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82話 アレタ・キサキ・ユートン・イン・パーティーそのⅣ

 




「あ」




 手のひらが、軋む。




 関節が捻れて、それでもそれだけじゃ終わらない予感。



 肘から先の感覚は既にない。肘が、その稼働限界を容易に超えてしまうだろう予感が既にある。




 あと秒に満たない刹那の瞬間に、自分の体に良くないことが起きることを味山は確信していた。




 見誤っていた、いや、普通腕相撲で殺そうとしてくる?



 舐めていたのはこちらの方だった、いや、でも普通人間相手に遺物をノータイムで使用してくる?






 普通?



 あ、違うわ。コイツ、普通じゃなかった。




 アシュフィールドや、クラークと同じ指定探索者(特別な奴ら)じゃん。




 味山の脳裏、普通ではない存在の、指定探索者達がこれまで見せてきたヤバさが浮かんでは消える。




 勘違いしていた、慣れすぎていた。あまりに、アレフチームが心地よくて、あまりに仲が良くなりすぎていて。




 国家より、指定を受けた自由に探索を行い、国家による指定された任務を生業として、そして()()()()()()()()指定された存在。





 そんなモンが、普通のわけが、自分程度が手加減していていい存在じゃなかった。





「死ね」




 とうとう死ねって言っちゃったよ、このクソバカゴリラ。



 腕が、ねじれて、それだけでは確実に終わらない予感、やべ、マジでこれ千切れる。



 あーー、ミスっーー




 簡単なイメージ、腕が引きちぎられる。引き倒され、たたきつけられる。




 複数の遺物によるなんらかの攻撃? いや、違う、これは遺物による単純な肉体の強化ーー




 凡人の思考は間に合わない。



 指定探索者の攻勢の前にただ、なににもならない後悔に似た反省モドキを繰り返すだけ。




 刹那の後、味山はTIPSの警告通り、右腕を欠損するだろう。その事実に、凡人の意地も、凡人の持ちうる全ての技能など介在する、余地もなかった。





 味山1人なら、ここで終わっていた。





 そう、1人ならば。





 でも、違う。



 味山只人は1人ではない。





「っ!! センーー」




 味山がその力を、その道具を、そしてその味方を呼ぶ。



 そしてそれよりも早く、疾く。











 TIPS鬼 代われ!! 味山只人!!





 神秘が、味山只人の体内で黄泉帰る。



 味山は全幅の信頼のもと容易に身体の操作権を明け渡す。




 途端、満ちる。平安の終わりに生まれたニホン最古の怪物狩りの業が凡人の身体に宿る。





「っっ?!」




 ルイズの表情が変わる。異変に、明らかに味山の様子が変わることに気づく。



「う、おおおおお?!!」




 味山は叫ぶ。必死の腕相撲、まずはその土俵から逃れるために。




 押さえ込まれ、ひねられ、千切られそうな腕。肘を抜くように浮かせ、同時に肩の関節を外した。





 TIPS鬼 痛むぞ!! 




「我慢しまァす!!」




 身体が勝手に最適な動きを再現する。




 足は地面を蹴る。



 短い跳躍、捻りながら跳び、ルイズに掴まれている手のひらを無理やりに剥がした。





 ドオオオン!!



