役割を持った部位ではダメだ。脳みそでも腕でも目でも内臓でも無理だ。あいつしかダメだ。役割を忘れた愚か者、最強の部位。かつて聞きし揃えの耳。もう聞くことはない、だからこそアイツの力じゃないと役に立たない。
TIPS€ 樹心限界
腕の業。木を操る。これではダメだ。夏しか越えれない。秋の時点で駄目だ。耳を探せ。ガス男も知らない、秋までに思い出せ。あの言葉を。
なんだ、これは。
腕?
うで?
ぽたり。
汗が流れる。何か、何か自分が決定的なことを忘れているような。何かを見落として、何かを間違えて。
何か、はじまりから違う、そんな気がしてきて。
「おい!」
「あ。あ、わ、悪い。えっと、なんだっけ?」
「なんだっけ? なんだっけ、だってええええ?! 自分が、お前みたいなただの探索者に話しかけてやってんのにいいいい?! …………やはり妙だ。今みたいにお前みたいな奴にナめた態度取られたら普段はぶっ殺したくなるのに、なぜかそうならない。お前…ほんとに誰だ?」
キレたと思ったら落ち着く、情緒不安定な優男が味山を見つめる。
落ち着け、このへんなヒントのことは後で考えればいい。今、大事なのはこの優男をどうにかなだめて。
「なあ、ダンマリか? 自分だけしゃべるのはおかしいよな。なあ、なあなあなあ、さっきのもう一度見せてくれよ? ルイズ……のアニキをのめしたアレさ。もう一度みせてくれたら、なんかわかる気がする。ほら、気になることをほっておくと眠りが浅くなるだろう?」
ゆらり、ロイドがスーツの胸元に手を入れる。
雰囲気がまた変わる。號級遺物が発動する瞬間の場の空気が全部入れ替わるような独特な感覚。
次から次へと、ほんとに。ただ生ハムメロン食べに来ただけなのに。
ご覧頂きありがとうございました。
よろしければ是非ブクマして続きをご覧ください。感想返信遅れてすみません。