 力の行き場のなくなったルイズの腕がタルをたたきつける。



 ぐわんぐわんと揺れる頑丈なタル、どれだけの膂力で腕を叩きつければこれだけ揺れるのだろうか。





 飛び下がり、膝をつきながら味山はそれをにらみつける。




 肩が、ぷらぷらと風に弄ばれる頼りない柳の葉みたいに揺れている。




 関節を自ら外すことにより、しなるような動きで味山は怪物狩りの狩場から逃れた。




「ーーい、いづってでエエエエエエエ!!!? 死ぬ! クソ、痛エエエエエエエ!!!」





 身体に満ちる激痛と引き換えに。




 静まりかえっていたホールに味山のどこか間抜けな悲鳴が響く。





「……お前、今何をした?」



 不快そうな声、喉の奥から疑問とともに絞り出したような声をルイズが響かせる。





「ああ?! てめえがそれを言うかよ、このクサレゴリラ!! イッデエええ、まじで、ほんと泣くぞ…… 痛い…… お前、俺をガチでやろうとしたな? うげ、痛」




 ごり、鬼裂が身体を勝手に動かす。外した肩を左腕を回して押し込むようにはめ込む。




 吐き気のする痛みとはこのことだ。頭がぐわんぐわんと、揺れて身体の外まで傷んでいるような錯覚すらある。




でも、ありがとう。先生。味山はとっさに手を貸してくれた平安骸骨に礼を言う。



次、夢で会ったときが楽しみだ。




にやりと笑う味山を、睨みながら見下ろす男がいた。





「逃れた? ……その動き…… お前の身体では到底無理だ。一体、何をした? 毒虫め」





味山は答えない。痛くてほんとにそれどころではない。




「お、おい、今、何があったんだ?」




「え、いや、わかんなかったけど……」




「え、てかニホン人が腕相撲から逃げた?」




「なんだ!! てめえ!! オイコラふざけんな!! 戦え! ニホン人 逃げてんじゃねえ!」




 ヤジが飛ぶ。周りからは突然味山が腕相撲を放棄して逃げたようにしか見えなかったようだ。





「まさか、怪物狩り、今、遺物を……?」




「チッ、あの単細胞め。そこまでバカだったか……」



「…………」




 ルイズ・ヴェーバーの凶行に気付いたのは、僅かな実力者たちのみ。




 味山ガチ勢たちはいわずもがな、何人かの指定探索者と、ほんの少しの上級探索者が明らかにルイズの気配が変わったことに気付いた。





 だからこそ、気づかなかった観衆たちが不平を叫ぶのも無理はない。




「何逃げたんだ! 52番目の星があれほど言ったからてめーに賭けたんだぞ!」




「びびってんじゃねーよ! 戦え!!」




 ガチ勢達の勢いに乗せられて静かに味山に賭けていた連中も、文句を口々に叫んでーー










「うるせえ、モブども!! 少し黙りな!! メタクソにぶちのめすよ!」





 一喝。




 壇上から響いた女の声は、不平を口にする連中を一気に黙らせる。




 力ある声、金髪が揺れ、緑色の毛先がバラバラと乱れる。






「……おい、ルイズ。今のはどーゆーこったよ、ああ?! アンタ、今本気で殺ろうとしてたよなあ? あ?」





 意外なことに、1番に気炎をあげたのはノリノリで胴元をやってはしゃいでいた破天荒な指定探索者、スカイ・ルーンだった。




 目元を吊り上げ、緑色に染めた毛先を振り乱して凶行に及んだルイズに叫ぶ。





「ルーン、理解しろ。やはりコイツは毒を持っている。俺が本気で潰そうとしたのに、コイツは逃れた。……もはやお前の予知は疑いようもない。味山只人の毒牙は星にすら届きうる」






「……アッタマおかしいんじゃねーのよ、バカ男。だからって遺物を人間相手に使うのはどーゆう了見だ? 下手しなくてもよ、死ぬぞ」





「それならそれで、構わん。星が堕ちる未来を回避出来るのならな」




 ごきり、大男の指の骨が大きな音を鳴らした。




「私の目の前で、んな胸糞悪いことさせると思うか? ダチのオトコに目の前で手を出させるほど間抜けじゃないぜ? "怪物狩り"」





「その認識すら不愉快だ、"ケルト十字" ソレは危険だ。殺すまではいかずとも腕のひとつは失って探索者から離れてもらおう」





 ルイズが一歩、前へ。最早腕相撲という建前すら忘れたかのようか振る舞い。





「じょ、う、と、うだよ、色男に何かあったら私が52番目に殺されちまう。この男に手出すんなら、まずは私をやってみなあ」





 膝をつく味山を庇うように、スカイ・ルーンが立ち塞がる。女性にしては大柄なルーンも、ルイズの前では比べ物にならない。





 しかし、それでも両者は指定探索者。




 膨れ上がりぶつかり合う殺気は、決して体格ではなんの実力の判断にもならないということを表している。





 番外の争いの気配に他の観衆たちは呼吸すら重たくなるその空気の中、自然と押し黙る。









「どけ、ルーン。それを壊せない」





「どかねえよ、ルイズ。これはダメだ」






 味山を壊そうとする男、味山を守ろうとする女が睨み合う。均衡が崩れた瞬間、恐ろしいことが始まる予感が場内に広がって。









「おーい、おいおい。こえー。何々? 遺物"シグルズ" その効果、ゲルマン神話に登場する竜殺しの英雄、所持者をその竜殺しとみなし、神話と同等の力を与える?  翻訳ミスってない? てか環境禁止食らうレベルのクソ調整じゃん」








「「は?」」





 呑気な声に、殺気丸出しで睨み合っていた指定探索者達が思わずといった風に声をあげた。






 TIPS€ 遺物"シグルズ"


 指輪の形を取る遺物。ゲルマン神話におけるシグルズ、即ち竜殺しの英雄。この遺物の所持者は世界から"竜殺しの英雄"判定を受ける。筋力値に多大なるプラス補正、また全ての戦闘行動に多大なるプラス補正、属性"竜"、属性"悪" を持つものへの絶大なる特攻を得る。


 例え悪竜なくとも、英雄の剣先は次の悪竜を探し求める。そうじゃないと、英雄じゃなくなってしまうから。







 TIPS€ 遺物"ワイルド・ハント・ファースト"


 牙のペンダントの形を取る遺物。ヨーロッパ伝承における"大いなる狩り"を司る概念、いくつかある狩りの伝承の1つの力を宿す遺物。狼の牙のペンダントのこれは、ワイルドハントの概念のうち、"狩猟"の力を多く宿す。所持者に"ワイルド・ハント"属性をもたらす。"ワイルド・ハント"属性を持つものは自分以外の全ての存在を"狩りの対象"へと認定できる。"狩りの対象"への絶大なる特攻効果、及び"狩りの対象"への弱体効果を得る。



 嵐の夜、亡霊の群れ。例え狩りの盟主なくともその熱狂は終えることを知らない。全てを狩り尽くしたのち、最後にその牙がどこに向かうのか。それはまだ誰も知らない。






「う、げ。なんだこの出し特クソ効果。リスク無しじゃん、汎用性ゲキ高だしよ。運営仕事してねえな、ほんと。世の中理不尽だわ」




 味山だ。




 耳に届くヒントにより届けられた()の情報、指定探索者の持つ遺物のクソ効果にため息をつきながら立ち上がる。






「また偉くエグいモン使ってくれたな、クソゴリラ。この狩りの対象効果っていつまで続くんだ? 永続? それとも、お前を殺したら終わんのか?」





 味山がそれはもうキメキメに決まったドヤ顔を披露する。




 ルイズの動きが止まり、目を見開く。初めて見せる明らかな動揺。




「……ありえない、誰から、いやどこから聞いた? なにを、知っている?」




「睨むなよ。虫唾が走る。てめえみたいな常識知らずに答える義務はねえ。いやあ、適当なこと言ったら当たっちゃったみたいだねー。ははは、はあ」





 肩の痛みを我慢しながら、一歩進む。



 ポカンと口を開けていたスカイ・ルーンがようやく事態を把握したらしく、進もうとする味山を引き止めた。




「へ、ヘイヘイヘイ、色男、痛みやらなんやらでハイになってるのはわかる、勘がいいかどうかは知んねーけどさ、遺物を使われたのはわかってんだろ? 休んどけって、アンタ気づいてないかもだけど、あのバカ本気でアンタを潰そうとしてんのよ! ここは私がなんとかしてやるからよーー 












 え?」





 ぽん、引き止めるように味山の肩に手を置いたスカイ・ルーン。





 彼女の動きが止まった、突如。




 それは例えるならば、何かに圧倒されるようなーー




 それは例えるならば、想像にも出来ない圧倒的な何かを、視た。雄大な風景、圧倒的な映像、それらに魅せられたかのように。




 極近くの未来を視ることの出来る指定探索者の動きが止まった。







「いい人なんすね、ルーンさん。アシュフィールドやクラークにあなたみたいな友人がいること、なんかすげえ安心出来ます」






「い、や、それ、ほど、でもあるけどよ、いやいや、え? 今、私…… え、なんだ、この予知、んな、バカな……」





 味山に触れたルーンの動きがおかしい。肩に触れた右手を見つめ、ゆっくり、ゆっくり後退りしている。





 味山から、離れている。




 その様はあまりにも不可思議だ。





 まるで、危険な動物からゆっくり、ゆっくりと離れるかのような動き。






「何か面白いモンでも見えましたか? スカイ・ルーンさん」




「……は、はは、ははははは。ああ、そりゃそうだよな。52番目が選んだんだ。あの星と一緒にいて当たり前にしてる奴だった。はははは、まともな奴じゃ、ねえわなあ……」




 納得したように笑い出すルーン、もう彼女に味山を引き止めようなどする素振りは一切見られない。






「ひでえ。見ててくださいよ、期待通りのモンを見せてご覧に入れますから」





 味山が笑って歩き出す。ルーンが何度も頷き、いっちまえと手をシッシッと動かした。








 そして、位置につく。




「……なんのつもりだ」




「見てわかんねーのかよ、2本目だ。1本目は負けちまったからよー、今度は勝つぜー。おら、さっさと構えろよ。まだお前、勝ってねえんだぞ」




「……なにを考えている?」




「んなもんお前をぶちのめすことに決まってるだろうが。いいからはよ準備しろや。びびってんのか?」




「…………」




 無言で、ルイズが再びタルに肘をつく。味山の構えた手のひらをがっしりと握り込む。






「お前は選択を間違えた。あのまま逃げるのならよかった。今からでも遅くない、アレフチームから離れるというなら、見逃してやらんでもーー」





「黙れ、喋んな、お前はもう絶対に許さん」





 目も見ないで、味山は吐き捨てる。



 もう、なにも止めるものはない。相手は遺物をこちらに向けて使用した。



 それは引き金だ。味山が最も相手に対して残酷になれる言い訳を、ルイズは与えた、与えてしまった。






 テキ。





 敵、敵、敵敵的敵的敵的敵的敵的てきててきててきテキテテキテ







 敵だ。




 コイツは敵。俺を殺そうと、壊そうと、俺を死んでも構わないと言い放った敵だ。




 敵なら、問題ない。敵なら、仕方ない。もうなにも遠慮することはない。







「よー、どしたんだよ、さっきのブーイングの勢いは!! 2ラウンド目だよ! カウントしな、お客ども!」




 調子を取り戻したらしいルーンが再び、観衆を煽る。



 一連の流れに言葉を失っていた観衆も、1人、また1人とそれに煽られるように、カウントを始める。





 カウントの中、その男が立ち上がることを当たり前に知っていた数人の人物達は、ただ静かに笑うだけ。



 10




「お前、さっき面白いこと言ってたな、現実がどうとか」




 8



「……………」



 7



「お前の言う通りだよ。少し、甘く見てた。周りにいい奴が多いからな。現実にはお前みたいなクソの方が多いってのによ」




 5



「……毒虫が。なにを言おうとお前の言葉俺には響かない」




 4




「あっそお。じゃあ、ぶち込んでやるよ。お前にとっての屈辱的な現実をよ」




 2




「……やってみろ、味山只人、お前はここで排除する」

















 1




「ああ、お言葉に甘えて」





 TIPS€ 警告、複数の遺物の発動をーー






 うるせえんだよ。




 出番だ。力貸せ。





 味山は浮かべる。



 己の中の、最大の敵を。



 自分の中に植え付けられた最強の、耳糞を。




「クソ耳」





 TIPS€ 経験点100を消費し、"耳の大力"を使用するか












「「「「「ゼロ!!!」」」






「……死ーー」




「ーー!!死ぬのはてめえだ!! メンヘラゴリラァアア!!!」






 TIPS€ 耳の大力発動。






「……は?」




 腕をただ、押し込む。その腕は今、"耳"の大力のウツシミ。肉が、骨が、腱が。



 全ての物理常識を塗り替えて、味山の腕に大力をもたらす。



 大男が、間抜けな声を上げる。その声ごとぶち潰すように。




 びびるくらいに軽いそれを、殺す気でたたきつけた。



 身体が浮いた。大男の足が地面を擦り、あっけなく浮いて。





「は?」





 ミシっ。



 タルが軋む。



 叩きつけた手のひらが、硬い、號級遺物の力により作られたはずのタルに食い込み、それを割って。














「は?」




 大男の腕ごとタルを砕き、その身体が地面に。





 木が砕け、破裂する。




「じゃあな」





 ごギャメ。






 パシリと伸ばされる洗濯物のように、宙を舞う指定探索者の巨体、なにもできない、その大力から逃れることなど。ただ、当たり前に落ちていくだけ。




 それが地面に嫌な音ともに叩きつけられる。



 信じられないものをみたように目を見開いたままルイズ・ヴェーバーが、地面に盛大なキスをかました。




「が、はっ……」




「わーお」



 間延びしたルーンの声。




 立っているのは1人の凡人。




 見下ろす、ピクピクと白目になって地面に沈む特別を。






「迷惑なんだよ、常識で考えろ。人間に遺物なんざ使いやがって、常識知らずが」




 ぐるぐると肩を回す味山。



 またものすごい激痛が、肩に走っていた。




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